第13話: たとえ、神様気取りと思われようとも
──結論を述べよう。
趣味を前面に押し出した飲食店……名前は、まだ無い。いや、いちおう、『ナナリーの店』というのが有るには有るのだ。
ただし、それは彼女が名付けたものではない。
知らぬ間に『ナナリーの店』という呼び名が定着してしまい、今さら新たに名付けたところで混乱を招くだろうから……という理由で、とりあえずは『ナナリーの店』となった。
で、話を戻す。何の話か……ああ、そうだ、結論だ。
結論から言えば、『ナナリーの店』は大繁盛であった。
エヴァの言う通りに値上げをしたので、そんなに客は来ないだろうとは思っていたが、蓋を開けてみれば逆だった。
普通に身なりの良い客が、いっぱい来た。
特に、開店30分前には必ず先頭にて陣取るエヴァの姿が目立っていることもあって、翌々日には普通に列が出来ていた。
なんでも、あのエヴァ・スイートがわざわざ開店前に向かうぐらいな店……という話があっという間に広まったことで、相応に金を持っている層が物は試しにと来たらしい。
もちろん、集まるには集まるだけの理由がある。
そんな層がただ列を作っていたら、街中でも魔が差す愚か者は出てくる可能性は0ではない。
しかし、そこにエヴァが居るともなれば、話が変わってくる。
王都に限らず、『エヴァ・スイート』の伝説は大人から子供まで知られているし、実際に国一つを壊滅させるような魔物を単身で討伐したこともある。
そんな者が居る列に、悪事を働こうとする馬鹿はまずいない。エヴァ自身が貴族の一員だから、何か事が起これば法的にもエヴァが有利である。
それを、並んでいる他の者たちは分かっている。
つまり、『エヴァ・スイート』という、存在するだけで悪人への牽制になる者がいるからこそ、彼ら彼女らは安心して並んだ……というわけである。
……で、だ。
それだけならば、そこで話は終わったのだが……『ナナリーの店』が決定的にその名が広まった理由は、そこではない。
単純に、出される料理が滅茶苦茶美味かったのだ。
それはもう、感受性豊かな者が一口食せば、思わず涙を零したほど……詩人としても有名な者は、その美味を称え、あらゆる場所で語ろうとするぐらいだ。
実際、『ナナリーの店』で出される料理は全て、美食に慣れている食通たちすらも唸ってしまうほどの代物であった。
しかも、それは単純に美味いだけが理由ではない。
料理に使われている素材の大半が、その時期では手に入らないモノ、あるいは、非常に遠方の地でしか手に入らない希少品が多いのもそうだが、もう一つ。
食通たちを驚嘆させたのは……その、使われている素材の良さだ。
一口食べた瞬間、分かるのだ。
こうまで雑味を感じさせない澄み切った味を、どうやって作ったのか。いや、そもそも、いったい何を使えばこのような味を生み出せるのか……と。
そしてそれは、料理だけでなく……一緒に出される酒もそうだ。
料理は、まだ良い。いや、良くはないが、当人の技量や素材の拘り、つまりは才覚によって生み出されたモノであると納得は出来る。
しかし、酒は別だ。
酒に関しては、腕前がどうとかでは無理だ。
どこの国もブドウ畑は入念に管理されているし、そもそも、それだけの土地を個人で所有することを許されている者なんて、聞いた覚えがない。
だからこそ、誰もが唸りながらも、内心にて首を傾げ……だが、それを尋ねるような事はしなかった。
『──あの、エヴァさん? 毎日来てくれるのは嬉しいのですが、結局のところ、私は何時までここに滞在するのでしょうか?』
『──あ~、アレね。うん、とりあえず、本物かつ安全であることが確定したから、あとは王女の病が完治して、後遺症等が出ないということの確認が取れるまでかな』
『──えぇ……まだ、その段階なんですか?』
『──そりゃあおまえ、仮にも王家に使う薬だぞ。ワシはそんなの必要ないと言うたんじゃが、頭の固いやつらが意地でも首を縦に振らなくてな……すまないが、もう少し待ってくれ』
『──まあ、事情が事情ですし、待つのは構わないのですが……あの、朝から飲み過ぎでは? お金もそうですけど、ボトル3本目ですよ?』
『──安心せい、ワシはこの程度では酔わんよ。ワシを酔わせたくば、この20倍は持って来なければ……あ、おかわり』
『──20分の間に、ウィスキーのボトルを3本も開けて顔色一つ変えないあたり、そこは疑っていませんよ』
『──なあ、この『うぃすきー』とやら、何処で手に入れているかワシにだけでもこそっと教えてくれんか? ワシ、もうこれにくびったけなのじゃが』
『──駄目です』
それは、店主であるナナリーとエヴァが実に気安く(意味深)話し合っているから……だけではない。
