田舎にある実家に妙な因習があった話

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私が生まれ育った地元に伝わる、ある風習についてお話ししたいと思います。


 

 部分的に内容をボカしたり、地名などの具体的な名称は変えています。

 ですが、これから話すことのほとんどが事実です。



 発祥や理由は不明だが、古き時代から漠然と続けられている風習がある。


 田舎ならば全国的によく聞く話です。S県の片隅にある我が亀井家(仮)でも、年間を通して様々な行事がもよおされておりました。


 といっても誰かを生贄にするとか、そういう血生臭いものではありません。



 たとえば『みそかっぱらい』。

 これは漢字で、晦日祓みそかはらいと書く地域もあるそうです。


 内容を簡単に説明すると、大晦日の夜に神社でもらってきた御幣ごへい(木の棒に紙のギザギザがつけてあるもの)を使って、家のあるじが家の中に溜まったけがれをはらうというものでした。



 暇な休日ならまだしも、真冬の大晦日ですよ?


 世間では暖かいコタツで年越しそばでもすすりながら、お笑いの特番を観ているというのに。正直私はこの風習が嫌いでした。




 我が亀井家は古くから続く百姓でしたので、おそらくご先祖様はこれらの儀式を通して神に豊作を願ったのでしょう。


 しかし農業技術の発展した現代社会において、このような科学的な根拠に乏しい風習はもはや時代遅れとしか言いようがありません。


 もっともこんなことを続けているのは、近所でも我が家ぐらいでしたけれども。



 そんな不満を抱きつつも、ただの学生だった私は実家から出ることも叶わず。この田舎で親の言うことを聞くだけの学生生活を送っておりました。


 ですがそんな窮屈な日々も、とあるキッカケで終わりを告げたのです。



「引越し……?」


「そう、ウチの土地に駅を作りたいんだって」


 大学受験を一年後に控えた、高校二年生の夏のこと。

 家の裏には小さな公園ほどの広さの竹林があり、そこを横断するように鉄道の線路が敷かれておりました。そこへ新しく駅を建てる計画が立ち上がったようなのです。



「でも、どうして私の家が?」


「うーん。今ある住宅を何軒も立ち退きさせるより、ウチだけをどかした方が楽なんじゃない?」


「へぇ……。でも私たちはそのおかげで、新しい家に住めるってことなんだよね!?」


「そりゃそうだけど……こっちは手続きやらお金のことで大変だってのに、子供は能天気で良いわねぇ」


 母が言うには、どうやら国は公共の福祉とやらを行使する様子。

 相場よりも安い値段で、ウチの土地は買い叩かれてしまうようでした。


 それでも私は歓喜しました。なにしろこの当時に住んでいた家は、築百年を超える古い木造住宅。至る所にネズミやGが同居している状況で、気軽に友人も呼べない有り様でした。


 キッカケが何であれ、新しくて綺麗な家に住めるというのは嬉しかったのです。



「ところで、引っ越し先は遠いの?」


「ううん。近所らしいわよ」


「なぁんだ。じゃああんまり新鮮味はないね」


「それよりも、ご先祖さまが怒らないか不安だわ。古くから守ってきた土地だったし……」


 喜ぶ私の隣で、どこか不安げな表情を浮かべる母。四十代半ばで増えてきたシワが更に深まります。


 母は余所よその家から嫁入りしてきた人なので、亀井家の事情にそこまで気に掛ける必要もないと思うのですが。母はこの土地に長く住んだことで愛着が湧いたのか、なにか心に引っ掛かる部分があるようでした。



「大丈夫だって! ご先祖様も、お国のためなら仕方ないって思ってくれるよ」


「そうかねぇ……なにも起きないと良いんだけれど」


 楽観的な私は何も気にせず、それは杞憂だと笑い飛ばしました。


 しかし月日が流れ、いざ引越しの準備が始まると、母の悪い予感は現実のものとなってしまいました。



「ねぇ母さん、裏の林にまたパトカーが来てるんだけど」


 翌年の秋。予備校から帰宅した私は、肩に掛けた学生鞄を下ろしながら、先ほど帰り道で見掛けたことを母に話しました。


 キッチンにいた母は夕飯の鍋をかき回しながら、うんざりした様子で「そう、また人身事故みたい」と答えたのです。



「……はぁ、今月だけでもう五回目じゃない? こんな頻繁に電車を止められちゃ、J〇も迷惑だよね」


 都内では日常茶飯事でしょうが、あいにくとこちらは田舎。ダイヤは一時間に数本しかありませんし、そもそも住人があまりにも少ない。なので人身事故が起きても数年に一度。


 線路脇には簡単な柵しかないので物理的に侵入しやすいと言えど、この頻度は明らかに異常でした。



「それにしても、今回は誰が亡くなったんだろうね」


「また知り合いだったら嫌ね……先週亡くなったA雄さんも、自殺なんてするような人じゃなかったんだけど」


 このA雄さんとは、近所にある酒屋の店主のことで、亀井家とも古くから付き合いのある人でした。


 地元で行われるお祭りでは、A雄さんを通して酒類やアイスを注文していたので、私も幼い頃から顔を知っておりました。子供にも優しく明るい人で、母の言う通り自ら命を絶つようには見えませんでした。


