第4話: 魔法使い要素よりもよほど目立っている
幸いにも、オリバーたちは『リフライン王国』の王都……すなわち、彼女が目指そうとしている場所と同じだった。
なので、オリバーは特に拒否はしなかった。
ただ、何か有事の際は協力してほしいとの事なので、その点については当然の事だと彼女が承諾した結果、彼女はオリバーたちに付いて行く事となった。
もちろん、それは彼女の美貌に目が眩んだから……ではない。
身元が分からないという不安はあるが、軽く話した限りでは危険な気配は感じられなかったし、身なりからして野盗の類には見えなかったからだ。
そう、彼女は気付いていなかったが、彼女は自らの身なりにて、オリバーたちの警戒心を幾らか解かせたのである。
何故かといえば、そう複雑な事ではない。
野盗というのは、基本的に身嗜みに無頓着で、格好もみすぼらしい。
何故って、野盗の大半は食うに困ってそうなった者なので、最低限には身綺麗にしても、身嗜みに気を使うだけの余裕が無いからだ。
なので、程度の差こそあるが、野盗はだいたい悪臭を放っている。また、衣服もどこか薄汚れているだけでなく、穴が空いていたり糸がほつれていたりする。
王国から直接騎士団が派遣されるほどの大規模な野盗集団……このレベルになると野盗でありながら傭兵も兼任している場合があるので、その限りではない。
しかし、小規模(特に、2,3人クラスだと)だと、その身なりは武装した浮浪者……とまではいかなくとも、傍に来れば思わず顔をしかめてしまうような……といっても過言ではない。
対して……身元不明で真偽不明な彼女の場合は、どうか。
まず、女であるかどうか、美人か不細工かどうかは関係ない。
女である事を利用した野盗はそれなりに居るし、娼婦紛いの盗賊もいる。身綺麗にすることで、逆手にとって油断させる者もいる。
また、魔法使いの野党は……例は少ないが、野盗に身を落としてしまったそういう話はあるので、魔法使いだからといって野盗でない保証はない。
しかし、違う。
彼女の場合は……オリバーたちが見た限りでは、そんな付け焼刃には見えなかった。
まず、身に纏っているローブが綺麗だ。
ちゃんと洗濯をしているのか目立った汚れはなくて、裾がほつれていたり破けていたりといった痛みも見られない。
次に、フードから出した髪の艶だ。
定期的に身綺麗にしているのが一目でわかる。肌の血色も良く、悪事に手を染めている者特有の、刹那的な気配が感じられない。
もう、それだけで、ひとまず野盗の類ではないとオリバーたちに思わせた……が、そこだけではなかった。
物腰は柔らかく、オリバーたちを何処かへ誘導させようとしたり、同情を誘ったり耳触りの良い事をペラペラと喋ったりもしない。
むしろ、駄目なら駄目でも良いと言わんばかりに飄々とした態度が、下心があったにせよ、興味本位で近付いてきたという話に信憑性を与えたぐらいであった。
だから、馬車より一定範囲には近づかない(有事の際は別)という条件があっても、言い換えれば、魔物避けとして自分たちを利用しても良いと許可を出したのは……ある意味、当然の結果であった。
……。
……。
…………で、だ。
いくら同行の許可を出したとはいえ、身元不明で真偽不明な怪しい女であることには変わらない。
オリバーもそうだが、護衛の者たちもプロだ。
野盗ではないと判断を下したが、完全に気を許したわけではなく、絶えず1人か2人は……チラチラと、
……普通は、目的地に到着するまで、それだけで終わるはずだった。終始、それだけになるはずだった。
だが、終わらなかったし、そうもならなかった。
というか、自覚の無い彼女自身の幾つかの行動が、嫌でもそうさせなかったのだ。
──まず、特に目立った一つ目。
目的地となる王都へは、何日も野営を挟む必要がある。
無理に急ぐことで生じるリスクを覚悟で向かうよりも、多少時間とコストが掛かっても、安全かつ確実に向かうという選択肢を取っていた。
