第74話 美味しそう

 ルースはそれからも、シュバルツと会話を続けながら薬草採取を続けている。


「そう言えばシュバルツは、スライムの居場所を感知する事はできますか?」

 気配の薄いスライムを感知できるのなら便利だなと考え、ルースは何の気なしに尋ねてみた。


『気配ヲサセテイル,モノナラバ,ワカルゾ』


 その返事に、ではなぜレッドスパイダーの巣にかかっていたのかと疑問に思っていれば、『巣ハ,アテハマラヌ』と返ってきた。

 レッドスパイダー自体の気配は分かるが、吐き出された糸は魔物から切り離された時点で魔力も何もなくなり、ただの糸となって気付く事ができないのだとそう説明された。

「今後は気を付けてくださいね」

『同ジ愚ハ,犯サヌ』

 ルースの言葉に、シュバルツから強い決意のこもった念話が送られてきたのだった。



「ルース、そっちはどうだ?」


 ルースが2人から離れて別の薬草を摘んでいた為、フェルが様子を見に来たようだ。

「珍しい薬草も少し採れましたよ」

「そうか。俺達は、クエスト分のヒルポ草は採り終わったぞ」

「ソフィアさんがいるので、随分早く済みましたね」


 ルースがそう話したとき、フェルの後ろにソフィアが並んだ。

「フェルの面倒をみてくれて、ありがとうございます」

 ルースがソフィアに笑みを浮かべて伝えれば、「面倒ってなんだよ…」とフェルから抗議の声が上がる。


「フェルはソフィアさんに聞きながら、摘んだのではないのですか?」

「まぁ一応?確認はしたかなぁ…」

「ふふふっ」

 ルースとフェルのやり取りに黙っていたソフィアが、笑い声を漏らした。

「仲が良いんですね」

 言われた2人は、顔を見合わせ笑いあう。他人にそう言われるのは正直嬉しい。


「では、クエストの分は終了したと聞きましたので、そろそろ戻りましょうか。今から戻れば、夕方前には町に着きますね」

「おう」

「はい」

 3人が忘れ物はないかと辺りを見回していれば、『ルース,キタゾ』と木の上に留まるシュバルツから声が降ってきた。


「シュバルツ、何が来たのですか?」

 緊張の気配をにじませたルースが、シュバルツに尋ねれば『スライム』と短い答えが返ってきた。

 それに頷いたルースは、聴こえて怯えてしまったソフィアへ「大丈夫ですよ」とまず声を掛けてから、ルースへ視線を向けた。


「スライムが近くに来た様です。どうしますか?」

「聞くまでもないな」

 ルースの問いにニヤリと口角を上げたフェルが、ソフィアを振り返った。


「ソフィア、少しだけ静かにしていてくれ。攻撃してくる魔物じゃないから、大丈夫だ」

 フェルの話に少し緊張を緩めたソフィアが、頷きで返す。

 この様子から、ソフィアは魔物と出会った事がないのだと見当がつく。良いか悪いかはわからないが、初めて会った魔物がシュバルツだった、という事なのだろう。


「シュバルツ、スライムを捕まえたいので、貴方は少し離れていてください。魔物の気配があれば、寄ってこないでしょうから」

『“スライム“ハ,南ダ』


 シュバルツは助言を残し、バサリと羽を広げて飛び立っていった。

 その動きを見ていたフェルにも、ルースの言葉にシュバルツが移動してくれたことは見えている。


「南側にいるそうです」

「了解」


 3人は後ろを振り返り南の景色に集中すれば、フェルが手振りで皆に座れと合図を送る。

 スライムは、じっとしていないと姿を見せない事は前回で経験済みだ。3人は並んでしゃがみこむと、まだ何も感じ取れない薄い気配を探って、待機となった。


 こうして暫く待っていれば、“カサッ“と下草が擦れる音が聞こえた。

 ルースが口元に指を添え、そのまま様子を見ている事を伝えれば、その音は徐々に近くなってきている様だった。


 カサカサと鳴る音の元を探れば、10m先にある低木の隙間に透明な球が顔をだした。その球は地を這うように移動しながら、ゆっくりと動いている。

 ルース達からはまだ距離がある。しかし、これ以上近付いてこないだろうと踏んだルースがフェルを見れば、フェルは意図をくみ取って頷き、了承を示した。


 ルースはそっと手を上げてスライムに向け、小さな声を出す。

「“氷結アイスフィクスト“」


 透明な球はルースの魔法を受けて凍り付き、透明だった物は白い塊へと変化した。

「ふ~」っとフェルから吐息が漏れ、それが聞こえたのかソフィアがルースを仰ぎ見た。


「もう動いて結構ですよ」

「…ルースさんも、魔法が使えるのですね…」

 少し羨ましそうに言ったソフィアに、ルースは微笑みだけを返した。


 ソフィアとルースが話している間フェルは一人立ち上がると、氷になった物を回収しに行っていた。

