出逢いと記憶と封印の鍵 ~己を探すは誰がために~

盛嵜 柊

第一章 ~序~

第1話 終わりと始まり

 鬱蒼うっそうと茂る木々に囲まれた平原に、月明りと星の瞬きが浮かぶ。静寂に支配される時間ときに、粗い息遣いだけが響く。



 ――― ドドーンッ! ―――


 ――― キンッキンッ! ―――



 時折、爆発音と金属が弾かれる音と共に、辺りに閃光が走る。それは断続的にここで続いている出来事だった。


「偉大なる美しき炎と踊れ。“火焔乱舞フレイムロンド”!!」


 ローブを羽織った男から、巨大な炎が円を描き飛び出す。それはその先にいる黒い人影に当たり、鼓膜がしびれる音に次いで弾けた。


 ――― ドカーンッ!! ―――


「やったか!」

 ローブの男から声がすれば、それは否定によって遮られる。

「キース!まだだ!!」

 そう叫んだ者の手には一振りの剣が握られ、キリキリと力を込めて時を待っている。

「く…」

 キースと呼ばれた男は歯を食いしばり、自分の魔力が残り少ない事を感じていた。


 続けて夜空に溶ける様に、いくつもの光が黒い影へと放たれるも、それは相手の魔法によって到達する前に軌道を変え、地に突き刺さる。

「ぐっ」

 放った男の口からは、悔し気な吐息が漏れる。連射で放った聖なる矢は、それに近付ける事さえできない。

 この矢が尽きれば、己は足手まといでしかない事を痛感しギリリと奥歯を噛み締める。


「フェル!デュオ!キース!ソフィー! 援護を頼む!」

 そう言った青年は、黒いその人ならざる者へと風の様に走り出す。呼ばれた者達は、青年の軌道を邪魔せぬ様に、攻撃を放って援護に出た。


 仲間の一斉攻撃が止んだ瞬間、青年が粉塵に紛れた一瞬の隙、目にも止まらぬ速さでその黒いものへと到達した。


 ――― グサッ!! ―――


 青年は漆黒の胸に剣を突き立てる。心臓に刺さった剣は、その根元まで深く刺さって動きを止めた。


 ここまでの時間ときは永遠にも感じられるほど、戦いは長く拮抗していた。

 1対5の戦闘であったが、その者の魔力もパワーも人ならざるもの故に歴然の差だ。何とか連携してここまで来たが、もう仲間たちの動きも限界に近い。

 だが、この封印されしものが自由を得てしまえば、世界は混沌へと突き進む事になる。それを阻止する為だけに注力し、やっとここまで来たのだ。


 手応えはあった。後はこと切れるのを待つだけと、動きを止めていた青年の視界の隅に、それの口元が僅かに上がった事を捉えた。


 危険を感じ取った青年は、即座に仲間へと警告を発する。

「みんな離れてくれ!こいつは何かするつもりだ!!」


 そう叫んだ青年の耳元で、人ならざるものが囁く。

「クックック。我は滅びはしない。お前を道連れに時間ときを戻せば良いだけの事。だが、ただ戻すだけではお前は我の障害となりうる故、お前のここまでの時間ときも封じてやろう」


