小説先生
小説太郎
第1話
「 小説先生、紅茶が出来上がりました。ここに置いときます。」
女弟子兼事務員兼家事代行員のラブ穂が、作家である小説太郎の書斎へ紅茶を持ってきた。
「 ラブ穂ちゃん、ここに置いとく言うて、テレビの上に置くなんてどうかしてるで。机の上に置いてくれんか?」
「 あまり小説先生の近くまで寄って、欲情されたら困りますんで。」
「 アホ抜かせ! 俺は、曲がりなりにも森林産業大学短期大学部文学科を出てるんやで。」
「 そんな名前の大学を出てるから、かえって警戒するんじゃありませんか? そもそも、木こりさんを養成するための大学にどうして文学科なんかがあるんですか?」
「 アホんだら! 森の中に建てられた大学だから森林産業大学と言うんや。森のフィトンチッドの香りに包まれて、それだけでも頭が良くなったわ。」
「 にわかには、信じがたいんですが。」
「 アホ! 信じる者は救われると昔から言うだろが。」
「 昔からと言われても、生まれる前のことは確実にはわかりません。私は懐疑論者ですから。」
「 お、さすが、お水の湯女子大学を出とるだけある。急に偉そうなことを言うやないか?」
「 そ、そんな、照れるじゃないですか。」
「 やっぱり、アホか? こいつは。」
「 も~、小説先生の意地悪~。言うことがコロコロ変わるんだから~。」
「 さてと。アホを相手にしとる時間はないわ。お、そうそう、アホが作ったという紅茶でも飲んで息抜きをするか。」
「 恩を仇で返すものではありません。」
「 無視、無視。うん? この味は、確か、あれとそっくりや。コンビニで売っとる “ 本格的な紅茶 ” という名前の誰が考えても名前負けしとる紅茶と同じ味や。」
「 よくわかりましたね。」
「 おまえ、さっき、紅茶が出来上がりましたと言うたよな。」
「 はい。」
「 詐欺ったな。ティーパックの紅茶を使って作ったと思うとったのに。」
「 詐欺っただなんて、そんな。ペットボトルに入った紅茶をカップに入れ替えるという一流の料理人でもあまりしないことをしたんですよ。」
「 おまえは俺をナメとる。」
「 そんな汚ならしい服や体をナメるわけないじゃないですか。」
「 おまえは俺を完全にナメとる! もうこの部屋から出て行け!」
ラブ穂は、泣きそうな顔をしながら部屋を出て行った。
それから約一時間後、小説は大声を出して言った。
「 お~い、原稿用紙が少なくなってきたんで買ってきてくれんか~?」
返事がない。
もう一度、大声を出して言ったが、やはり返事がない。
気になって台所に行ったが、ラブ穂は居なかった。
ラブ穂の部屋に行ってみたが、そこにも居なかった。
家中どこを探しても、ラブ穂は居なかった。
小説は、後悔した。
“ あんなにきつく言うんじゃなかった。ラブ穂は、もうこの家には戻ってこないだろう。” と思った。
それから約二時間後、玄関の戸が開く音がした。
急いで玄関に行ってみると、そこにはラブ穂が袋を一つ持って立っていた。
「 どこに行ってたんや?」
「 先程、小説先生に失礼をしたので、遠くのケーキ屋まで行って小説先生のためにケーキを買ってきました。もちろん、経費を使ってではなく、小説先生から頂いた安月給で買いました。」
小説は、涙が出そうになるのをこらえながら言った。
「 そこまでせんでもええで。ケーキ代は俺が出すから、二人で分けて食べよう。」
「 いんですか? 小説先生。」
「 気にすんなって。」
「 すみません。ありがとうございます。」
二人は、テーブルを挟んでケーキを食べながら話した。
「 だけど、ラブ穂ちゃんが俺をバカにするというのも、わかる気するで。キミが面接に来た時、俺は売れてる作家だとごまかしてたもんな。」
「 ホント、偉そうにしてるんで、売れてる作家だとばかり思ってました。」
「 ところが、実は全く売れてない作家だということがバレてしもうて。おまけに、毎日の生活費や経費は、俺が昨年当てた宝くじの1千万円で賄っていることもバレてしもうたんよな。」
「 でも、良かったですね、小説先生。才能はないのに、運だけはあって。」
「 おかげさまでな。」
「 どういたしまして。」
「 いや~、だけど、俺、思うんや。小説太郎という作家名がふざけているようだから、俺の小説が売れないんじゃないかってな。そこで、名前をロマンスまさおにしようと思っとるんだが、どうかな?」
「 余計ふざけているように思われます。小説先生は、今のまま小説太郎という名前でいいと思います。私、応援してますんで。」
「 そうか。じゃあ、ラブ穂ちゃんの言う通り、今のままの名前にしておこう。」
時には言い合いもするが、今や小説にとってラブ穂は、妹のように大事な存在だった。
小説先生 小説太郎 @shousetutarou
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