森の落とし物を持って帰りたい子
鏡水たまり
第1話
朝晩の冷え込みが冬の兆しと思える頃。北からの紅葉前線がようやっと関西にきた。
私たち家族も色づいた木々を見に、少し足を伸ばして近くの山に紅葉を見に行くことにした。
幼児でも歩きやすい整備された遊歩道に安心し、目線を上げると、真っ赤に色づいた紅葉の枝が頭上に幾重にも重なってる。
私たちは頭上の景色にいっとき見惚れているけれど、
「おかあしゃん、どんぐり!」
子供たちは木々の落とし物に夢中のようだ。下の子の昇(のぼる)なんて公園との違いがわかっているのやら。でもお出かけ記念に、紅葉と可愛い我が子たちを写真にパシャリ。
「どんぐりは虫がいるからダメ!」
上の子の歩(あゆむ)が昇を叱るが、きっと歩の今のトレンドが私の真似だからだろう。
「のぼる、もってかえるってゆってないもん」
「ダメ! のぼる、ダメ~!」
「ゆってないもん」
言い合いを繰り返しながら、昇が私のところに助けを求めて寄ってくる。
「あれ、明日香(あすか)のマネしてる?」
俊道(としみち)さんは、私が虫嫌いなのをよーく知ってる。もちろん、我が家の虫退治はもっぱら俊道さんの仕事だ。
「あ!」
昇が何か見つけたのか、まだおぼつかない足取りで先へ駆けていく。
「走らないで、危ないよ」という私の注意は右から左へ
「もってかえる!」
かえでだろうか? 自分の顔ほどの大きさの葉っぱを掲げている。
さて、どうしようと苦笑い。そんな状況を、俊道さんが面白そうに見ている。
追いついた歩が、かえでの葉を観察して
「ん~、これはきたないからダメ」
と、判断を下した。
「あれも明日香のマネ?」
笑っている俊道さんには、もうバレてるんだろうけど。これ以上、子供たちに日々の粗を詳にされるのは、さすがにやめてほしい。
「ほ~ら、葉っぱのカーテン。綺麗だよ。何色かな?」
話を逸らすために、子供たちに頭上の綺麗な紅葉を見るよう促す。
昇はちらと上を見た後、やっぱり地面を指差しながら、
「これはあか、これはきいろ、これは?」
「これはオレンジ!」
「これは?」
「ちゃいろ!」
狙いとは少し違うが、落ち葉色当て選手権が始まった。ただ昇は、歩がすらすら答えるのが少し面白くないみたいで、片っ端から色を聞いていく勢いだ。
「これは?」
「あか? ちょっとちがう……」
悩む歩の声につられて、私たちも見てみるけれど、
「オレンジのような赤のような」
「くすんだ赤? かな」
言葉にしずらい、絵の具で混ぜて偶然できたような色。語彙を搾り出そうとするが、ピンとくる言葉がみつからない。
「くすんだってなに?」
まだ、「くすんだ」という言葉を知らない歩が質問する。
俊道さんが、少し迷った後
「ちょっと汚い?」
と表現した。確かに、はっきりしない色のことだけど、汚いとは違うような……
しっくりこなさにもやもやしてると
「きたないあか!」
さっそく昇が、新しい言葉を披露する。
「きたないじゃないよ、”ちょっと”きたないあかだよ!」
遅れをとった歩は、慌てて昇の間違いを訂正する。けれど昇はもう、足元の落ち葉を「きたない」「きたなくない」に二分するのに夢中だ。その判定から「ちょっときたない」を歩がさらにより分ける。
もはやそれは「くすんだ」の言い換えじゃなくて、本当に綺麗か汚いかを分別しているだけだ。
「もう! もうちょっと言い方考えてよ」
「汚い」を連呼しながら、笑う子供たち。小さな子、特に男の子は「汚い」のような下品な言葉が好きなのだ。
「どんな? どんな言い方?」
俊道さんも男の子だった。隠しきれてないニヤつきが、私の心を逆撫でる。
でも、「くすんだ」は説明しずらい。もしかして、雰囲気で理解してるから? むむむ、と唸りながら言葉を絞り出す。
「グレーっぽい」
「グレーっぽいってなに?」
すかさず歩が質問してくる。
「ちょっと黒っぽい、かな」
「きたないじゃなくて、グレーっぽい?」
「そうだよ」
昇がまた大きな葉っぱを持って「これはグレー?」と、歩に確認する。
「ちょっときたない、じゃなくて、ちょっとグレー?」
「きたない」を上書きできたようで、ほっと一息。面白くなさそうな俊道さんを横目に笑顔で応える。
「きたなくないから、もってかえっていい?」
待ってましたとばかりに、クリクリの大きな目で昇が言う。
「一本取られたな」
大きな俊道さんの笑い声が、風に乗って色づいた木々を揺らした。
森の落とし物を持って帰りたい子 鏡水たまり @n1811th
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