──彼ら彼女らは、同じことを思った。
そんな重大な国家機密を、こんな、何処に目と耳があるのか分からない場所で口に出すのはマジで止めろくださ──いや、そうではない、
──彼ら彼女らは、同じことを思った。
下手に藪を突きに来る馬鹿が現れる前に、少しでもこの美食に浸ろう、馬鹿に目を付けられて余計な事になる前に楽しんでしまおう、と。
なので、大盛況ではありつつも、『ナナリーの店』は不思議なぐらいに荒れることもなく、並ぶ者たちは例外なくお行儀よく紳士&淑女的に……という、なんとも不思議な光景が見られるようになったのであった。
……。
……。
…………そんな中、ふと……渦中の中心である彼女は、気付いてしまった。
時刻は、お昼前。
1人で作っているので量も相応であり、必然的に午前中に完売してしまい……ほんのり顔を赤らめたエヴァも店を出て、今は誰も居なくなった店内にて。
(……うん、やっぱりお金をそんなに使っていないな、これ)
本来の目的である、『金貨の処分』がほとんど進んでいないことに……ようやく、目を向けたのであった。
──そう、脱サラだとかサラリーマンの夢だとかですっかり頭から抜けていたこと。
どうして脱サラとかを行ったのかって、それは得てしまった大量の金貨をどのように処分したら……というのが、そもそもの始まり。
例えるなら、どうしても欲しいギターを手に入れるためにバイトを始めたら、バイトが楽しくなってギターを買い忘れていた……そんな感じである。
……もちろん、まったく使わなかったわけではないのだ。
建物の権利を買い取る時、役所などに支払う税金、使う必要があるところでは色々と使った。
余所者がいきなりということもあって、向こう1年分の税金一括払い&さすがに信用が足らないということで相当にふっかけられたとは思う。
あと、『ネットスーパー』の支払いにはこの世界の金貨が使えるとの事だったので、その辺りでも使用はしていた。
賢者の書曰く、『女神的なパワーで、使った金貨は良い感じに世界へ循環します』との事だったので、特に不安に思う事もなかった。
……ただ、一つだけ。
薄々と……うん、今さらな話だから、無駄に誤魔化すのは止めよう。
幾度となく察してはいたのだが、どうしようもないよねと無意識に誤魔化していたこと。
そろそろ目を逸らすのも無理かなと思った彼女は……改めて、考える。
──もっと、違う方法でお金を使えないだろうか、と。
と、いうのも、だ。
件の『ネットスーパー』、その支払いに使う金貨だが……どうやら、彼女の知る現代社会のレートがそのまま流用されているっぽいのだ。
つまり、向こうでは金貨……『
いや、というよりも、こちらの世界では通貨として金貨が流通するぐらいに、『
で、まあ、『ネットスーパー』では、その時のレートに応じて、そこで使えるお金に両替してくれる。
……これがいったい、どうなるかと言うと。
詳細は省くが、『ネットスーパー』では、金貨1枚で砂糖が数百kg~tぐらい買える。それも、この世界において最高品質だとされているモノよりも更に上質な砂糖が、ポンと手に入る。
そして、この世界でそんな砂糖を1kg手に入れようと思ったら……金貨500枚はくだらないだろう。
そう、これこそが女神の錬金術。
こちらの世界の金貨1枚を払えば、こちらの世界で金貨数万枚にも匹敵する貴重品と交換出来る……人心を狂わせる、悪魔が如き力である。
「どうしようか……金貨を金の延べ棒にしても、意味はないしなあ」
でも、今のところはお金も貴重品も名声も必要としていない。というか、現時点でもまだ当初のお金が大量に残っている。
そんな状況で追加となれば、彼女にとっては『これ、レートが有利過ぎて怖い』という程度の感想でしかなかった。
何だかんだ色々あるけれど、彼女の根っこは小市民なのである。
なので、溜息を零しながら……眼前に表示された半透明のウィンドウ、すなわち『ネットスーパー』の画面を睨みながら、あ~でもない、こ~でもないと考えていた。
……中々、妙案が思いつかない。
理由は、先述した通り、この世界と向こうの世界における、物品レートの違い……他に、実はもう一つ。
それは、この世界においての、食材に関する基準の違いである。
そう、はっきり言うなら、このファンタジー世界で流通している食材は、彼女の感覚からすれば、よろしくないの一言である。
なにせ、平民の間で販売されている小麦粉袋に、大なり小なり異物が混じっているのが当たり前な環境なのだ。
酷いのになると、痛んで変色した小麦粉や、本来は捨てるだけの殻だけの部分を意図して混ぜていたり、最悪なレベルともなれば、砕いた小石等を混ぜて量増ししている場合もある。
……だったら、良質なやつを買えば良いって?
残念ながら、そういうやつは平民間の市場ではあまり出回らない。出て来ても、お得意様などに売ってしまうから、彼女の手元には来ない。
エヴァの名を借りて強引に買い付けすることは可能だが、それはそれで余計な問題を作ってしまうから……というわけである。
同様に、使われている調味料だって、彼女が生きた現代の基準に照らし合わせると、販売に足る基準に達していない。
砂糖や塩も店に行けば手に入るが、どちらも……悪く言うつもりはないが、(彼女の舌の基準では)変な後味が残り、雑味も強い。
この雑味は、悪い意味での雑味。変な苦みというか、えぐみというか……現代にて暮らしていた時に食べた岩塩等とは、比べ物にならない。
少なくとも、彼女にとっては安くとも使いたくはないレベルで……そんなのを食べたら腹を壊しそうだが、そこはファンタジー世界。
その程度の混ぜ物で死ぬやつはとっくの昔に淘汰されたらしく、今は、その程度なら当たり前過ぎて誰も気にも留めない……と、賢者の書が教えてくれた。
……そうなのだ。
女神様や賢者の書の顔に泥を塗るわけにはいかないという理由とは別に、もう一つ。
それこそが、『もっと違う方法でお金を……』と思いつつも、だったら、この世界の食材を購入すれば良いのでは……という選択肢を選ばない理由。
彼女が王都にて販売されている食材を使わず、『ネットスーパー』や『倉庫』の食材を使う最大の理由であった。
──そして、それこそが、悩みの種でもあった。
なにせ、向こうの世界ではありふれていた物が、この世界では非常に高値で売れる。向こうではありふれた香辛料一つとっても、こっちでは相当の値が付く。
つまり、こちらでは高級品とされている物を、彼女は現代と同じ感覚で気軽に使えるわけだ。
それなら、使わなければ良い……と、分かってはいるものの、わざと手を抜いて不味く作るのは、力を与えてくれた女神や助力してくれた賢者の書に対して不誠実に思えてしまう。
というか、それらを抜きに考えても、わざと不味く作るなんて……元日本人として、とてつもない精神的なストレスになるのは考えるまでもないことであった。
だから、無い頭を絞って色々と考える……わけなのだが、そう易々と妙案が思い浮かべば、誰も苦労はしないだろう。
(音楽……う~ん、でもなあ、みんな美味しい美味しいって夢中になっている最中、演奏は……いっそのこと、CDでも……それは本末転倒かも)
音楽が駄目だと思う理由は、単純に営業時間が短いからだ。
時間にして、約2~3時間ぐらいしか営業していない。加えて、営業しているのは朝からお昼の間だけ。店内も、そこまで広いわけじゃない。
どうしてその時間で閉めるのかと言えば、料理が売り切れてしまうから。
まあ、大した量を作っているわけではないのだけれども、そもそも1人でやっているし、そこまですると、気楽から遠ざかる気がする。
(アンティークの食器……う~ん、なんか違う、そういうのではないし……ていうか、もうこの店そのものがアンティークみたいなものだし)
食器に関しては、そんな高い食器に料理を盛り付けたら、気になって仕方がないだろう……と、彼女は自分の身に置き換えて、首を横に振る。
少なくとも、マイセンの食器にサンドイッチでも乗せられて運ばれた時は、ちょっとドキっとした後で……普通のお皿の方が気楽だなとは思う。
(いっそのこと値段を下げて……いや、それだけは駄目だ。エヴァさんからも止めておけって言われているし、価格崩壊起こしたら申し訳ないし……)
お金を消費するだけを考えるならばタダで売れば良いのだが、それをすると、他の店への営業妨害にしかならないので、迂闊に下げられない。
というか、それをしたら色々な意味でヤバい事になるのは彼女も分かっていたので、その選択肢を選ぼうとは思わなかった。
……。
……。
…………う~ん、困ったな。
