女神の使徒になった概念的TSは色々と目に毒である(異論は認める)

葛城2号

プロローグ



 ──正直に言おう。



 当たり前の日常というのは、失って初めて分かる類の代物だと彼が心底思い知らされたのは、実際に失った直後であった。


 その失った始まりは……まあ、そう珍しい事ではない。



 言うなれば、事故だ。


 完全に、自業自得。



 己の不注意による、事故死。その点に関しては誰かを恨むつもりはなく、結局は自分なら大丈夫だという過信が招いた結果だ。


 彼が子供だったならば、恨みを抱いていたかもしれない。


 けれども、己は成人してそれなりの月日を経た男だ。


 歩行者優先が当たり前で向こうが悪い等という、子供の言い分をする気はないし、己の不注意を棚に上げる厚かましさはないつもりだ。


 大人であるならば、車道を歩く危険性も責任も承知のうえで呑み込むしかない……意地が諦観かはさておき、彼はそのように己の現状を受け入れていた。



 なので、むしろ申し訳ない気持ちが大きかった。



 だって、向こうからすれば、トラウマも同然だ。自分が相手の立場だったら、罪悪感で堪らなかっただろう。


 少なくとも、憔悴しきっている相手を見てしまえば、恨む気持ちなど持てなかったし、むしろ、少しでも刑が軽くなってほしいとすら思った。



 思うだけなのは、幽霊である彼にはもう、何も出来なかったからだ。



 実際に幽霊になってから分かったこと(まあ、当たり前だけど)だが、とにかく幽霊に出来ることは何もない。


 漫画や映画等によくある、悪霊によって云々というホラー……実際に幽霊になったからこそ言えるが、あんなの無理だ。


 いちおう、念動力というか、強く念じて物を動かしたり人を動かしたりすることは出来る。


 けれども、その力は滅茶苦茶弱い。


 ぶっちゃけ、空のコップ一個を数cm動かすだけで半日何もする気が起きないぐらいに気力を消耗する。


 ライターぐらいなら、軽く放り投げるぐらいはなんとか出来るが、それでも連続して使えないし、失敗する事も多い。


 ましてや、人を動かすとなると……こう、アレだ。


 動いた際に、前髪がフワッと顔に掛かる……ぐらいだろうか。


 身体の動きを利用して動かすのが精いっぱいで、とてもではないが、人一人を動かして危害を加えるなんて芸当……彼には無理だった。


 あと、悪霊の類は実在したのだが、おそらくそいつらも無理だろうなと彼は思った。


 なにせ、悪霊と呼ばれる存在、すぐに連行されてゆくから。逃げるのに消耗してしまって、ロクに悪さが出来なくなっているせいだろう。


 ……何に連行されるって、それは……たぶん、天使とかそういうやつに。


 姿形が妙にロボロボしいというか、子供が好きそうなロボットみたいなやつなので、本当に天使なのかどうかは分からない。


 分からないが、とにかく、幽霊になった彼は、何も出来ないまま……ぼんやりと街中を漂うことしか出来なかった。



 ……で、だ。



 そうしてぼんやりしていると、何時の間にか傍にやって来ていた天使(ロボット)に連行され、どういうわけか触る事の出来るバスに載せられ。



 ……そのバスが走る際、なんとも形容しがたい、明らかに不可思議な空間(にしか、見えない)を通り。



 なにやら、人の顔がくっついた巨大なナニカと、日曜の朝とかに放映してそうな子供向け番組に出てくるロボットとかバチバチやり合っているのを横目に、そんな空間を通り抜け。


 そうして、なんとも説明し難い、幾つかの景色を通り過ぎた後……バスを降ろされ、案内された、なんとも古臭いアパートの一室にて。



「ええっと、『  くん』、で合っているかな?」

『あ、はい』

「緊張しなくていいから、そこの糞ボケ頭ワルワル本から履歴書は受け取っているから」

『え、あ、はい……え、履歴書?』

「いや、もうね、ごめんね、本当にわざわざご足労してもらって……」

『え、いや、え、え?』

「それじゃあ、只今より女神様による簡単な説明と並行する形で面接も始めます」

『はい──え、女神?』



 とんでもない美少女より……女神と自称する美少女より、炬燵を挟んだ形で、なぜか面接紛いな事が始まった。


 ちなみに、美少女が言う『糞ボケ頭ワルワル本』というのは、部屋の片隅でふよふよと浮いているデカい本である。


 本から履歴書を受け取るというか、そもそも履歴書? といった感じだったが、なんとなく聞ける空気でない事を察した彼は、聞きに徹する事にした。



 ……部屋の雰囲気というか、ずぼらな女の独り暮らしみたいな感じがして、ちょっと落ち着かなかったが……とにかく、聞きに撤した。



 そうして……ポツポツと美少女が語り始めた話を、簡潔にまとめると、だ。



 まず、己が死を迎えた事故は確かに不注意だが、実はそれだけではない。


 詳細を語ると長くなるというので教えられはしなかったが、どうやら、眼前の美少女がなにかを仕出かしてしまったらしい。


 もちろん、悪気があったわけではない。偶発的な事故であり、気付いた時にはもう……己はもう死んだ後だったのだとか。


 女神的な力で怪我は治せても、失った命は戻せない。かといって、このまま放置するのは気が引ける。


 なんとか自然成仏する前に己を見付けた眼前の美少女は、ある程度のお詫びをするために呼んだ……というわけであった。



「生き返らせることは出来ないけど、転生という形で肉体を与えて別の世界に送る事は出来る。さて、どうする?」

『え、生き返らせてくれるんですか?』



 思わず、彼は驚きに目を見開いた。


 もしかしたらと考えてはいたが、はっきりと明言されれば、驚くのも無理はない事であった。



「うん、さすがにそのまま成仏させるのもね……でも、元には戻せないし、送る世界は決まっているんだ、ごめんね、ルールだから」

『いえ、いえ、もう一度生きるチャンスを得られるだけでも……』



 力強く、彼は頷いた。


 そう、どんな経緯であろうと、普通なら得られないチャンス。


 それを、被害者だからと変に居直るような性格を、彼はしていなかった。



「でね、その送る先の世界なんだけど……ポコポコ新しいのが統合しちゃったせいか、けっこう物騒なんだよね」



 正直、何を言っているのかよく分からない。なんだろう、ポコポコ世界が統合するとか……世界っていっぱいあるのだろうか。


 女神を名乗る美少女の説明が下手くそなのか、こちらの理解力が低いからなのか、いまいち判断が付かない。


 なので、とりあえずは……聞いておいた方が良い部分だけに集中することにした。



『物騒……と、言いますと?』

「要は、剣と魔法のファンタジー世界。人間を食い殺す怪物がうじゃうじゃいて、食物連鎖の頂点に人間が居ない世界」

『えぇ……』



 いや、お詫びとして送るにしても、なんでそんな場所に送ろうとするのだろうか。


 というか、普通に現代社会みたいに文明が発達した世界が良い。毎日風呂に入れて、毎日安眠出来る現代社会より快適な世界なんてあるのだろうか。


 思わず訝しむ彼を尻目に、自称女神の美少女は、う~んと可愛らしく(見た目だけは、そう見える)首を傾げながら、もちろん、と言葉を付け足した。



「そのままでは送らない。送る先には私の分身というか、サポートしてくれるやつがいるから多少なり安全に生きてはいけるけど……それだけじゃ不安だし、せっかくだから幾つか加護を与えようと思う」

『いいんですか?』



 それなら……ちょっと不安が和らいだ彼を他所に、自称女神の美少女は、うんうんと頷いた。



「償いの気持ちで送り出した子が、そんなあっさり死んだら逆に夢見が悪いから……え~っと、ちょっと待ってね」



 ぷちん、と。


 美少女は、自らの長い髪を一本千切ると、それを炬燵の上に置いた──直後。


 その髪から、カッと目が眩むほどの光を発したかと思えば……そこには、約30cmほどの美少女フィギュアが立っていた。



 ……正直な感想を言わせてもらうなら、良く出来たフィギュアだな、である。



 突如フィギュアを出現させたという超常現象も気になるが、今の己の存在そのものが超常現象なのだ。


 今さら、フィギュアの一つや二つ出現させたところで驚くに値しない。それよりも彼の気を引き寄せたのは、そのフィギュアの出来であった。


 あいにく彼は生前からフィギュアなどへの興味が無く、ネットの広告などでたまに表示されるのを見るぐらいの関心と知識しかなかった。



 しかし、こうしてちゃんと間近で見てみれば、だ。



 子供の頃に玩具として買い与えられたソフトビニールの人形に比べたら、雲泥の差だ。もちろん、眼前のフィギュアの方が万倍も格上だ。


 なんとなくだが、フィギュアを買い求める人の気持ちが少しばかり分かるような気がした……っと、そうじゃない。



『……えっと、これは?』



 それよりも、どうして急にフィギュアを……そんな内心を視線で訴えれば。



「これはね、君の新しい身体の縮小モデル。向こうに到着した時には、コレを基にしてちゃんと人間の姿になっているよ」



 とんでもない事を、実に軽々しくサラッと答えてくれた。



 ……。



 ……。



 …………いや、うん。



『あの……私の見間違いでなければ、このフィギュア……女の子にしか見えないんですけど、私は男ですよ?』



 まさかとは思うけど、勘違いされているかなと思ったのだが。



「男にしてやりたいのは山々なんだけど、私の身体の一部を使うと、どうしても私の使徒みたいな扱いになるらしくて」

『え? し、使徒?』

「万が一何か危険な状況に陥っても無事でいられる身体を作るとなると、私の一部を使うのが一番手っ取り早いうえに慣れるのが早いんだってさ」

『そ、そうなんですか……』

「ていうか、下手に色々やって第二第三のMIKADO生み出してしまったら嫌だし」

『は、はあ、分かりました、仕方がない事なんですね』



 ──みかど(?)ってなんだろう? 



 気になる部分はあったが、そこを抜きにしても、どうやら諸事情により女になるしか選択肢はないようであった。



「それで、なにか気になるところはある? 見た目は私の一部だからあんまり変えられないけど、少しはなんとか出来るよ」

『……そう言われましても、こういったモノには縁が無くて……何が良くて何が駄目なのかが分かりません』



 それもまた、正直な感想であった。


 見たところ、造形におかしい要素は見られない。足が3本あるとか、腕が異常に長いとか、関節が一つ多いとか、そういう目に付く異常は見られない。


 髪の色や目の色だって黒色だし……強いて挙げるならば、耳がちょっとばかり長いのと、胸が大きく強調されている……それぐらいだろうか。


 でも、フィギュアの耳なんて細かく見た事はないし、胸だってフィギュアだからそんなもんじゃないの……といった感想しか彼は覚えなかった。


 まあ、フィギュア自体がリアル調ではなく、いわゆるアニメキャラクターを想像させるような、要所がデフォルメされているせいだろうと彼は思った。


 いわゆる、峰○○子的な体形というやつだ。現実には早々いないが、アニメキャラクターとして見れば、何処かで見た事あるような……である。


 ……ていうか、アニメキャラクターっぽくデフォルメされたフィギュアをモデルとして出すのは……いや、止めよう、今はそんな事を言う時ではない。


 とりあえず、特に気になるところがなかったので、そのように伝えれば、美少女はよろしいと軽く頷くと。



「それじゃあ、スターターパックも付けておくとして……最後に何か質問はある?」



 そう、確認を取って来たので……考えた彼は、『質問に当たるかは分かりませんが……』と、言葉を続けた。



『私を轢いてしまった運転手の事です。出来るならば、彼が社会復帰していけるよう手助けをしてくれませんか?』

「ん、あの男のこと? また、どうして?」



 首を傾げる自称女神に、彼は……己の内心、心残りを話した。



 その内容は……まあ、そこまで深くはない。



 若くして天涯孤独の身になった己には、護りたい家族は始めからいない。親戚付き合いだって皆無だし、仕事だって暗に退職を促されていた。


 そして、生きがいになるような趣味もないし、年齢的にも人生の後半に入っていた。


 正直、只々生きるために働いていただけで、ぽっくり明日倒れても特に思うところはないなあ……という日々を送っていたような男、それが己だ。



 それに比べて、己を轢いた運転手は年若かった。



 己と違って家族は健在だし、結婚を考えている女性もいた。向こうの完全な不注意ならともかく、フラフラと飛び出す形になった己にも責任がある。


 つまり、互いに非があったわけで……法律で考えるならば、運転手の方が悪くなるのだろうが……そんな事を問題にしているわけではない。



 片や、結果がどうなるかは未定でも、まったくの無罪にならないのは確定だろうから、生きたまま罪を償う事になり。


 片や、死んでしまったとはいえ、新たに身体を与えられて、新しい人生を送る……というのは、あまりに不公平ではないだろうか。



 少なくとも、法律上は被害者である彼は、あんまりじゃないかと思った。


 未来が有った若者を、こんな形で閉ざさしてしまうのは……自己陶酔と言われたらそれまでだが、そうなってほしくはないとも、彼は思ったわけだ。



「う~ん、だったら女神パワーで良い感じにしておくから、後は任せなさい」

『あ、ありがとうございます……本当に、胸の重しが取れたようです』

「他に何かある?」

『いえ、もう充分です。ここまでしていただくだけでも……』

「そっか、それじゃあ、送るから」



 なので、自称女神の美少女よりそう言われた彼は、心の底から安堵のため息を零した。その、おかげか。



「それじゃあ、お達者で!」



 その言葉と共に、黒い穴に落とされても……彼は、特に驚くこともなく──遠ざかって行く美少女の姿と共に、フッと意識を失ったのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る