第13話 すべてはあの人のセイ


「そろそろお互いの自己紹介は済んだ頃かしら~?」

「オーキオさん!」


 扉の向こうに立っていたのは、メイド服姿のオーキオさんだった。



「服を持ってきたのだけれど……あらあら? もしかして私、お邪魔だったかしら?」


 両手に持ったドレスをヒラヒラとさせながら、彼女はこちらを見てニヤニヤと笑っている。アレは間違いないわ、私が何も身にまとっていないことを知っている顔だ。というより、これを仕組んだのってもしかして!?



「……笑えない冗談は止めてくれよ、オーキオ姉さん」

「えっ……お姉さん!?」


 今、オーキオさんを見てお姉さんって言った? オーキオさんってメイドなんじゃ……。



「あぁ。ふざけてメイドの恰好をしているが、彼女は僕の従姉妹だ。まったく、普段から僕を困らせる悪戯ばかりで困ってしまうよ……」

「ちゃんとやるべき仕事はしているわ。それとも陛下くんは私が王族って理由だけで、豪華なドレスを着せて、毎日甘ったるいお菓子食べながらお茶でも飲んでいろっていうの? 絶対にお断りよ、そんなつまらない生活」

「……はぁ。オーキオ姉さんはいつもこうなんだから」


 コルティヴァ様は呆れたように溜息を吐いた。


「そこまでメイドをやりたいなら、姉さんに頼むよ。至急、ヴェルデが住む部屋の準備をお願いしたいんだけど……」

「は? 別に、必要ないでしょ?」


 オーキオさんはキッパリとそう言い切った。そうよね、私なんかのために部屋を用意するなんてもったいない。その辺の物置があれば十分です、はい。


「いや、どうして……」

「そのままの意味よ。エルフの夫婦は同じ部屋で寝るのが通例じゃないの。まさか、彼女がドワーフだからって差別なんてしないわよね?」

「えっ!? オーキオさん!?」

「待て待て待て。待って? 僕とヴェルデが結婚するのはまだ先の話だろう!?」


 いやコルテ様も待ってください!?

 私がコルテ様と結婚!? 同じ部屋で暮らすってどういうこと!?



「なによ、焦れったいわねぇ。どうせ一緒に過ごすことになるのなら、早い方が良いでしょう? はい、決まり。今日からヴェルデちゃんは、この部屋で陛下くんと一緒に暮らすこと。いいわね?」

「あの、待ってくださいオーキオさん! 人違いですよ! コルテ様の妻となるのは、私の妹であるトラスなんです!」

「トラス……? そうだ、たしかドワーフ王はその名を口にしていたはず……」


 慌てる私と笑うオーキオさんの様子を見て、コルテ様も何かがおかしいと察した様子だった。金色の瞳をジト目に変えると、オーキオさんに詰め寄った。



「オーキオ姉さん……ちょっと話がある」

「えぇ~、いやよメンドクサイ。私、ヴェルデちゃんともっとお話した―い」

「いいや駄目だ。それにこれは国にとって大事。王としての命令だ」


 オーキオさんはほっぺを膨らまして不満をアピールするも、コルテ様が本気だと分かったのか、渋々ながら頷いた。



「……ヴェルデ。申し訳ないが、今日のところはこのまま過ごしてほしい」

「ええっ!? 私がですか!?」


 窓の外を見れば、もう朝陽が昇っていた。ということは丸一日、婚約者として振舞えってこと?


「事情を把握して整理するのに、少し時間が必要だからね。心配しないで、明日にはどうにかするから」


 そう言うとコルテ様は私に向かって優しく微笑みかけた。本当は心底疲れた様子なのに、それでも私のことを気遣ってくれているようだ。


 それは出逢ってから初めて見る彼の笑顔で、私は思わず頬が熱くなるのを感じた。



「……はい。わかりました」


 元々は私がお風呂で転んだのが悪いのだし、事情だってお城の皆に最初からキチンと説明しておけば良かったのだ。今すぐ国から出ていけと言われなかっただけ、マシだよね。


 当然断ることなんてできず、ただ頷くことしかできなかった。



「まずは着替えようか。それが終わったらジェルモに食堂まで案内させるから、朝食を取ると良い」

「何から何まで、本当に申し訳ありません……」


 私がそう返事すると、コルテ様は首を横に振った。


「いや、それはこちらのセリフだよ。どうせ姉さんが諸悪の根源だろう」

「ちょっと、陛下くん!? 私のことをなんだと思ってるの!」

「それじゃあ、僕はこれからオーキオ姉さんを尋問……もといお話をしてくるから」


 オーキオさんを軽くあしらうと、コルテ様はこの部屋から立ち去ろうとする。



「あのっ、コルテ様!」


 思わず声が出てしまった。こちらを振り返り、彼は不思議そうな顔を浮かべた。


「ん? なんだい」

「私、雑用でも何でも頑張りますから! どうか、この城に置いてくれませんか……」

「――はぁ? 何を言い出すんだ急に」


 うっ、そうよね。

 ちょっと優しくされたからって、調子に乗ってはいけないわ。


 浮かれていた恥ずかしさで俯いた私の肩に、コルテ様がそっと手を置いた。


「ヴェルデはもうこの国の住人なのだから、遠慮する必要なんかないさ」


 そう言うと、オーキオさんと共に部屋を後にした。

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