第91話 不意打ち

「フェル、上です!」


 そう叫んだルースはソフィーに駆け寄ると、彼女を庇うように飛び付き二人は草むらの中に倒れこむ。一方フェルはルースの呼びかけで上に視線を向けると、何が起こるのかを確認して慌てて横へ転がった。


 ― ドサリ ―


 ルースとフェルは地面に転がったまま今木の上から降ってきた物に焦点を合わせ、即座に立ち上がってソフィーを背に庇いつつ、収めた剣を再度引き抜いて4m程離れたそれに構えた。

 ソフィーは急な行動に混乱していたが、我に返ると背を向けて緊張する2人の意図を問う。


「え?…魔物?」

「いいえ…これはただの蛇ですが、猛毒を持っている危険なものです」

「俺の村にも出た。これが出た時は、一人噛まれて亡くなったんだ」


 2人が冷静に話せば、魔物でなくとも危険なものがいるのだとソフィーはそこで理解した。

 ソフィーは2人の邪魔にならぬよう、ゆっくりと立ち上がって後退する。


 その落ちてきた蛇は、体長1m程にもなるもので、“コモンデスアダー“と呼ばれるものだ。森の中にひっそりと身を潜め茶褐色の体も擬装の役割を果たしており、目立たぬ為ふいに噛まれることも多い。

