第5話
一時間後には、むこうの部長が須崎を引き連れて謝りに来た。
部長はほとんど土下座に近い姿勢で謝った。
須崎に至っては、部長に後頭部を押し付けられて、完全に土下座していた。
「こいつは厳しく処分しますので、なにとぞ今後もお付き合いを。どうかよろしくお願いします」
須崎は半泣きだった。
私と課長は、須崎が厳しい今日分を受けることを条件に、取引を続けることにした。
その後、須崎は懲戒免職になったと聞いた。
私は、警察の世話にならなかっただけでもましだと思った。
須崎に強い力でつかまれて、私の左手にはあざができていたのだから。
暴行罪で訴えることもできたのだが、課長になだめられてやめた。
しばらくして気づいた。
佐竹さんともう十日は会っていない。も
ちろんなにかを作りすぎたり、実家からなにか送られてきたりということは、そうそうないのかもしれないが、それでもここに引っ越してきてから三日とあけずに会っていたのだから。
会いたい。
こっちから訪ねてみようか。
でもどんな理由で。
――うーん。
その日は悶々として、寝付けなかった。
次の日、バスに乗ろうとすると声をかけられた。佐竹さんだ。
「佐竹さん、お久しぶりです」
その時バスが来た。
「それじゃあ、バスが来ましたから」
すると佐竹さんは私の手をつかんだ。
「そのバスに、絶対に乗るな!」
普段の須崎さんからは想像できないほどに、大きく強い口調だった。
「えっ、いやこのバスに乗らないと、遅刻してしまいます」
佐竹さんは私の手を引いた。
激しいと言っていいほどに。
「いや、絶対に乗るな!」
「えっ、どうして」
「どうしてもだ!」
バスの運転手が身を乗り出して私たちを見ていた。
佐竹さんが言った。
「この子は乗らないから、もう行ってください」
バスの運転手は怪訝そうな顔はしたが、扉を閉めてバスを走らせた。
「佐竹さん、どういうことですか。次のバスに乗っても、間違いなく遅刻ですよ」
「よかった。ほんとうによかった」
佐竹さんは泣いていた。
両目から大粒の涙が零れ落ちる。
――えっ?
佐竹さんは歩き出した。
私はそれをぼうと見ていた。
佐竹さんは先の角を曲がり、その姿が見えなくなった。
私はその日、初めて遅刻した。
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