セッション
垂乃宮
第1話
12月15日、受験生の僕らにとってその日付はもう随分と重い。共通テスト(前センター試験)が目と鼻の先にどってりと構えている。最近は共通テスト対策を毎日していて、そのテストの得点も半年前とは比べられぬほどリアルに感じられる。良い点を取ったり、悪い点を取ったり、僕たちは降りられないジェットコースターみたく感情がぐちゃぐちゃになってしまう。そんな風にして息をつく間もなく放課後になるのだった。
その時僕は地理Bの解説を読み込んでいた。いつもの様に数人だけが残っていた。模試の時は出席番号順に座るから、席替えをしても1年前と同じ光景だった。隣には普段話さない女子がいたが、クラス替えはなく3年間同じメンツなので、気まずさはなかった。面白い事に放課後残る人間は独り言を話す奴に多いようだ。その証拠に僕も含めてだが、後ろの男子と右前の女子は独り言の多いやつだった。そのせいで教室は人が少ないくせにいつも騒がしいのだった。
独り言の多い女子はどうやら鼻歌も堪能であるらしい。鼻歌がクラスに流れ始めた。どんなジャンルと言われたら答えにくいメロディーだった。心に染み込みそうなものだったが鼻歌補正で染み込みはしなかった。
二、三日前にも同じような鼻歌を歌っていたので、どんな曲なのか少し興味が湧いた。
「それなんて曲?」
「'りりっく らぶ'」
私は何とも言えない気分であった。きっと表情にも出ていたに違いない、少しのぎこちなさが流れた気がした。今考えると作曲者は日本人に違いなかった。それは'りりっく らぶ'は名詞形が連続したもので「リリックの愛」と解釈するとリリックがまるで何かを愛してしまっているが、かと言ってリリカルな愛は訳がわからないからだった。ぎこちなさを霧散させるため言葉を発した。
「それ2、3日前から歌ってない?」
「いや、前のとは別の」
出鼻を挫かれた。その曲へのえも言われぬ馴染み深さは一瞬でどこかへ吹き飛ばさせてしまった。人生ルーレットで振り出しに戻った後、1マス目にいるマサイ族をサイコロの4の目を出して一瞬で通過したらこんな感じだろう。同時に今までにない欲求がニョキニョキ生えた。僕は突拍子もなく言った。
「セッションしよう!」
一テンポおいて爆笑が返ってきた。彼女を遠ざけてどの距離まで聞こえるか試してみたいくらいだった。僕の狂気じみた笑顔ごと柳の様にいなされた。それでも僕は諦めなかった。
会話が終わった後、しばらくして彼女が痺れを切らした様に一小節だけ鼻歌した。歌い終わった後記憶を頼りに合わせてみた。上手く行った。その後すぐ彼女がもう一節鼻歌した。どうやら今度はニ小節らしい。少し一小節目を外した。ニ小節目の最後が高い。私も喉を絞る。汚い呻き声が溢れた。落第点だと思った。
その一小節のリピートアフターミー方式が中学校の英語の授業を思い出させた。英語の先生はスパルタ?で皆んなから嫌われていた。大半がリピートアフターミーを恥ずかしがっていた。それに比べれば今の僕はなんて自由で、空を鷹揚と羽ばたくタカの様に生き生きしているのだろう。その後も少しだけセッションとはお世辞にも言えない親鳥と雛のセッションが続いた。鼻歌でコミュニケーションが出来ることを初めて知った。学校生活の僕の些細な幸せだった。
セッション 垂乃宮 @miya_-2
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