 A雄さんの奥さんも旦那さんの死が相当ショックだったらしく、葬式で喪主を務めていた時もだいぶ疲れ切った様子でした。



「その前は会社員の女性だったっけ?」


「うん、市外からこっちに働きに来ている人だったみたい。飛び込んだ理由が不明で、事件の可能性があるとかなんとかって。警察の人が何度もウチに来て大変だったわ」


「でも結局は他の人と同じ、自殺だったんでしょう?」


「……そういう、ことになっているわね」


 動機の分からない自殺は、この二人だけではありません。最初の自殺者である、自転車の修理屋を営んでいるT則おじさんもそうでした。


 彼は以前から軽度の認知症を患っていたために、付近を徘徊中に誤って線路に踏み入れたと判断されました。


 しかし私を含め、近隣の住民たちはそのことに疑問を感じておりました。

 なにしろT則おじさんは足が不自由で、散歩をしているところを見たことがありません。買い物をするにも、誰かが代理でスーパーに行っていたほどだったのです。


 認知症の程度も、そこまで酷くはなかったはずです。

 私が一か月ほど前にパンクした自転車を修理に出したとき、慣れた手つきであっという間に直してくれました。その手際の良さからしても、自ら電車に飛び込むほど認知機能が低下していたようには思えません。



「それに線路へ入り込むのは、人間だけじゃないんでしょ? なんだか気味が悪いよね」


「そうなのよね……」


 つい先日には、散歩中の犬が犠牲になるという事件もありました。

 踏切で電車を待っている間に突然吠え始め、半狂乱になって飛び込んでしまったようなのです。


 私が見たときには、飼い主である若い夫婦が血濡れのリードを握りしめながら、踏切のそばを離れずいつまでも泣いておりました。


「いつもの散歩コースだったし、様子がおかしくなる気配なんてまるで無かったのにって。奥さんが嗚咽おえつまじりに言っていたわ」


「それまで野良猫がかれることはたまにあったけどさぁ。最近じゃ警戒意識の強いカラスや鳩まで飛び込んでるんでしょ? これって明らかにおかしいよね」



 動物も含めて、なぜこんなにも電車に飛び込む人たちが増えてしまったのでしょうか。


 鉄道で死んだ自殺者が、あの世に生者を引きずり込む――そんなホラー話が、脳裏をよぎったこともあります。ですが私は生まれ育った場所に、そんな怨霊めいたものがいるとは考えられませんでした。


 生まれて十何年とこの家で生活をしてきましたが、そもそも幽霊なんて一度も見たことがありません。たしかに家はボロいですし、家裏の林は暗くて怖いと思ったことはあります。しかしながら、心霊現象なんてものは皆無だったのです。