 そう言い終わると、己に刺さる剣を持つ青年に手を添え、それは自ら剣を引き抜き始めると、そこから溢れた血と共に漆黒の魔力が膨れ上がる。


「「「「 $‘%#“&! 」」」」


 仲間の叫びが森に木霊する。

 しかし、呼びかけに応える事なく青年は動きを封じられたまま、その闇に飲み込まれる様にして姿を消したのだった。




 ◇◇◇◇◇




 黒髪の女性がフードを目深にかぶり、森の中へと入って行く。この森は彼女の自宅から繋がる森で、黒髪の女性“シンディ”は森の入口に住んでいた。

 シンディは薬師であると共に、魔法が使える事で魔女と呼ばれる職についている。

 今日彼女は、森に自生する薬草を採るつもりで、昼食を済ませて森へと足を踏み入れたのだった。


 シンディは慣れた足取りで、目的地へ向かう。

 薬草の自生する場所は彼女の頭に入っており、必要な薬草のある場所に向かい、傾斜をのぼった。


 暫く歩けば森の気配が一瞬変わると同時に、鳥たちが一斉に飛び立ち、木々の葉がさざめく音が広がる。

 シンディは立ち止まり空を見上げる。何かあったのだろうかと小走りに奥へ進めば、低木にもたれかかる様にして、ボロ布を纏った金茶色の髪の少年が倒れていたのだった。


 誰かがここに死体を捨てたのだろうかと、恐る恐る近付いてみれば、その少年の胸は僅かに動いており、まだ呼吸がある事がわかる。

 森の気配はあの一瞬以降は落ち着いているが、シンディは周辺を見回してからその少年の傍で膝をつく。


「ねぇ君、大丈夫?」

 シンディがそう声を掛けるも応答はない。息はあるようだが意識を失っているらしい。

 魔女であるシンディは、回復魔法を使う事ができる。よく見れば少年には体中に傷がある為、そこで回復魔法をかけた。


「天の恵みよ我に希望を。“回復ヒール“」


 こうして傷を治してみても少年は身動きすらなく、見過ごす事もできないシンディは、少年を背負い自宅へと引き返して行ったのだった。



 -----



 少年は薄っすらと目を開くと、2度3度と瞬きをしてから部屋の中を見る。

 何故ここにいるのかという顔で、輝きのない瞳を窓へと向けた。

 そこへガチャリと、部屋の扉が音を立てる。


「あら?やっと目が覚めたのね?」

 2日間眠り続けていた少年へと近付くと、シンディは手に持っていたミルク粥を横のテーブルに置く。

 その匂いに釣られたのか、少年の視線はテーブルへと向けられた。


 シンディはクスリと笑って少年に聞いた。

「お腹が空いているのでしょう?食べる?」

 そう声を掛けてみても、少年はベッドに横になったまま動く事はなかった。

 聞こえなかったのかと思い、もう一度繰り返し尋ねる。


「たべる?」

 そう言ってテーブルを指さして聞く。

 すると今度は、ゆっくりと体を起こした少年がベッドから降り、テーブルの前に立ったかと思えば、そのまま皿に顔を突っ込んだのである。

「ええ?!何やってるの!!」


 慌てて少年の肩を掴んで顔を上げさせた。ケホッケホッとせき込んでいる少年に、シンディは呆れた顔で言う。

「もう……スプーンで食べなさい。誰もとらないから…」

 そう言いながらポケットからハンカチを取り出して、少年の顔を拭ってやった。その間少年はされるがままで、一言も声を出さない。


 普通なら“ごめんなさい”とか“ありがとう”とか、何か言うものではないのかと、シンディは訝しむ。

 シンディが顔を拭き終われば再び、少年が皿に顔を近付けようとしていた。


 慌ててそれを止めて、シンディがスプーンを手に取る。

「これで食べてちょうだい。ね?動物じゃないんだから…」

 ちょっとめ付けて少年に言えば、キョトンとした顔が返ってくる。


 もしかして言葉がわからない?

