第42話 狼狽する妹


 馬車から出てきたトラスは私たちの姿を見て、大きく息を吐いた。



「……どうして、この国の王族が揃いも揃って城の外にいるの? それも、ヴェルお姉ちゃんまで一緒になって」

「ヴェルお姉ちゃん……?」


 私が戸惑っていると、トラスは私の前につかつかと近寄り、私の顔を上から覗いてきた。

 深紅の瞳に射抜かれ、私は思わず顔を反らしてしまった。城で叩かれたことが思い出され、身体が硬直してしまったのだ。すると私とトラスの間に誰かが割って入ってきた。



「……君が本物のトラスか。婚約については解消させてもらうと手紙を出したはずだが」

「はぁ? なんですって!? アタシはそんなこと聞いていないわよ!?」


 背の高いコルテ様にギロリと睨まれたにもかかわらず、トラスは怯みもせずに食い掛かった。というより、トラスはコルテ様がエルフ王だと分かっていてこの態度なのかしら。だとしたら凄い胆力だ。



「ジェルモ」

「たしかに二日前、ドライアードに持たせ最速で到着するよう手配しました。……彼女たちとは、世界樹の森で行き違いになったんじゃないですかね」

「そ、そうよ! それになんなのよ、この森は!? なんでこんなにも魔物だらけなのよ!!」


 見れば頑丈であるはずのドワーフ製の馬車はボロボロの状態になっているし、馬も居ない状態だ。というより、トラス以外に人が居ない。



「それに婚約者本人であるアタシが知らないんだから、そんな一方的な婚約解消なんて無効よ! そんなことになったらアタシが困るんだから!!」

「なんて自己中心的な……」

「トラス、あなた……」


 形振り構わず、トラスはコルテ様に詰め寄るように喚き散らす。

 数日前に見た彼女は、私よりも大人びていて美しい女性……という印象だった。


 けれど今の私には、彼女がとても幼く見えた。まるで駄々をこねる子供みたいだ。



「トラス、実際にお前を見てやはり確信した。……お前は我が国の王妃に相応しくない。諦めて国へ帰るといい」

「なっ……!?」


 コルテ様の言葉にトラスが絶句している。

 私も驚いた。まさかコルテ様がこんな厳しいことを言うなんて……。



「ふっ、ふざけないで!! 協定で決まった婚姻なのよ!? 急に態度を変えて許されると思ってるの!? 困るのはアンタたちエルフなのよ!?」


 トラスがコルテ様に向かって叫ぶ。

 その声に私はビクリとした。またあの時の恐怖が蘇ってくる。

 しかしコルテ様は彼女の言葉に一切動じない。



「それはどうかな。エルフは世界樹の守護者。愛国心の欠片もない者と結ばれれば、いずれこの国を滅ぼすことになる」


 それは今まで見たことのない、冷徹な声音だった。

 まるで別人のような彼の様子に、私は息を飲む。


 コルテ様はゆっくりと彼女に近づいていく。

 トラスは一歩後ずさるが、すぐに木にぶつかってしまった。

 コルテ様が彼女を見下ろし、冷たい視線を向ける。

 トラスはコルテ様から顔を背け、震えていた。



「ア、アタシだってアンタみたいな男、本当は願い下げよ!」

「じゃあどうして、あんな強引な婚姻を……」


 トラスの瞳には涙が浮かんでいた。

 その涙の意味を知りたくて、私たちは彼女の言葉を待つ。



「だってヴェルお姉ちゃんを護るためには、アタシと結婚してもらわなきゃ困るのよっ!!」

「え……?」


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