第31話 見えない方が良かった


 廊下を走り、城の外へ。外は土砂降りの雨だった。


 私の顔は涙で濡れていた。

 怖い。これでもう二度と、あの場所に戻れになくなるという事実が。



 ドワーフの国にいたころは、ずっと独りぼっちだった。

 誰も信用できなくて、誰にも頼ることができずに生きて来た。


 実の家族に追放されて、この国にやってきて。

 ようやく自分を必要としてくれる人ができた。

 私が必要としても許してくれる人ができた。



 私はエルフの国が好きだ。

 エルフの国に世界樹も、空気も、住む人たちもみんな好き。

 そして……やっぱりコルテ様が好きだ。



 彼の優しさに触れて、人の温もりを知ってしまった。


 コルテ様と一緒にいたい。

 一緒にいて、もっと色々なことを教わりたい。

 そしてコルテ様の力になりたかった。

 彼のことが……大好きだから。



 だけどもうそばには居られない。トボトボと森の中を歩く。どこへ行けば良いのか分からず、あてもなく歩き続ける。


 これからどうしよう。ドワーフの国にはもう帰れない。エルフの国も。もう私なんかの居場所はない。この森から出ることもできない。どこにも行く場所がない。



「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」


 私の頭の中には、その言葉ばかりが浮かんでいた。

 すべてはこんな力に目覚めてしまったせいだ。



「こんな力なんて欲しくなかった。私はただ、愛してくれる家族が欲しかっただけなのに……」


 ドワーフの国の王女として育てられていた時は、父も母も兄弟もみんな仲良く暮らしていた。


 それがある日突然、私の世界が変わった。

 ある日、瞳の色が赤から緑へ変わり、植物を操れるようになっていた。


 代わりに聖火を扱えなくなった。いえ、むしろ聖火の力を弱めてしまっていた。

 他の聖女のおかげで聖火そのものが消えることはなかったけれど、建国から続いている大事な国宝を危険に晒した罪は重かった。


 二度と聖火に近づくことがないよう、私は目を潰され、太陽の光が届かぬ地下牢獄に落とされた。



 だけど次の日には傷付いた目に変化が訪れた。視力を失った代わりに、植物を通して物が見えるようになったのだ。


 ただ視界を得ただけではなかった。今まで見えていなかったものまで、視界に映るようになった。花や木々に精霊が宿り、あらゆる色で輝いていた。だから暗闇の中でも私の世界はとても美しく、孤独でも寂しくなかった。



 でも再び地上に出てからは、この力が恐ろしくなってしまった。


 視力を失ったままの方が、幸せだったかもしれない。目が見えれば嫌なことばかり目に入ってくる。私を嫌悪する目、恐怖する顔。見たくないことまで視界に入る。


 特別なんて要らない。

 私はただ、普通の目でコルテ様を見ていたいだけ。




「どこかしら、ここ」


 気付けば随分と森の深いところまで来てしまったようだ。背後を振り返ってみると、もう世界樹が遠くに見える。



「……な、なに!?」


 自分が歩いてきた道の方から、グオオォという獣の唸り声が聴こえてきた。

 驚いた私は慌てて木の裏へ隠れた。


 木の陰からこっそり様子を窺ってみると、遠くから巨大な熊がこちらに歩いてきていた。



「――あれがエルフの森の魔物なの?」


 あんな大きな魔物は初めて見た。

 怖くて震えが止まらない。足もガクガクしていて、今にも倒れそうだ。


 あの熊は時折鼻を嗅ぎながら、まっすぐこちらへと向かってきている。

 きっと、私がここにいると気づいているに違いない。


 早くここから逃げないと!

 しかし急いで走ろうとした瞬間、足元にあった木の根で転倒してしまった。



「きゃっ!」


 転んだ衝撃で声が出てしまった。



「あ……」


 しまった、と思ったときにはもう遅かった。


(どうしよう……)


 心臓がバクバク鳴っている。

 今の声で気付かれてしまうだろう。


 急いで起きようとするも、足に痛みが走る。どうやら足をくじいたようで、これでは逃げることは難しい。


 這うように木の陰に戻る。

 今はとにかく、見つからないように祈るしかない。


 しかし私の願いもむなしく、隠れていた木がギィッと軋んだ。見つかった!?

 私は息を止め、静かに振り返った。


 そこに立っていたのは―――

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