 そう思ってみても、この国の周辺国も同じ言語をつかっているし、遠く離れた異国の者であっても、何かしらの言葉で返ってくるはずだが…。


 仕方なくシンディは、スプーンを皿に入れて粥をすくってから、少年の口の前に持っていってやった。

 すると少年は大きく口を開いて、勢いよくスプーンをガチリとくわえた。


「m$%n~!!」


 どうやら歯に当たったスプーンに激痛を感じた様で、ギュッと目を瞑って悶絶していた。

「当たり前でしょ…スプーンは食べられないのよ?」

 スルリと少年の口からスプーンを抜き取って、シンディはため息を零す。どうやら声は出るらしい。


 そして再度少年を見れば、痛みが治まったのか又皿を見つめている。

 仕方なくスプーンに粥を乗せ、口を開かせる。

「あーんして、あーん」

 まるで赤子の様だなと、開けた口へ粥を入れてやる。今度はスプーンが出て行くのを待って、少年は口を閉じた。


「ん~」

 嬉しそうに何か言っているので美味しかったのだろう。パンをミルクに浸し少しハチミツを入れたミルク粥は、体に優しい味になっているはずだ。

 また口をパカリと開けて少年が待っている。これは食べさせろという意味なのだろうと、仕方なくシンディが全て食べさせる事となったのである。



 食事も終わり、良く見れば裸だった少年をベッドへ戻して、シンディは言葉を掛ける。

「君、名前は?な・ま・え」

 それにキョトンとする少年の口が開いた。

「な…ま……え…」


 何よ喋れるんじゃないのよ、とシンディは再度尋ねる。

「そう、名前は?」

「な…ま…え」

 しかし返答は同じ言葉しか返ってこない。シンディは自分を差し、次いで少年を指さす。

「私はシンディよ、シ・ン・デ・ィ。貴方の名前は?」

「シ…ン……ディ…」


 何だか復唱しているだけだなと、シンディは困惑する。

 これは、厄介な者を拾ったのではとその時気付いたシンディは、ウトウトし出した少年を寝かせると、彼を家に残し一人家を出て行ったのだった。



 -----



 シンディの自宅はウィルス王国の端、他国との国境に近い“ボルック村”の外れにある。シンディもボルックの住人で、村の薬師として皆の為に薬を作り生活をしている。

 50人程度の村人は皆知り合いで、すれ違えば必ず体調を確認したり、相談事を聞いたりする間柄であった。


 コンコン

「カーラルさん、いますか?」

 シンディが一軒の家の扉を叩き、声を掛ける。すると尊老そんろうの男性が、顔を出した。

 緑が混じった白い髪の村長“カーラル”が、シンディをみて“おや?”という顔をした。

「どうかしたのかい?シンディから来てくれるのは珍しいね。まぁ入っておくれ」

 そう言って、シンディを家の中に招き入れてくれた。


 2人はテーブル席へ向かい合わせに座ると、シンディの前にカーラルの妻イリスがお茶を出してくれる。

「ありがとうございます」

 出された茶器に手を添えて包み込むと、シンディは顔を上げカーラルを見た。


「ご報告……それとお願いで参りました」

 シンディはカーラルに視線を固定する。カーラルが頷くのを待って、シンディは話し出した。


「一昨日、森の中で少年を拾いました。その少年は先程目を覚まし、体はもう大丈夫だろうと思います。…ですがどうも様子がおかしく…」

 シンディは説明する言葉を探す。


「そのぉ…言葉が話せないみたいで…」

「ん?少年という事は大きな子なんだろう?声を出せないのかい?」

 カーラルの問いにシンディは首を振る。


「年齢は10歳前後かと思います。声は出せる様ですが言葉を知らない…という感じでした」

「言葉を知らない?」

「はい。言葉もそうですが、食事の仕方も知らない様で、まるで幼子おさなごの様なんです」

 シンディは、困ったように眉を下げてカーラルとイリスを見た。


「幼子…では名前も?」

「はい。名前も言えませんので、何も分かりませんでした」

 3人は黙り込む。そうなると何処から来て、なぜ森にいたのか何も解らないという事だ。帰す所も分からず、行くあても無くなる。

「それで…私が拾ってしまった手前、私が面倒を見ようかと思いまして。あの子が村に住む事のお許しを頂きに、ここへ参りました」


 シンディは少年が目を覚ますまでの間、ある程度の展開を考えていた。魔物に襲われて逃げてきたのか、親に捨てられてあそこにいたのか。

 もし前者ならば、住んでいる所に連絡を取って対応し、後者であれば、ここで暫く一緒に暮らしてもらい、その後自分で行先を決めてもらえば良いかなと。

 しかし実際は会話もできず名前も分からず、日常生活もままならない様子だ。

 シンディは、まだ結婚もしていないし当然子育てもした事はないが、このまま放り出す訳にも行かず、拾った自分が面倒を見るしかないと、考えていた。


「面倒をみるってシンディ…幼子の面倒はみれるのかい?それに、これから好い人が出来たら……」

 カーラルはシンディがまだ若く、これからの生活に重荷になるのではと、心配してくれているのだ。


「まぁ私はこのまま独身でも構いませんし、あの子を見捨てる訳にもいきませんしね」


 どうやらシンディは、腹を括っているらしい。

 その表情かおに折れた形で村長のカーラルは、少年を村の一員として、受け入れる事にしたのだった。

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