つまり、その分だけ野営の回数が必要になってしまったわけで、その分だけ、誰も彼もが我慢する必要が出てくるわけだ。
まあ、それ自体は護衛をする者たちだけでなく、オリバーも商人だから慣れていた……のだが、だからといって、平気というわけでもない。
やはり、時期が時期だし寒いモノは寒い。
今の時期は、現地調達もままならない事が多く、持ち合わせの分しか食べる物がないのはザラだし、火を起こすのだって大変だ。
だから、食事だって食べられる物(温かいモノならば、余計に)があれば上等なぐらいで……雇い主であるオリバーですら、そうであった。
……そんな中で、だ。
(今日はトマトスープにするか……)
1人離れた場所で、普段の通りに準備を進めてしまった。
そう、普段の……何時ものように、『倉庫』より野営道具(要は、キャンプ道具のようなもの)を取り出して、ちゃっちゃと用意し始めてしまったのだ。
最初に、魔法の練習がてら作った、うろ覚えの記憶と与えられた知識を基に作った簡易のかまど。
この『かまど』、中々に便利である。
大きな鍋を置いてヨシ、単純に焚き火として使用してもヨシ、肉を吊るして燻すように焼いてもヨシ、色々と使えるよう考えられて作った一品だ。
これと同じモノを作ろうと思えば、持ち運びの観点から、普通は分解された状態が基本であり、必要に応じて一から組み立てる必要がある。
しかし、彼女のソレは、組み上がって固定した状態で『倉庫』に保管されている。
そう、設置する場所さえ確保出来たなら、本来必要となる作業や労力を全て考えることなく、『倉庫』よりポンと取り出すだけで良いわけだ。
「……火よ」
次に、火だが、これも魔法で一瞬だ。
他の物たちが、燃えやすい薪などを見付けられず(枯れ枝でも、湿ってしまうと駄目なので)、火を付けるのに四苦八苦している中で、ポンと一瞬で着火OK。
しかも……今から食べようとしているモノも、常識外。
彼女は軽い気持ちで「今日はトマトスープとパンで済ませるか……」と選んだだけだが、この世界の常識で考えて……こんな場所でそんな物は食えないのだから。
……少しばかり誤解というか
理由は定かではないが、名前も見た目もだいたい同じだというのは、あの男の記憶から分かっている。
実際、彼女が畑にて栽培しているトマトの大本は、森の中で見付けた物だ。
味は非常に青臭く、現代の野菜が如何に美味しく作られているのかを思い知るに足る味で……話を戻そう。
この場所でトマトが食えない理由は、単純に食材の長期保存の技術が確立出来ていないからだ。
あとは、持ち運ぶ手間が非常に面倒だから。
なので、こういった状況での食事なんて、だいたいが食べられる野草の煮汁に塩を少し入れたスープに、固く乾燥させたパンを入れて柔らかくした物ぐらいだろう。
運良く食用出来る獲物が捕らえられたら別だが、肉の処理というのは手間も労力も掛かるし、適切に処理をしなければ、あっという間に腐敗が始まってしまう。
下手すると、そこから病原に接触して発症してしまう……なんてリスクがあるわけで。
彼女のように魔法で何時でも水を出せるなら話は別だが、そうでないのならば、目的地に着くまではひもじい食事で我慢するのが一般的であった。
「……なあ、ナナリーさんよ」
「なんでしょうか?」
「それ、どこから……もしかして、『アイテムボックス』の魔法を習得しているのか?」
「そんなところです。なにを、そんなに驚かれているのですか?」
「え、いや、『アイテムボックス』のような希少な魔法を習得している魔法使いなんて、だいたい貴族のお抱えになっているから、物珍しくてな」
「まあ、そうなのですね……」
だから、誰も彼もが寒さを我慢し、ひもじい(この場では普通)食事ながらも文句ひとつ言わず食べている最中。
なにやら、極々当たり前な様子で豪華な食事を始めている彼女の姿は実に目立っており……思わず、といった様子で声を掛けられるのは必然であった。
……ちなみに、だ。
「……食べますか?」
「え、いいのか?」
「かまいませんよ、1人で食べるのは味気ないと思っていたところなので」
「それなら、厚意に甘えさせてもらおう……えっと、その、だな……」
「遠慮なく、皆様の分もありますので、順番に来てください。ただ、かまどは一つしかありませんし、全員に行きわたるには少し時間が掛かりますよ」
「──本当に、有りがたい、ありがとう。おおい、みんな、ナナリーさんがスープをくれるってよ!」
そう声を掛ければ、実に分かりやすく男の表情が喜色に緩んだ。
まあ、今が夏の時期ならばともかく、雪がちらついている。そんな中で、温かいスープを提供してくれるとなれば、誰だって心が弾むだろう。
それは誰もが同じであり、オリバーからも「ありがたい、今日は雪で枯れ枝が湿ってしまっていて……」と、軽く頭を下げられたぐらいであった。
……。
……。
……そして、二つ目は……入浴だ。
これは、ちょっと考えれば納得出来る。
魔物という人間を食い殺す存在が多数居る場所で、のんびり入浴の用意をする者なんてそうはいない。
なので、この世界において、町の外(移動中)での入浴なんてのは普通出来ない。せいぜい、綺麗な川で汗を流すぐらいだろうか。
しかも、今は冬だ。そのうえ、町から町への移動中だ。
仮に雪が降っていなくとも、大量の水を用意するだけでも非常に大変で……貴族ですらも考えが付かないぐらいのことなのだ。
実際、さすがに離れていても分かるぐらいに臭っていたら別だが、誰も……そういった事をしようとは全く考えていなかった。
……それなのに、だ。
(昨日は入らなかったから、今日は身体を洗いたい……他の人達の目もあるし、比較的安全だろうから……入ろうかな)
彼女は……自分がいったいどれだけ非常識な事をしようとしているのか、その事に全く気付いていなかった。
まあ、それも致し方ない事ではある。
何故なら、元々が別世界の人間であるがゆえに、彼女はこの世界の常識に疎い。ある程度の知識を得る事は出来たが、それには当然、偏りがある。
そう、彼女自身は比較対象が無かったので気付いていなかったが、あの男はこの世界において……かなり身綺麗にしている部類の人間であった。
理由としては本人の気質もあるだろうが、その職業柄、身分の高い者(あるいは、その使い)と接する機会があったため、不況を買わないようにと意識して気を付けていたからだ。
けれども、彼女はその事を知らない。
いや、正確には、彼がそれまで接してきた者たちはみな、大なり小なり格好に気を付ける者が多かったために、それが普通であるのだと彼女は錯覚してしまったのだ。
だって、この世界には魔法があるし……といった感覚だったからこそ、余計に彼女は気付けなかった。
(まずは、敵意や害意を持つ存在を弾く結界を張って……場所は……ちょうどいいや、ここが平坦だった)
魔法にて張られた不可視の結界を張ってすぐに、『倉庫』より取り出すのは、ゆったりと足を延ばせるサイズの、木製の浴槽だ。
切り分けた木材を組み合わせ、魔法にて水と熱気が漏れないようにしたうえで、カビなどが生じないよう加工した……魔法を使った力技な一品である。
そこに、彼女は魔法にて水を注ぐ。お湯から注ぐ事は可能だが、ちょうど良い温度の調節が難しいので、水から温めるようにしている。
「熱よ……沸き起これ」
手を入れて、魔法を発動。
それだけで、ポコポコと僅かばかり水面に気泡が浮いたかと思えば……湯気が立ちのぼり、程よい感じの温度となった。
次に、『倉庫』より取り出した目隠しにて、浴槽をグルリと覆い隠す。
この目隠しは、かなりの優れものだ。
なにせ、あのイノシシの突進を受けてもビクともしないし、炎の中にくべても焦げ一つ付かない。彼女の許可無くして動かす事すら出来ないから、盾としても安全である。
後は、『倉庫』より入浴道具一式を取りだし……準備を終えればもう、さっさと入るわけであった。
……。
……。
…………で、だ。
当然ながら、周りは気になって見てしまうわけだ。
そして、気付く。こんな場所で、風呂に入りやがった、と。
普通は命知らず(魔物に襲われる可能性があるので)な馬鹿な女だと笑われるところだが……あいにく、この場に居る誰もがそうは思わなかった。
なにせ、次から次に魔法を駆使して入浴の準備を済ませ、その際には、おそらくは魔法的なナニカを行った後で、何一つ怖がることなく入浴を始めたのだ。
何をしたのかは分からないが、魔物対策を行ったのは想像するまでもない。
いや、むしろ、こんな状況で平然と風呂に入ろうとする辺り、いくらでも対処出来るという自信の表れであると……誰も彼もが、感嘆するばかりであった。
……ちなみに。
この世界における移動中の入浴は、せいぜいお湯(場合によっては水)で湿らせたタオルで身体を擦るぐらいである。
なので、湯船に浸かるという行為が如何に贅沢なのかを知っているため、男女問わず、使い終わった後にお湯を分けてもらえないかな……と、羨ましそうに眺めていたわけだが。
そこで……見てしまった。
いったい何を見たかって……それは、目隠しの中を照らす光球によって映し出されたシルエット。
『うぉ……でっ、か……なんだあのでっかいモノは……』
『……頭が胸に二つある?』
『同じ女として、敗北感すら覚えないんだけど』
『……人前に出るなって言ったナナリーさんのお婆さんの気持ちがよく分かる』
『同意、アレは目に毒。同性でも、そっちの気がある人なら襲いかねないぐらいにヤバい』
具体的な詳細を省くが、とにかく、シルエット越しでも非常に気まずさを覚えるぐらいには目に毒で……同性ですらも、声を掛けに行くことすら出来なかった。
まあ、入浴が終わった後で、彼女の方から『残り湯で良かったら使いますか?』と促されたので、色々と有耶無耶にはなったけど。
そして、極めつけは……就寝の時。
他の物たちは、見張りとして日の番をする者以外は雨風を凌げる馬車の中に入り、互いに身を寄せ合っている。
それは馬たちも同じであり、動きの邪魔にならないよう薄めではあるが毛布を被せ、雪が当たらないよう簡易の屋根を作り、そこに馬たちを避難させていた。
……その中で、彼女はと言えば……寝間着に着替え、魔法を駆使して作り上げた一人用のテントにての就寝である。
まるで、自宅にて寝泊まりしているかのようなラフな格好。というか、この世界の基準で言えば、裸も同然な恰好だが……残念ながら、彼女は気付いていなかった。
まあ、そりゃあそうだろう。
あの男の記憶には、寝間着に関する知識はあったが、『女の一般的な寝間着』なんてモノはなかった。
だから彼女は、この世界において、己が如何に破廉恥な恰好をしているかに気付かず……その恰好に絶句しているオリバーたちの反応にも気付けず、普通にテントに入ったわけである。
……。
……。
…………とまあ、こんな感じな出来事が、道中にて何度も起こるわけだ。
しかも、彼女には全く悪気が無い。それどころか、自分が人前では恥ずかしい恰好や、常識外の事をしているという自覚も無い。
いちおう、オリバーたちは時に言葉を濁し、あるいは言葉を変えながら注意はしたが……はたして、どこまで通じたのだろうか。
──この人、下手に人前に出ると騒動を起こしてしまうのでは?
短い付き合いながら、
──王都に着いたら、すぐにでもギルドに登録するよう促そう。
そう思い、変なやつに目を付けられないよう……密かに祈りつつ、最低限の知識は教えておくべきだろうと誰も彼もが決めていた。
(……王都に着いたら、専属契約出来ないでしょうか?)
まあ、1人……オリバーだけは、商人らしく色々と考えてはいたけど。
「……良い人たちで、良かった。私は、運が良いな」
そんな事など知る由もない彼女は、暢気に……オリバーたちとの出会いを喜び、女神に対して何度も祈りを捧げるばかりであった。
……。
……。
…………とまあ、そんな感じでしばらく。
様々な思惑が錯綜する中で、彼女が同行してから8日後になって……王都『アストランカ』へと、ようやく到着したのであった。
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