第4話 遠方からの使者


 私を担ぎ上げるドライアードは、無言のまま歩き続ける。

 ドワーフ城を出たあとは街道を使わず、エルフの国へ続く森を真っ直ぐに突き進んでいく。



「あ、あの。ドライアードさん? 私、自分で歩けますから……」

「……」

「実は……高い所が怖いのです……」

「…………」


 小柄なドワーフとしては、木の天辺の高さで抱えられるのはかなりの恐怖だ。


 言葉は分かるのか、高所が怖いと言うと低い位置の枝にスッと移動してくれた。歩かせては貰えなかったけれど、お願いは聞いてくれるらしい。



 しばらく、そのままの状態でドライアードとの旅が続く。

 このドリアードさんは案外気遣い屋さんのようで、川を見つけると休憩を取ってくれた。



「先程はお兄様から庇ってくださって、ありがとうございました」

「……」


 無言だけれど、聞こえてはいるんだよね?


「あの、私。好きな場所に植物を生やす力があるのです。良かったら、ドライアードさんの傷を癒させてください」


 拒否する様子はなかったので、私は剥げてしまった皮の部分に手を当てる。すると手の周りがぼんやりと光り出し、つるつるだった肌に木の皮が戻り始める。それどころか、枯れていたはずの枝に若葉が芽吹き始めた。



「……よし、こんな感じかな? えっと、どうですか?」


 返事はないけれど、枝をユサユサと揺らして嬉しそうににしている。喜んでもらえてるみたいでよかった。


 お兄様には秘密にしろって言われていた、私に宿る奇妙な力。ドワーフ国では役に立つどころか、聖火の力を弱める呪われた力だって言われていた。


 国を出るときは二度と使うまいと思ったけど……あのまま見て見ぬふりなんてできないし、彼(?)は言葉を話さないみたいだから平気……だよね?



「ふぅ……。ん~、疲れちゃったぁ」


 私はその場で仰向けになり、両手を上にあげて大きく伸びをする。運ばれている間はずっと同じ体勢だったので、背中の骨がパキポキとなった。



「あれ? ドライアードさん、どこに行っちゃたんだろう?」


 辺りを見渡すけど、どこを見てもいない。さっきまでいたはずなのに……。

 まさかこんなところに置いていかれた!? ど、どうしよう!?


 一人でアタフタと慌てていると、そのドライアードが帰ってきた。



「まぁ、たくさんの果物! ……もしかして、これを私に?」


 ドライアードはゆさゆさと木の葉を振る。そして果実を手渡してくれた。

 私はそれを受け取って食べる。……うん、美味しい。


 地下牢獄にいた時は、自分で育てた苔で飢えをしのいでいたのよね……あの苔も慣れてしまえば、それはそれで味は悪くなかったけれど。



「……ありがとうございます」


 お礼を伝えると、ドライアードは私の頭の上にポンと枝を置き、そのまま動かなくなってしまった。

 どうやら、私が食べ終わるのを待ってくれるらしい。



「あ、そうだ。貴方のお名前を聞いてもいいですか?」

「……」

「私の名前はヴェルデと言います。よろしくお願いしますね」


 ドライアードは首を傾げるだけで何も答えてくれなかった。

 でもなんとなく、こちらの言葉が通じているような気がする。


「無口だけど、きっといい人よね。エルフの国へ行くのは不安だけど、彼との旅はちょっと楽しくなりそう」



 そうして五日ほど森を進むと、エルフの国にそびえ立つ世界樹が見えてきた。ドライアードの乗り心地はあまり良くないけれど、地下牢獄にいた頃と比べれば天国のようだった。



「うぅ、不安だ……ねぇ、ドライアードさん。もう少し寄り道してから行きませんか?」


 エルフの国に近づくにつれ、私は不安で胸が押し潰されそうになっていた。


 六歳で聖女となって、私はすぐに地下へ押し込まれた。だからこの世界のことを、殆ど知らないのだ。この森の中で見た光景さえどれもが初めてで、この先一人で生きていけるとは到底思えなかった。



「こんな状態でエルフの国に行ったところで、私が何かの役に立てるとは思えないし……もし仕事もなく、エルフの国からも追い出されてしまったら――」


 そのときこそ、本当に野垂れ死んでしまうかも。どうしよう、今のうちに何かできることはないのかな……。


 思わず涙をこぼしそうになったそのとき。今まで無言だったはずのが呟いた。



「……お嬢さんなら」

「えっ?」

「お嬢さんなら儂らの国で生きていける。だから泣かなくていい」

「え? しゃ、喋れたんですかっ!?」


 ドライアードは淡々とした口調でそれだけ言うと、また口を閉ざしてしまった。


(慰めてくれた……のかな?)


 少し歩く速度を緩めたドライアード。私は枝の上で揺られながら、彼の優しさを確かに感じ取っていた。


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