第10話 小さな籠

アリア視点


「もう夕方なのね」


 ひどい悪夢と頭痛で、ほとんど寝れなく気づけばこんな時間になってしまっていた。


 今日はシェリー先生に昨日のうちから頼んで欠席とさせてもらった。

 とても登校できるような状態ではない。


 オースティン魔法学校では5つ星魔法使いは特別待遇として1人部屋を許可される。

 今の自分にとってはこれ以上ない待遇だ。


 小さい頃は人と話すことは好きだったし、それは今でも変わらない。

 けど……

 1年前のあの事件から、私の環境は大きく変わってしまった。


 お父さんは口癖のように


「俺はお母さんとアリアを死ぬまで守る」

 と話していた。


 最初は、何かの間違いでお父さんもお母さんもきっと大丈夫と思い自宅へと向かったが、間違いという言葉では片付けられない様な悪臭と多数の魔法使いが家を囲んでいた。


 昔から周りの子達よりも魔法の才があった事から陰口や避けられるような事は多々あったのだが、その都度お父さんとお母さんは


「貴方は誰よりも優しく強い子だから、皆直ぐアリアの魅力に気づくよ。それに、世界中の皆がアリアの敵になってもお父さんとお母さんは一生アリアの味方だよ」


 その言葉に何度救われた事だろうか。

 何度挫けそうな時も頑張れただろうか。


 でも、悪臭と黒く邪悪な魔素が立ちこむ我が家を見た時、初めて挫けそうになってしまった。涙は止まらず、ひたすらにお父さんとお母さんを呼び続けた。返答など無い事は知っている。それでも私は呼び続けた。



 いつまでも泣き止まない私をみて、軍の関係者の人がオースティンに連絡してくれたらしく、直ぐにシェリー先生が来てくれ、学校まで送ってくれた。

 道中、シェリー先生と何かを話した気がするが、気が動転していたこともあり忘れてしまった。


 オースティンの敷地内に着くとシェリー先生に

「今日は寮に帰ってゆっくり休んで」

 と言われたので、そのまま女子寮まで帰り、着替えもせずベットへとダイブした。


 枕にうつ伏せになり涙が枯れるほど泣き続けた。私はそのまま寝てしまったらしく、夢の中でお父さんとお母さんに会った。


 その夢では見たはずのない、お父さんがお母さんを喰い殺す瞬間や、2人で私への憎悪の言葉などが伝えられ、今1番見たくない悪夢となった。

 夢の最後はお父さんの声で、ずっと私の名前を呼び続ける。


 アリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリア


 大量の汗を流しながらベットから飛び起きた私は違和感を感じる。

 視界の色彩感覚がおかしい。

 目の前に無かったはずのモヤや明るかったはずの色が暗い色に変わっていたり。


「なにこれ……」


 私はすぐに寮内にある医務室へと向かい、主治医であるハーランド先生に目の状態を伝えた。


 ハーランド先生からは、

 ショッキングな出来事からくるストレスの影響

 と診断を受けた。


 医務室から部屋までの帰り道でも、夢でのお父さんの声が忘れられない。

 今もずっと呼ばれているような感覚になる。


「なんなのよこれ」


 やらせない気持ちを隠しきれないまま部屋へと戻った。




 そこからの1年間は最悪だった。

 同じ夢を繰り返し繰り返し見続け、目の前のモヤも次第に先生や生徒の周りに立ちこみはじめ、ひどい時はモヤから憎悪の言葉を吐かれる。

 でも一部の先生からはモヤが発生していなかったりする。シェリー先生からもモヤが発生してないため時々話したり、授業の準備の手伝いなんかをしたりする。


 今日も朝早くシェリー先生から頼まれていた授業の準備のため、念のため配置へと着く。


 配置へと着くと見慣れない男の子?が立っていた。

 私はその男の子を見て一瞬驚いてしまった。彼からは一切のモヤも発生してなく、更には彼の周りはモノクロの背景ではなく鮮やかな色で構築された背景へと変わっていた。


 たまたまかも。と思いつつその子に声をかけたのだが、シェリー先生の召喚魔法が暴発してしまい魔獣がこちらへと向かってくる。


 その男の子は鮮やかな魔法で一瞬でその魔物を消し去った。


 明らかに普通じゃない。


 私は、すぐにその男の子に情報を聞き出そうとするが、知らぬ存ぜぬの一点張り。

 まあ、すぐにどうこうと言う問題ではないだろうし、長期戦といこうと考えていたのだが。


 先日、彼の寮で話した時から何かが変わってしまった。

 夢の中でしか聞こえなかったはずのお父さんの声が聞こえてくる。


 アリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリアアリア


 頭が割れるほどの激痛に、吐き気まで催す。何とか授業は終えることができたが、帰り道、ついにお父さんが話しかけてきた


「お前のせいだ……お前も来い……」


 私はひたすらに謝った。もうどうしていいかもわからず、布団の中で耳を塞ぐ


 次の瞬間


 コンコン


 部屋がノックされる。


 ドアを開けようとすると、


「開けるな開けるな開けるな」


 お父さんの声がより一層強くなる。

 私は再度耳を塞いでその場に座り込む。

「もうやめて……ごめんなさい……」


 その瞬間ぱっと音が消え、懐かしい匂いがした気がした。暖かく優しい匂い。まるでお母さんの様な。


 はっとなり、慌てて扉を開けるとクラスメイトのシャーロットさんが立っていた。


「あ、アリアさん体調大丈夫そう? シェリー先生にプリントを持って行ってって頼まれて」

「ええ。ありがとう」

「目の周り真っ赤だよ!? そんなに辛いの?」

「ちょっと良くなったみたい。大丈夫よ」


 シャーロットの周りからはモヤが感じられず、頭も少しスッキリしている。


 お母さん……


 そんなはずはないのは分かっているが、今も体は温かい。


 シャーロットが帰り、シェリー先生の書類を確認すると……


 一枚の手紙

 イブ・レッドパールからだ。


「もうほっといてよ」

 一言つぶやくが、手紙の内容を見て驚く。


「な、何で」


 彼の手紙にはあたかも私の中にいる、お父さんを視認しているかの様な内容が記されていた。


 けど……見えたところで


「もうやめてよ。期待させないで。なにができるって言うのよあんたに」


 前にもしかしたらと思い彼にお父さんの相談をしようとした、けど彼には聞こえていなかった。この呪いは彼が何者でも凌駕するほどのものだろう。


 けど…けど…


 20時……


 私は一筋の希望に託し20時の約束に向け慌てて身支度を始める。

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