第8話 残された側
「それ以上は言うな」
「そんなことないっ!」
真羽とほぼ同時に発した声が、花々を揺らす風に攫われていった。
隣から、奥歯をぎしりと噛みしめる音が聞こえる。
その軋みは、自分も同じだ……。
「二人とも、どうし……」
驚いたように目を見張るススーから、真羽はふいっと視線を逸らす。
「残ったやつは、生きるんだよ。それだけだ」
それ以上を語らずに、どかりと真羽は椅子に座り直す。
金色の鋭い眼差しが、憂いを帯びているようだった。
「あのね、ススー……」
「ん」
「私達が住んでたとこでも、色んなことがあってね」
気圧されているススーに、私はゆっくりとした声音で語り掛ける。
伝えておこうと思った。
私達のことを、少しだけでも。
双子の私達が生まれた日、父は国内の少し離れた地に行っていた。
それは、たった一日の出張のはずだった。
多胎妊娠だった母は、予定よりも随分早く陣痛が起きて、緊急手術が必要になる。
その時、地面が大きく揺れた……。
「とんでもない災害が起きて、父は帰ってこなかった」
母子三人、行方不明になった父を待ちながらの生活が始まる。
頭の中では分かってる、色んなけじめをつけさせられながらも、心は望みを持ってしまう。
母は、強かったと思う。
「それで、私に『
「……マハネは?」
「真羽は、お父さんがそう決めてたから」
「そっか」
看護師だった母に守られながら、三人の暮らしがずっと続くかと思っていた。
それなのに、私達の生活が一変したのは15の夏だった。
「今度は、ここと同じようにパンデミックが起きて……」
世界的な疫病は、医療従事者を避けてくれるわけではない。
むしろ危険と隣り合わせになった母は、ある日突然帰らぬ人となった。
お別れも何も言えないままに。
淡々と語る私の話に、ススーは小さな眉を寄せて聞いていた。
「……なかなか、ヘビーだね」
ふはっと息を零したのは、真羽だった。
「お前ほどじゃねえよ」
「そうかな。だって、ママンと仲良しだったんでしょ? そんなの悲しいよ」
真羽の瞳が一瞬伏せられて、静かに私へと向けられる。
「それでも、俺には逢がいる」
そう。そうやって生きてきた。
二人で何とか、手を取り合って。
小さな笑みを返すと、ススーがキラキラと紫の瞳を輝かせた。
「いいな、それ。ボクも言いたい」
「は?」
「『オレには、アエルがいる』キリッ」
「馬鹿か?」
「いいじゃん、言わせてよ~」
自分達のことを話して怒られるかなとも思ったけれど、真羽はススーを小突いて笑っている。よかった、泣かずにちゃんと話せたし。
「だからね、ススー。私達、残された側の気持ちも、少しだけ分かるよ?」
そう伝えると、真羽が言葉を重ねてくれる。
「答えなんかないだろ。考える前に生きとけ」
「そっか、うん……そうだね。『オレにはアエルがいる』し」
「許さん」
「どっち~?」
わちゃわちゃと話していると、長い睫毛を伏せて耳を傾けていたクレアが顔を上げた。
「お二人は、この地とは違うところからいらしたのですね」
「まあ、そうですね」
肩をすくめて見せる真羽を、クレアは透き通るような水色の瞳で静かに見つめる。
「今お伺いしたようなことが、この近隣で起きたという話は耳には届いておりません。けれど……ラフレシアの大地も、一度だけ揺れたことがありました」
隣の椅子から勢いよく立ち上がった真羽は、前のめりになってクレアを覗き込んだ。
真羽の金色の瞳に、近距離のクレアが映っている。
「それは、いつ?」
「20年ほど前です」
え……?
「あー、ボクも覚えてるよ。ちょうど飛んでたんだけど、かなり大きくて長くて……不気味な唸り声みたいだったよね」
ここが、揺れた?
私達の国と同じように? 同じ時期に?
真羽の瞳が何かを言いたそうに揺らぐ。
鼓動が大きく鳴るのを感じながら、私は小さな頷きだけを返した。
「お二人は、これからどうされるのですか?」
すん、と現実に引き戻される音がする。
そこんとこはノープランのまま。
何せ、突然この場所に来たんだ。
帰り方も分からなければ、帰れるのかも分からない。
そもそもここが何なのかさえも分かっていない。
ラフレシアって、図鑑で見たことある巨大な花だよな~っていうくらいの知識だし。
魔法のある異世界なんて、本とか物語の中だけだって思ってたんだけどな。
「街まで下りてくのは危ないんじゃない? もうじき日も傾くし」
「街が、あるの!? 近くに? 人も?」
ススーの言葉に驚く私を、きょとんと大きな瞳が見つめる。
「そりゃいるでしょ。ラフレシアは全滅したわけじゃないんだし」
「だって! 真羽!」
「ん。聞こえてる」
よかった。とりあえず、人に会いに行きたい。
でも、どうしよう。日が暮れるのか。
時間軸は、どうも元の世界とそうズレはないらしい。
昼のパレード見終わった後だったしな。
まだ数時間しか経っていないはずなのに、最早もう懐かしさすら感じる。
くるくると考えを巡らせていると、クレアの綺麗な声に包まれる。
「お二人は、本当にラフレシアに詳しくないんですね」
「うん。ごめんね。正直何も分からないの」
怪しまれたとしても、仕方ないと思ってる。
けれど、今は貴重な情報源でありながら、危険をあまり感じない二人に頼るしかなかった。
「あのね、クレア。もし、ここが夜でも安全な場所だとしたら……、いさせてもらってもいいかな?」
「逢」
「だって、日が暮れたら真っ暗なんてもんじゃないでしょ?」
怪我もしているらしい真羽と、知らない場所を動き回るのは危なすぎる。
怪我をしていなかったとしても、夜の森なんて徘徊しちゃいけないって分かるから。
「勿論いてくださって構いません。ただ……」
「ただ?」
オウム返しをして首を傾げる真羽に、クレアは申し訳なさそうに視線を伏せていく。
「ただ、人間が召し上がるようなものをご用意できないんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます