脳内はいつだってグチャグチャ
勉強といっても別にノートに書き記すわけでもなく、基本は動画視聴がメインだ。
今や大量に生み出されたVtuberは一つのジャンルとして世間を席巻している。
だからか、学習材料に困ることはなく、個人Vの動画は山ほどにある。
野心はなく、程々に。それはもしかして失礼なことなのかもしれないけど、どうしても変わらない心情だった。動画視聴をしていると、多岐に渡るジャンルのVtuberに出会う。
話すことの勉強に見ていた動画が、いつしか応援へと切り替わる。
ずっと不完全な体になったと思っていた。
体が失われ、精神を病み、睡眠には薬が必要な体。完治は恐らくあり得ない。それでもVtuberをやったのは母の為。でも……どこかで他者に認識され、繋がりを求めていたのかもしれない。不登校になり、世間から隔離さら、閉ざされた空間で一日を過ごす。
その連綿と紡がれた日々は、振り返ると空虚そのものだった。
空白。何もない。そこには何もないのだ。思い出もなく、歴史もない。
退屈と時間の浪費にゲームを求め、そこでも他者と繋がらない。
人は一人では生きていけない。どこかで聞いた言葉だが、母親の存在がなければ呆気なく終える体になった今は、よりその言葉を実感できる。
だが、母親は家族だ。切っても切り離せない関係は、母にとって呪いなのかもしれない。
そうやって、脳内の独り言に耳を貸すと、俺はどこかに消えたくなる。
数日前の体調不良がそのいい例だった。
散発的な考えに翻弄され、数分前の状態が嘘のように切り替わる。
本当ならあり得ない女性への変化も些末なものと捉えてしまう。
別に自分のことなんてどうだっていいのだ。積み重なった罪の贖罪にVtuberを利用する。
母親への返しきれない恩返し。そうやって、物事のやる気を何とか捻り出して前へと進む。可愛い。可愛いか……。仮初の肉体の容姿。
猫代しおりは贔屓目なしに可愛いと思う。そう発注したし、男性目線は当然得意だ。
だけど、頭の片隅で罪悪感がよぎる。嬉しかった可愛いという言葉。それは上手く模倣し、擬態できたという成果への賛辞にも思えた。女性だけども女性ではない。視聴者はそんな不完全な自分を許してくれるのか。いつかボロが出てしまうんじゃないか。だから、期待を裏切らないように可愛いを追求し、模倣していく。それが視聴者への誠意だと思えたからだ。
「こ、こんにちは」
出来ないことを出来るようになるのは、嬉しい。
挨拶一つとっても、まともに出来なかった俺は自分の動画を見直した。
羞恥に塗れながらも再生と停止、巻き戻しを繰り返し、失敗に向き合っていく。
音量を最大にしても情けないほど蚊の鳴くような声は、何度聞いても終わっていた。
「し、しおりでぇ〜す」
少しだけ砕けた挨拶もしてみる。もちろんこの練習も録画してある。
普通より出来ない自分は、努力の量をこなさないといけない。
嫌なことに挑戦するのは、苦痛だが期待を裏切るのはもっと怖かった。
「し、しおちゃんだよぉ」
尻すぼみする声量の理由は、羞恥以外の何物でもない。
考えてもみると、数日前に男だった俺が女性のフリを完全にモノにするには無理がある。
何よりもこの挨拶にも無理がある。挨拶は毎回する分、汎用性のある凡庸さが重要なのかもしれない。
「こ、こんにちは!」
勢い任せの挨拶でさえ、聞く側にとっては『ん?』となるレベルだ。
録画してわかる惨めさ。他者とのコミュニケーションを忌避し、籠っていたツケが今になって回ってきている。まず、挨拶で可愛いは無茶があったな……。
可愛いと女性への道は、模倣すら難しい。実況開始まで、高い一歩目を何とか越えようと俺は足を広げて登っていく。
「こ、こんにち、こんちはぁ……」
挨拶って何だろう。必要? 義務? 習慣?
いつしか迷走していく挨拶に、俺はいつしか挨拶の必要性に疑問符を浮かべていた。
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半身不随のTSっ子Vtuberは夢を見る ここに猫 @nomoknoko
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