 目の前にいる蛇は上から襲ってくるつもりで、当てが外れたとばかりに鎌首をもたげて3人を見ている。


 そしてヌルリと動き出したかと思えば、一番近くにいたフェルに狙いを定めたのか、下草の中に紛れ込ませるように頭を下ろしそちらへ移動した。

「フェル」

「おう」


 2人とも蛇の対応は初めてだが、魔物より素早いという事はないだろうと思うも、だがこの蛇は、上手く周りの草に紛れ込み、見失わない様にする事が難しいのだった。


「草が多くて不利ですね」

「とっとと片付けよう」


 フェルは、向かってくる茶色くうねる物を見失わない様にしながら、剣を突き立てている。

 しかし素早い事と横幅がない為、上手く剣が突き刺さらないようだった。


「フェル、凍らせます」

「頼む」

 フェルの返事に、ルースは迷わず魔法を放つ。

「“氷結アイスフィクスト“」


 フェルの足元目掛け一帯を氷漬けにすれば、そこは白い霜が降りたような風景へと変わった。

 そしてそこにいた蛇も凍り付いたのか、冷えたためだからか、ピタリと動きを止めている事を確認した。

「頭を狙って下さい」

「了解だ」

 そしてフェルが、時間を止めたかのように静止する蛇の頭に剣を突き立てれば、それはグニャリと一度体をひねらせてから、ピタリと動きを止めた。


「はー焦った…」

「もう平気?」

 ソフィーは距離を取って様子を見ていたのだが、フェルが緊張を解いた事でこちらへ近付いてきた。

「おう。もう動かないから平気だ」

「では、それも回収していきましょう。確か、薬師が買い取ってくれる素材だったはずです」

「それじゃあ、持って帰るか…。はぁビックリしたな…マジで」


 突然上から降ってきた蛇に少々てこずったが、何とか被害もなく対応する事が出来た。

 急襲はされたが、それすらも倒して金になると回収する辺り、ルース達もすっかり冒険者の考え方が板についてきているようである。


「は~本当に1回休憩したい…」

「そうですね。少し移動してから休憩にしましょう」

「ええ」

「おう」

 3人はその場所に忘れ物はないかと見渡してから、町のある方向へと移動していった。


 そうして歩いて行くと、シュバルツが近付いてくる気配がしてルースが上を見上げれば、シュバルツは黒い羽を羽ばたかせてルースの肩に降りてきた。


『オマケガ,付イテキタナ』

 ルースとソフィーは、シュバルツの言い様に苦笑を浮かべた。


「何でお前は、さっき蛇に気付かなかったんだ?」

 フェルにはシュバルツの声が聞こえていない為、なぜ警告しなかったのかと、先程ルースとソフィーが慌てていた様子から、そんな問いを口にする。


『我デモ,気配ヲ制御シテオル物ハ,気付キ辛イ。アレハ機会ヲ待ッテ,身ヲ潜メテイタ』

 律義にフェルに応えているシュバルツは、言い訳というより事実を口にしているようである。


「気配がなかったんですって。気配を殺しているものは、魔物であっても気付く事は難しいらしいわ」

 ソフィーが通訳でフェルに伝える。

「シュバルツでもわかんないのか…」


 取り敢えずフェルは、それで納得したらしいとルースはホッとする。ここで何か言い始めれば、シュバルツもむきになって言い返すからだ。


『我ハ,タダノ魔物。全能デモ何デモナイ』

 シュバルツの言葉にルースは頷く。この世に全知全能なものなどいないのだ。

「シュバルツにも出来ない事はあるんだって」

「そうだな。俺も出来ない事があるしな」


 何となく会話も成立しつつ移動していけば、薬草が自生している場所に出た。

「あっ薬草があるわね」

「ではこの辺りで休憩がてら、薬草も摘んでいきましょう」

「ええ。私頑張るわ」

 先程も頑張ってくれたソフィーが、ここでも積極的に動いてくれるらしい。


「そういえば、先程2回魔法を使いましたが、魔力は大丈夫ですか?余り減り過ぎると、倦怠感が出ると思うのですが…」

 ルースが魔力を使い過ぎてはいないのかとソフィーに聞けば、ソフィーは笑顔で首を横に振った。

「魔力はまだまだあるから、平気よ。ありがとうルース」


 そう言われれば使った魔法の威力は大きかったが、あれは初級魔法だ。それにしてもまだまだとは、ソフィーの魔力の底がしれないなとルースは笑みを浮かべる。


「俺、腹減ってきた」

 フェルの言葉に今が昼を過ぎている頃だと思い至り、ルースは2人の顔を見た。

 今日の昼食も、ソフィーが用意してくれた物だ。

 熱々のスープを水筒に入れて持ってきており、あとはパンに野菜と肉を沢山はさんだサンドパンを用意してくれているので、今日の楽しみの一つだと言えた。


「沢山作ってきてるから、お昼にしましょう」

「やった、ソフィーの料理は旨いからな。いくらでも食えるぞ?」

「フェル、私の分も残しておいてくださいね」

『我モ,イルゾ』

 ルースの言葉の後、ちゃっかりとシュバルツも念話を送ってきた。


 それに微笑んで、ソフィーはテキパキと指示を出す。

「フェルは敷物をそこに敷いてくれる?ルースは、そこに荷物を出してくれると助かるわ」

「おう」

「承知しました」


 ルースとフェルは、ソフィーに言われた通りに動く。ソフィーはその間、周辺を確認している様だ。

「ソフィー、用意が出来ましたよ」

「はーい。これは今食べられそうよ」

 そう言って手に持ってきたものは、黄色く色づいた果物の様だ。


 こうしてただ並べただけではあるものの、敷物の上には色とりどりの品が並んでいる。

「ソフィーが用意してくれるものは、色彩が豊かですね」

「ええ。そこは気を付けている所なの。栄養素は色で違うって聞いているから、沢山の色を料理に使えば、それは栄養も沢山摂れるという事なの」

「へぇソフィーは物知りだな。俺なんか、腹に入れば皆一緒だと思ってた」

「そうですね。2人だけの時は、茶色い物が多かった気がします。それで一応、果物も摂る様にはしていました」

「そうね、果物は手軽に栄養素や食物繊維を摂れる物が多いから、絶対にあった方が良いわね。それに果物は疲れを取るのにも良いと言われているの」

「へぇ…。もう“へぇ“しか言えない…」


 フェルの感想に、ルースとソフィーは笑う。

「まぁ、フェルですからね」

「ふふっ」

『我モ,腹ガ減ッテイル』


 そこにこっそり念話を割り込ませたシュバルツは、目の前に並ぶ料理を凝視していた。

「あ、ごめんねシュバルツ。じゃあ食べましょうか」

 ソフィーの号令で、3人と1羽はやっと食事を開始した。


「うまー。スープも大きな具が入ってるな」

「ええ。でもトロトロになっていますから、体に浸み込むようです」

「うふふっ。口にあって良かったわ」


 一方シュバルツには、ソフィーが別に用意してくれていた、皆と同じ具材を小さめにカットしてある物が出されていた。それを無言で食べている所をみると、余程お腹が空いていたのかとルースは笑みを向けた。


 そして食事も終われば、3人は薬草を摘み始める。

 フェルは最近、ソフィーと並んで話をしながら薬草を摘むことが多い。その間ルースは少し離れた所まで足を運び、他に見つけた薬草を摘んだりするようにしていた。その時は大体シュバルツがルースの傍にいる事が多く、会話の相手には困らないのだった。


「近々この町を出発します。聞いたところでは北に行く馬車はなく、次は歩きになるようです」

『デハ,道中ヲ共ニスル』

「はい。よろしくお願いしますね」


 ルースはこの町を出発する事をシュバルツに話すと、薬草を手に取りつつ移動に必要な物をリストアップしていったのだった。

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