「……賢者の書様、なにか妙案はありますでしょうか?」
何も思い浮かばなかった彼女は、とりあえず困った時のなんとやらと言わんばかりに、傍にてフヨフヨと宙を漂っている本に尋ねた。
『ふむ、私と致しましては、気にせず薄利多売をすれば良いと思います』
けれども、返された助言がソレで……思わず、「それは、駄目だと思います」彼女は首を横に振った。
『そうですか? 結局のところ、やっている事は資本主義。膨大な資本による蹂躙が許されるのに、魔法による蹂躙が許されないのは、道理が通りません』
「それを言われてしまいますと……」
『結局のところ、同じ土俵で戦わなければならないという美意識に過ぎません。圧倒的に、持つ者にとって有利な土俵の上で、どうしてわざわざ戦おうとするのですか?』
「う、う~ん……」
『遺伝子の明暗で得た美貌の人が、『私は恵まれただけだから』と周りを慮って顔を隠して生きておりますか? そんな人、1人とて見掛けた覚え、ないでしょう?』
「…………」
『ですので、貴方も気になさり過ぎだと思います。もっと自由に……そう、胡椒とか砂糖とかバンバン売り払って財産を築いて、それをジャンジャカ散財してしまえば、なんら問題はないのです』
……。
……。
…………しばしの間、沈黙を保ち続けた彼女は……それでもなお、静かに首を横に振った。
それは、矜持とか倫理観とか、そういう理由ではない。
賢者の書の言い分は正しいと、彼女も納得していた。
だが、彼女は、そうしてはならないとも、強く思った。
一時の幸福、通り過ぎた慈悲、人には過ぎた力。
それ以上でも、それ以下でもない。
己の力の大半は、そこで留めておくべきモノであり、ひっそりと抱えたままにしておくべきなのだと、彼女は考えていた。
……まあ、実際のところは、だ。
傲慢と言ってしまえばそれまでだが、純粋に怖いのだ。
料理一つとっても、それで誰かの不利益になってしまうことが。何の努力もせずに得られた『力』で、これまで頑張ってきた者たちの努力を蔑ろにしてしまうことが。
だから、彼女はすぐに料理が売り切れたとしても、それ以上を作る事はしない。残した料理や酒を持ち帰らせることも、一度として許していない。
見て、触れて、味わって、それを独自に学んで活かす分には、なんら問題ないと思っている。
けれども、与えるのは違う。
あくまでも彼ら彼女らが学び、自らの手で生み出したのであれば……そうでないなら、己がコントロール出来る範囲だけ。
それが、彼女なりに考えた自戒であった。
『それでは、購入した食材や調味料から、不純物や低品質の部分を除去すれば、高品質のモノが生まれるのでは?』
「……それをすると、この世界の基準で食べられる部分を大量に破棄する事になりますので、あまりやりたくはありません」
『どうせ貴女にとっては不味くて食べられないのですから、そこまでは気にし過ぎでは? それに、貴方が作っている料理だって、食べられはするけど捨てている部分はありますでしょう?』
「分かっております。我ながら、酷く傲慢な考えだということぐらい」
『それでもなお、改めるつもりはない、と?』
「……新参者とはいえ、この世界で暮らして来た身です。私が自ら育てたモノならばともかく、食べ物の有難みを幾度となく実感した今となっては、たとえ不味いと分かっていても、捨てるのは些かの……」
『それこそ、気にし過ぎです。不快感を堪えて体調を崩す方が、よほどマズイ事だと愚考致しますが?』
「それを、言われてしまいますと……」
とはいえ、だ。
突き詰めてしまえば、結局のところは余裕がある者の傲慢なワガママでしかなくて……この日もまた、彼女はウンウンと唸りながら……考えるだけに終始するのであった。
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