第3話 剣の雨事件
そこは、かつて『神の庭』と呼ばれていた。
肥沃な土地と、温暖な気候。
森は果物や野草、そして狩りの獲物という恵みを、川は正常な水をもたらした。
大きな争いもなく、まさに楽園と言える場所だった。
しかし、ある日、天から剣が降り注いだ。
一本や二本ではない。
人々の全員が拾ったとしてなお余りある凄まじい量の剣が大地に突き刺さった。
それが『剣の雨事件』である。
間もなくして、世界中に魔物があふれ出した。
魔物は存在するだけで森を、川を、畑を穢した。
しかし、魔物の血は、その穢れを清めることができた。
この剣で、戦えというのか。
人々は剣を手に、戦い始めた。
すなわちここは、『剣の庭』――
……というのが、『ガーデン』の導入部だ。
だから、このゲームのマップはそこかしこに剣が突き刺さっている。
地面という地面、屋根という屋根に。
プレイヤーは好きにそれを引き抜き、魔物と戦う。
そういうゲームだ。
設定したのもオレなら、フリー素材で最初のバージョンのマップを作ったのもオレだ。
バージョンアップで背景は外注のハイクオリティなものに差し変わっているが、レベルデザイン――マップに何を配置するか、難易度をどう設定するか、ゲームの遊びをデザインすること――は昔から変わっていない。
いま『剣の庭』のどこに自分がいるかもはっきりわかる。
ここはゲーム開始地点、マップ中央の『等しき地』だ。
森のど真ん中、セーブポイントたるリュウズが配置され、回復の泉が湧く場所。
魔物の汚染度が最も低い安全地帯。
「話を整理させてくれ。ここは、俺が作った世界だよな?」
「はい」
「……ってことはゲームの中なのか?」
「いいえ」
「はぁ!?」
ゲームじゃないのに、俺が作った世界と同じ?
何を言っている?
「混乱されるのも無理はありません。この世界は、シグマさまが作り出したゲームを元に、『神』が構成した疑似世界です」
「……神?」
「はい。ワタシも詳しいことはわかりません。世界を創造することができる者が存在し、シグマさまのゲームを実際に具現化したようです」
文字通りの、神か。
最初こそ、ゲームの中に閉じ込められたというアニメでよくある展開がすぐさま脳に浮かんだが、確かに神が作った世界というほうが、よっぽど納得できた。
なぜなら、あまりに「リアルすぎる」からだ。
今、見えている範囲でも、草木がリアルすぎる。種類も豊富で、それぞれに葉脈があったり朝露がついていたり、サイズもまばらで、枯れたり虫食いになっているところもある。
空の雲は最新のゲームエンジンなら再現できると思うが、ここまで細かい背景は再現不可能だ。
特に、自分のようなインディーのプロジェクトでは。
本物の『ガーデン』であれば、地面はもっとテクスチャの目が荒いはずだ。それこそ、はっきりゲームだとわかるくらいに。
向こうに見える林や建造物もLODと呼ばれる、距離によって描画レベルを変える処理で描画グレードを落としているから、あんなに綺麗に見えるはずがないんだ。もっとぼんやりした描画になってなければおかしい。
というのも、LODはゲーム機やPCへの処理負荷を下げるためのもので、あんなハリウッドの大作映画でしか表現できないようなフォトリアルな背景を徹底していたらとんでもない処理負荷になり、ゲーム機や一般のPCなんて一発で止まってしまう。
つまり、ここはゲームの中じゃないと断言できる。
「……その神は、なんで俺のゲームを元に世界を作った?」
「申し訳ありません。私にはわかりません……神は姿を見せませんから……」
「……そうか。ゲームでも神はエンディングにしか登場しないからな……」
「だから、貴方におすがりするしかないのです! もう一人の神様……創造主たるシグマ様!」
「はぁ?」
「ワタシたちをお助け下さい!」
リュウズが縋り付くように、いや、縋り付いて懇願する。
「いや、なんの話だ!」
「それは、この世界が……」
リュウズが説明をしようとした直後――
「ぎゃあああああああああああああ!!」
背後で悲鳴が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます