第30話 待ってください


「……さま?」


 弱々しく、か細い声でフィオレ様は言った。コルテ様はハッとしたように顔を上げて彼女を見た。


「フィ、フィオレ! ああ、良かった。意識を取り戻したんだね」


 フィオレ様はコルテ様の呼びかけに応えるように、か細い声を出していた。そして弱々しい笑みを浮かべながら首を横に振った。


「私の命は長くありません。私も近いうちに世界樹と同じ運命を辿るでしょう」

「そんな弱気なことを言わないでくれ! お願いだ、フィオレ。まだ打てる手があるはずなんだ……」

「いいえ、世界樹の分身である私には分かります。世界樹はもう限界なのです。元の根が病に罹ってしまっては、いくら外から生命力を注いでも腐っていくことを止められません。じわじわと弱っていくのみです……」


 フィオレ様は悲しそうに首を横に振った。その表情は、まるで全てを諦めているかのように見えた。


「それでも僕は諦めない。フィオレを失いたくないんだ……」

「私も離れたくありません……」


 コルテ様は泣き笑いを浮かべ、そっとフィオレ様を抱き寄せた。その光景を見ていた私は思わず目を逸らした。胸が痛んだ。息が苦しい。


 コルテ様はフィオレ様のために泣いていた。

 フィオレ様はコルテ様を愛しているのだ。



「私のためにそこまでしてくれる人って、誰もいないのに……」


 フィオレ様はもう長くない。フィオレ様は世界樹の寿命が尽きかけていることを悟っているようだった。


「…………」


 最低な考えが浮かび、それを必死で否定しようとする自分がいる。

 なんて浅ましい女なんだろう、私。本当に嫌になる。


「これ以上、望むことはありません」

「まだこれからだろう? 僕はお前を死なせたくない」

「ありがとうございます。でも、私の命はあと少ししか持ちません。世界樹の力が弱まりつつある今……私に残された時間は僅かなものです。だから、もう良いのです。私を楽にしてください」



 フィオレの言葉を聞いたコルテ様は静かに涙を流す。私はもう限界だった。黙って見てなど居られなかった。コルテ様が困っているのならば力になりたかったから。


 私はオーキオさんの方を見ると、彼女もこちらを見ていた。そして何も言わずに頷く。


「コルテ様! 私にもなにかお手伝いさせてください!」


 私は大声で叫んでいた。すると二人の視線がこちらへと集まる。


「……どうしたんだヴェルデ。できれば今は彼女といさせてくれないか」


 彼は真っ赤にした目を私に向けながら、精一杯の声でそう告げた。でも私も引くわけにもいかない。


「私が持つ、本当の力をお話したいのです」

「本当の力?」

「私の持つ能力は、火を操る能力ではありません。植物を操る力なのです」


 そう言って私はその力を使い、この部屋の至る所に花々を生み出した。

 赤、黄色、青……何もない空間から生まれた、色とりどりの植物を実際に目の当たりにして、この場にいる面々は目を白黒とさせていた。


「フィオレさんは世界樹の分身のような存在なんですよね?」

「え? あ、あぁ。そうだが……」

「世界樹が衰弱し始めてから、フィオレさんも元気が無くなった?」


 コルテ様は動揺しながらもそうだ、と頷いた。


「やっぱり……」


 私の目には弱々しい、細い半透明な緑の線が視えている。それはフィオレさんから出ていて、壁や床を通って何処かへ伸びている。


「きっとあれが、世界樹とフィオレさんを繋ぐ線なのだわ……」


 簡単に切れてしまいそうなその線に、そっと手を伸ばす。触れることはできず、そのまま指は素通りしていった。



「ヴェルデ、君は一体なにを……」


 コルテ様の問いには答えず、私は意識を集中して聖女の力を集める。じんわりと胸の中が熱くなり、それを指先へと移動させる。


「触れた」


 今度は指が通過せず、糸のような弦に引っ掛かった。私はその線に触れたまま、蔦を編むようなイメージで太くなるよう念を込める。


 すると、フィオレ様の身体が淡い緑色に光り輝いていく。


「あれ……?」

「こ、これは……!!」


 さっきまで朦朧としていたはずのフィオレ様が、無事に意識を取り戻した。


「良かった、成功したみたい」


 世界樹の力が弱まったことで、分身である彼女が衰弱していた。

 世界樹の力は生命の力。それが衰えれば肉体にも影響が出る。それならば、私が植物を元気にさせる聖女の力を彼女に使えばいい。


 フィオレ様に手を当て、彼女の中に眠る植物の力を呼び覚ます。するとみるみるうちに、彼女の顔に血の気が戻っていった。


「凄い……ヴェルデちゃんにこんな力があるなんて」


 オーキオさんは信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。フィオレ様の体力は完全には戻っていないけれど、これで窮地は脱せただろう。


 でも……これで私はこの国には居られなくなった。この忌まわしい力を使ったということがドワーフの国にバレてしまえば、またあの地獄に戻されてしまうから。



「ヴェルデ……ありがとう」


 気付けばコルテ様が目の前にいて、私の手を優しく取っていた。


「そ、そんな! 私はただ、コルテ様の力になりたくて……」

「それでも嬉しいよ。キミは僕の恩人だ」


 コルテ様は優しい笑顔を向けてくださった。


 だけど私は言葉に詰まってしまった。

 本当は自分の力を見せたくなかった。でも、助けられるのに見捨てることなんてできなかった。


 助けられて良かった。でも……素直になんて、喜べない。



「ごめんなさい」


 私は彼の手を振り払い、部屋から飛び出した。後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえたが、振り返らずに私は走り続けた。

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