「ルース、なんか色が違うぞ」

 フェルは両手でそれを掴みルース達に振り返ると、そう言った。

 確かにフェルが手にしている者は、凍り付いて白くなっている。以前見たスライムは、凍らせても緑色をしていたので、ルースは首を傾けながらフェルが戻ってくるのを待った。


「それがスライム…ですか?」

 ソフィアはフェルが持つ丸い球を、繁々と観察している。

「これはまだ、生きてるぞ?」

 と、近付いて覗き込んでいるソフィアに言う。


「ええ?」

 フェルの言葉にビックリしたソフィアが、数歩下がって怯えた表情へと変わる。

 今のは完全に、フェルがソフィアをからかって言った言葉だなと、ルースは半目になってフェルを見た。


「フェル…からかわないであげて下さい」

「ははっ」

 悪戯が成功したかのように笑うフェルに、プクリと頬を膨らませてソフィアが近付いてきた。

「もー。フェルさん、からかったんですね?」

「でも半分は、本当の事ですよ。今は凍って動きませんがまだ生きていますので、一応、注意はしておいてくださいね」

 スライムの状態をルースが補足して伝えれば、「そうなんですね、わかりました」とソフィアは素直な返事を返した。


 それに頷いてから、ルースはフェルの手からスライムを受け取り、2人から少し離れた。

「これからフェルに止めを刺してもらいますので、ソフィアさんは少し下がっていて下さい」

 言われたソフィアは指示に従い、5m程離れて2人を見た。


「ではフェル、解除しますのでお願いします」

「おう」

 フェルはスラリと剣を抜いてルースの傍に立てば、前回同様ルースが氷を解除した瞬間、フェルが剣を突き立てて種を潰すと、球体を崩したスライムが地面に沈み込んだ。


「ソフィアさん、こっちに来てください」

 離れていたソフィアに見せてあげようと、ルースはソフィアを呼び寄せる。

 これがスライムですよと見せれば、ソフィアは「触っても平気ですか?」とゼリー状に変化したスライムに興味を示した。

 ルースがそれを聞きフェルを見れば、フェルは「俺がやる」と言って指を1本出してスライムを突いた。


 プニプニと弾力を残すスライムは、フェルの指につくこともなく、何の害もない物だった。

「大丈夫そうだな」

 とソフィアに場所を譲ったフェルが言えば、嬉しそうにスライムの前にしゃがみこんでそれを突き始めた。

「わぁ…魔物なのに面白い感触だわ…」

 3人がスライムの前で和んでいると、ルースの肩にバサリと羽を畳んだシュバルツが留まった。


 また何も言わずに肩に乗ってきたシュバルツだったが、こちらに来る気配を感じていたし又やるだろうなと思っていたルースは、特に驚く事なくそれを受け入れたのだった。


『終ワッタ,ヨウダナ。コレハ旨ソウナ,個体ダナ』


 シュバルツの発言を聞いたルースとソフィアは、肩に留まるシュバルツに勢いよく振り返った。

「貴方は、スライムまで食べるのですか?」

「はぁ?」

 ルースの問いかけを聞いたフェルも、合点がいったように声を上げた。

『無論ダ』

 シュバルツからは飄々ひょうひょうとした答えが返ってくる。


 ソフィアはシュバルツの返答に、眉根を寄せて渋い顔を作る。

「シュバルツは、スライムも食べるようですね。しかも美味しいらしいですよ?」

 ルースがフェルにそう伝えれば、こちらも苦いものを食べた時の様な表情となる。


 それに苦笑したルースは、シュバルツに顔を向けると一言添えた。

「スライムは良いお金になるので、なるべく食べないで下さいね」

『ヨカロウ。ダガ,案ズルナ。モトモト,捕マエル事ハ困難ユエ,ソウソウ食ベル事ハ,ナイ』

 ルースはマジックバッグにスライムを回収しながら、シュバルツの話を聴いていた。


「スライムは、シュバルツでも捕まえ辛いんですって」

 ソフィアがフェルへ通訳するように、シュバルツの話を伝えてくれる。

「へぇ。コイツが“どんくさい“からかなぁ…」

『ドンクサイ,トハ何ダ?』

 シュバルツとフェルは、こうしてソフィアを通して会話を弾ませていた。


 ソフィアは、シュバルツの声が聴こえないフェルをサポートする為、懸命に通訳をしてくれている。

 自分にできる事を探し、やりたい事ができないからこそフェルの気持ちも分かり、こうして人の力になれるよう常に心掛けているのだろうと、ルースは感じた。


(ソフィアは“今“を大切にしているのですね)


 ルースがそんな彼らを見ながら、次に切り出す話の機会をうかがっていた事は、シュバルツ以外は知らぬ事なのであった。

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