第2話 痛みと怒り
「エルフの……セミナ国へ?」
「国力の低下したセミナ国への援助が決まってな。奴らへ食糧を送る代わりに、こちらはエルフの森で採れた
お兄様は私を嘲笑うかのように見下ろしながらそう言った。
自国民のドワーフたちが鍛冶に使う薪のために、私は知らぬ土地へと売られるらしい。
それにしても、この十年で地上の情勢はだいぶ変わったみたいね。エルフと言えば、ドワーフと犬猿の仲だったはずなのに。それも自分たちが大切にしている森の木を売るなんて、エルフも相当な緊急事態を迎えているらしい。
「……分かりました、お兄様」
反抗したところで無駄なのは、経験上良く分かっている。
生きているだけで罪だと言われた私の居場所なんて、どうせ牢獄かあの世にしか無いのだから。それがエルフの国が加わったところで、私の運命に大した変わりは無いでしょう。
――バシン。
従う意思を告げ、大人しく頭を下げた瞬間。私の左頬が何者かによって打たれた。
なにか返答を間違えたかと、ビックリして顔を上げる。そこには見知らぬ少女が、お兄様と同じ赤い瞳で私を睨んでいた。
「ふん。汚らわしいドワーフの面汚しが。罪人であるアンタが、アタシのお兄様を馴れ馴れしく呼ばないで!」
「アタシのお兄様? もしかして貴方は……トラス!?」
驚いた。私を叩いたのは、私より二歳年下で腹違いの妹であるトラスポルテだった。
病弱ながらとても優しい子で、私のことを『ヴェルお姉ちゃん』と言って慕っていてくれていたっけ。
だけどあの頃の面影はどこにもない。今の彼女は、性格や見た目が丸っきり変わってしまっている。健康的に成長したトラスの方が、私よりよほど姉に見える。
「やめてくれる? 今のアンタに、その愛称で呼ばれる筋合いなんてないわ」
「そんな……どうして……?」
あの頃よりもずっと力強く育った彼女は、キッパリとした口調で私を拒絶した。
「おい、トラス。お前はこれからエルフ王の元へ嫁ぐ身なんだ。ゴミを触って手を汚すんじゃない」
「でもお兄様。これがアタシと半分も同じ血が流れているだなんて、考えただけで身の毛がよだちますわ」
「許してやれ。優秀な火の聖女であるお前と違って、コイツはどうしようもない出来損ないなんだからな」
「トラスがエルフの国へ嫁に……? それに貴方が火の聖女ですって?」
小さな火すら怖がっていたトラスが、私の後を追って聖女になっていただなんて。立派になってくれて嬉しい反面、あまりの変わりように私は動揺を隠せない。
「喜べ、お前をエルフにくれてやれと言ったのもトラスだ。使い道のないクズでも、物好きなエルフなら拾ってくれるだろうってな」
「うふふ。そうよ、アタシに感謝するがいいわ」
そんな、私に慰み者になれっていうの!?
二人は絶望に染まる私の顔を見てせせら笑うと、周囲に居た他のドワーフも声を上げて笑い始めた。この場に私の味方をしてくれる人は誰もいない。
エルフとの交渉や私を地下から出したのは、国王であるお父様が決めたのだろうか?
だけどこの謁見の間にある玉座には、そのお父様の姿がない。
「……あの、お父様は? どうしてトラスがお母様の腕輪を……」
ふと、お兄様の腰元に王の証であるミスリルの剣がある事に気が付いた。それにトラスの腕にはお母様が大事にしていたミスリル製の腕輪が嵌っている。
「んぁ? オヤジだと?」
嫌な予感で心がざわざわする。
その不安を煽るように、お兄様は顎に手を当てて記憶を探るような仕草をした後、意地悪くニタァと嗤った。
「あぁ、お前は知らないか。先王はとっくに死んだよ。だから今は、俺がこのラッコルタの国王だ」
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