第28話 変化


「さっきは言い過ぎたよ、ごめん。君を傷つけるつもりは無かったんだけど……」

「いえ、私も悪ノリをしてしまってすみませんでした」


 私たちは祭壇の前で、二人並んで腰かけている。

 そうしていると、まるでここが世界樹の泉の中とは思えなかった。そのくらいコルテ様と一緒に居ると楽しいし、落ち着ける。


「えっと、せっかく世界樹の根元まで来たんだし、少しこの国と世界樹の関係について話しておこうか」


 コルテ様に促され、泉の中にある世界樹の根に視線を向ける。


「そのまま見ていてね……」


 そう言ってコルテ様は立ち上がると、根の上に手を伸ばす。すると世界樹の根本から新しい芽が出て、茎が伸びていく。


 そしてその茎が太い枝となり、そこから様々な色の葉っぱが生まれては枯れ、空を舞っていく。それはまるで、生命の誕生と終わりのように幻想的な光景だった。


「綺麗……」

「これが、僕達の世界樹だ。今はすぐに枯れちゃったけれど、本当は花が咲き、たくさんの実を結ぶんだ。本来はとても強い生命力を持っているんだよ」

「すごい……。でも見た目はこんなにも元気そうなのに、どうして枯れようとしているんですか?」

「それがどうしても分からないんだ……」


 コルテ様は顔を曇らせると、そのまま俯いてしまう。


 世界樹の幹は大地を貫き、地中深くまで伸びている。そして世界樹は地上の植物に栄養を与え、動物たちを繁栄させているのだという。しかし、最近は世界樹の力が弱まり、植物たちは衰退の一途を辿っているそうだ。


「世界樹が衰えると大地の力が弱くなり、やがて土地そのものが枯れてしまう」

「そんな……」

「世界樹には精霊の宿る木として神聖視されている。だから、エルフ達は世界樹を大切に守ってきた。王である僕も何とかしたいと思っているんだけど……」


 コルテ様は悔しそうに拳を握る。


「この王位だって、本来は僕がなるはずじゃなかったんだ。世界樹に選ばれたエルフが樹の代弁者となり、この国を治めるはずだった。世界樹を……この国を護れない僕は王失格だ」

「コルテ様……」


 私にもなにかできることがあれば良いのだけど……。

 今の私はただの居候でしかない。とてもじゃないけど世界樹を救うなんて大それたことはできないだろう。


 それでも、少しでもコルテ様の助けになりたいと思った。コルテ様の手を取り、真っ直ぐに見つめる。


「王としての資格なんて、コルテ様には十分にありますよ! だって、こんなにもこの国の事を想っているじゃないですか!」

「ヴェルデ……」

「コルテ様が倒れそうになったら、私が支えますから。だから私にも……コルテ様の手伝いをさせてください」

「ヴェルデ、君は優しいね。でも僕はきっと、君にも迷惑をかけることになるよ?」


 コルテ様は困ったように笑う。それでも私は譲るつもりはなかった。


「構いません! だって私、コルテ様の事が好きですから!」

「……っ!?」


 あれ? 私、今なんて……? 口を衝いて出た言葉に驚いてしまう。けれど後悔はしていなかった。


 すると、コルテ様の顔がみるみると赤く染まっていった。耳まで真っ赤になったコルテ様は、恥ずかしそうに顔を背ける。


「あら? あらあらあら? これはひょっとして……?」


 これまで静かに見守っていたオーキオさんが、離れた場所で何かを言っている。


 しばらくして、落ち着いたコルテ様は再び口を開いた。私をじっと見つめながら、真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「君はとても不思議な人だね」

「そ、そうなのですか? 自分ではよく分かりませんが……」

「うん。そうだよ。それに君からは、強い力を感じる。その力は世界樹の力と似ているような気がする」

「世界樹の力……。私も、自分が何者なのかよく分かっていないのです。私は火の聖女でありながら、聖火には嫌われています。そして、あの国の民からも……あ、いえ……」


 そこまで言ったところで、しまったと口を閉じた。また暗いことを言っては、コルテ様を困らせてしまう。案の定、コルテ様は慈愛に満ちた瞳をこちらへ向けていた。


「そうか。君は辛い思いをしてきたんだね」

「ありがとうございます。ですが、本当に平気なんです。だって、今はこんなにも幸せですもの!」


 だって、ここにはコルテ様がいてくれるのだから。私はコルテ様に微笑みかけると、彼もまた微笑み返してくれた。


「ヴェルデ。良かったらなんだけど……」


 コルテ様はそこで言葉を区切ると、私の両手を取った。


 え、なななななんですか急に!?


 だけど彼が最後まで言い終わる前に、この泉の祭壇に新たな人物が訪れた。


「陛下!! 大変です!!」

「――どうしたんだ、ジェルモ」


 私たちの前に現れたのは、騎士のジェルモさんだった。

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