第24話 謝罪
2時のエリア・『巨人ウォークライダー』が支配していた、「ストーンヘンジ」の平原。
春の風が、菜の花咲き乱れる平原を撫でていく。
浄化されるまではススキに覆われ、死霊がうろついていたとは思えないほど牧歌的な光景だ。
菜の花の中に乱立する奇岩のみが、汚染時と変わらぬ姿を残している。
そんなイギリスの巨石群・ストーンヘンジをモデルにした奇岩のサークルに背を預けて、俺はへたり込んでいた。
クロスは、俺がしなだれている巨石の反対側に、立ったままいるようだった。
無理やり俺をここに連れてきてから、全く口を開いていない。
ただ風が通って行くだけ。
どれくらい時間が経ったか、先に口を開いたのは俺だった。
「……助けて、くれたのか?」
「勘違いしないで……って言うのも漫画のキャラみたいだけど……」
クロスはおずおずとそう言った。
「このゲームを作ったアンタには……借りがあるから」
「借り……?」
「アタシは……本当のアタシは、全然こんなふうじゃない。怒ってても怒ってるなんて言えないし、殺してやるなんか口にもできない……なんにもできない」
巨石の向こうから聞こえてくる声は、震えているようにも、聞こえた。
そして、声のする位置が変わっていく。
上から、下へと。
座り込みながら、紡いでいる言葉――
「でも、そんな私も、『ガーデン』なら違う。「あの」中では、言いたいことが言えた。言える自分になれた……」
あの、か。
確かにそうだ。「この」じゃあない。
そう俺も心中で相槌を打っていた。
「ふふ、おかしいでしょ? ホント漫画みたいなキャラクターな私……」
「そんなことは……」
「いいって。自分でもやりすぎだなーって思ってるから。でもね、昔好きだった漫画のヒロインそのままなの。その通り振る舞ってたら、同じ漫画のファンと仲良くなったりしてね……それが楽しくて……ぜーんぶ、作った姿よ。ふふっ……」
そう笑う彼女の顔は、なんというか、作られたものとは感じなかった。
不意に本音が漏れたその表情は、ヒマワリとはいわないまでも、タンポポのような、笑顔だった。
「……ごめんね。私こそ謝らないといけなかったんだ」
「えっ?」
「アンタを敵視していたこと」
「それは、もう謝ってくれたじゃないか」
「なんだろ、あの時は、まだキャラになってたような気がするの。矛盾して聞こえるかもしれないけど、クロスを演じている間は何でも言えるからこそ、本心からの言葉じゃなかったかも、って。だからこれが本心からのゴメン、かな」
「そう、か。だったら遠慮なくその謝罪を受けておくよ」
「ふふ、アンタ、変わってるわよね……だから、『ガーデン』を作れたのかも……」
「それは、そう、だろうな」
「『ガーデン』はアタシがアタシでいられる場所……」
「クロス……」
そこまで『ガーデン』を愛してくれたことが、素直に嬉しい。
「だから、アタシは『ガーデン』の中にずっといた」
「え?」
背骨を、稲妻が駆け抜けた。
俺は、とんでもない勘違いをしていた。
なんて……ことだ。
なんてことだ……。
全身が、一気に冷えていく。汗が吹き出す。
「アタシの居場所はあそこにしかなかった……」
違う。
待ってくれ。
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
「それを作ってくれたアンタに……救われたって……言えるかもね。だから、それが借り。アタシが、アンタを、どうこうしない理由……」
「すまん!」
俺はたまらず岩の後ろ側、クロスのほうまで回り込んだ。
そして、土下座していた。
額が地面にめり込むほど、頭を下げる。
「なっ、なによ急に……!」
クロスの驚いた声が、上から降ってくる。
「アタシが謝ったのは、アンタの全てを許したわけじゃないのよ! この世界のせいで、何人死んだと思ってるの! それは、土下座で許されるようなことじゃない……! アタシの謝罪とは全然話が別なんだから!」
「違う」
「違わないわ! アンタが作った世界が人を殺した!」
「そうじゃない! そこじゃない!」
顔を上げ、肩を掴む。
「俺が『ガーデン』を通して伝えたかったのは……! 何度やられても頑張っていればチャンスがある、いつかは勝てるってことだ……! だから死に覚えのゲームだった! 俺は、あれを通して、何度も挑戦するすばらしさを知ってほしかったんだ……」
「……え?」
俺が、『ガーデン』に拘ったのは、そのメッセージを伝えたかった。
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