「引っ越したらすぐに工事が始まるだろうし、そうしたら人が死ぬこともなくなるでしょう」


「そうだね。私も受験があるし、そっちに集中しないと……」


 誰も好き好んで人の遺体なんて見たくありません。

 これ以上何事も起きることなく、早く引っ越したい……そう思う親子でしたが、残念ながらこのあとも自殺者が相次いでしまいます。


 さすがに工事会社も、このままではマズいと判断したのでしょう。人が入れないような立派な柵が急遽設置されることになりました。




 そうして数年後。柵の設置が功を奏したのか、工事は滞りなく終わり、立派な駅が建てられました。

 私たち亀井家も新築の家を手に入れ、快適な生活を送る日々。しばらくすると、あの土地で起きたことも徐々に忘れていきました。


 しかし新たな災いの種は、すでにもう芽を出していたのです。




 本格的に冷え込み始めた、師走のある日のこと。これまで健康一筋だった父が突然、脳梗塞で倒れてしまいました。


「まったく。普段の不摂生が原因なんだから、しっかり反省してよね」


 主要な脳血管が詰まっていたようで、父はある有名な大学病院にお世話になることになりました。


 幸いにも命には別状ありませんでしたが、糖尿病も併発していたことが発覚し、年内いっぱいの入院生活が確定となってしまいました。


「母さんの言うとおりだよ。どれだけ皆が心配したと思っているのさ」


 様子のおかしい父を最初に発見したのが母でした。よだれを垂れ流し、放心状態だった父を見て、母はかなり動転していました。


 普段は喧嘩ばかりでののしり合っている父と母ですが、そこはやはり長年連れ添っている夫婦。心から心配だったようです。



「すまん●●(私の名前)。俺やお兄ちゃんの代わりに、家のことは頼んだぞ」


「いいから、父さんはちゃんと治療に専念してよね」


 私には、歳の離れた兄がいます。

 順番で言えば兄が跡継ぎなのですが、彼は離島で働いているために、すぐに帰郷することはできません。よって父の代理は必然的に、私の役目となっていました。




「あの場では父さんにああ言ったけどさぁ。母さんが代わりをやれないの?」


 病院から帰宅後。

 基本的に面倒臭がりな私はさっそく、母に向かってそんなことをボヤいていました。


「お金の管理は私がやるけど、大晦日のお祓いはアンタがやってよ。一応、家のあるじがやるって決まりなんだから」


「ええぇ~、あの儀式を? 今どきそんなこと、やってる家なんてないでしょ」


 あの儀式――もとい晦日祓いは正直に言って、ただの気安めだと思っていました。


 できることなら私はやりたくない。

 引っ越しで先祖から継いだ土地はなくなったのだし、これを機会にやめないかと母に提案しました。



「駄目よ。絶対に続けろっていうのが、死んだおばあちゃんの遺言なんだから。それに最近は本家の当主様も具合が悪いっていうし、ウチだけでもちゃんとやらなきゃ」


「筋骨隆々で百歳まで生きそうな、あのお爺ちゃんが?」


「病気じゃないんだけど、仕事で足を骨折したらしいのよ」



 江戸時代から続く亀井家には、直系が継ぐ本家とそれ以外の分家があります。

 しかし広い土地と大きな屋敷を管理していたのは、何故か分家であるはずの我が家でした。


 そのような決まりになった経緯は分かりません。

 本家は数代前から同じ敷地内に小さな家を新しく建て、そこでひっそりと住んでいました。


【亀井家の敷地図】


        北

      林     林

  ======線路======

  稲荷社 林     林

西  [私の家][本家]     東

            

    田んぼ      水神様  

        南




 本家と言っても、何かの生業なりわいを代々継いでいるわけではありません。農家を続けている我が家と違って、彼らは好きな仕事をしていました。


 現在の当主は七十歳を超えてなお現役の大工をしており、亀井家一族の中で最も屈強な男でした。引越し先の新しい家は、その当主自らが若い衆を率いて建てたそうです。


 ちなみに本家は私の母らとは違い、先祖の土地に未練は無かったようです。さっさと国から補助金をもらい、我が家よりも数年早く立ち退きをしていました。



「パパが入院したことを伝えに行ったんだけど、運悪く奥様に捕まっちゃって。いろいろと口煩くちうるさいことを言われちゃったわ」


「あのカラオケ好きでお喋りなお婆ちゃんに? 何を言われたのさ」


「近所にお義姉さん夫婦が住んでいるでしょ? あの家には子供が居ないじゃない。 それでアンタを養子に入れたらどうかって」


「はぁ? 私を!?」


 母によると、当主の妻から『亀井家の分家が途切れるのはよろしくない。養子縁組で一族を増やすべきだ』と言われたそうなのです。



「なんなら結婚する相手も見繕みつくろってやる! って言われたわ」


「ま、待ってよ! そんな馬鹿な話ってある? なんでそこまで口を出されなきゃいけないのさ!」


 いくらなんでも無茶苦茶でした。

 親が縁談を持ってきていた頃ならまだしも、自由恋愛が一般的な平成の時代にですよ? 私にも相手を選ぶ権利はあるはずです。



「第一、そういうことを言い出すなら本家はどうなの? あの家こそ、跡取りのことを気にした方が良いでしょ」


 私の記憶では、本家には当主と妻の夫婦しかいないはずでした。

 しかし母の口から、信じられないような言葉が出たのです。



「……アンタには言わなかったけれど。実はあの家に、息子さんが居るのよ」


「――えっ?」


 母は気まずそうに私の顔から目を逸らしながら、話を続けました。


「あまり表立って言わないように、ってなっているんだけどね。あの家には、三十代くらいの息子さんが二人いるの」


「二人も!? ま、待ってよ。そんな人たち見たことないよ!?」


「どっちも学校や仕事には行っていなかったみたいだから。でも、たしかに居たのよ。あの家に」


 同じ敷地に住んでいるのに、知らないのはおかしいと思うかもしれません。しかし私たち分家は、あまり本家に関わり合ろうとはしてきませんでした。


 正直に言えば、仲が悪かった……と言えるでしょう。

 何故そうなってしまったのかは分かりません。数代前の本家が自分の家を建てて住み始めたころから関係が悪化したそうで、同じ一族にも関わらず別の場所にお墓を作るほどでした。



「そういえば私、本家の屋敷に上がったこと無いかも……」


 遠目から見た本家は、常にすべてのカーテンが閉まっていて、薄暗くどこか陰鬱な雰囲気が漂っていました。加えて私は強面の当主と高圧的な奥様が苦手だったので、無意識のうちに近付くことを避けていたのかもしれません。



 それにしても一度も見掛けたことが無いというのは、さすがに異常です。


 しかし母が嘘をついているとは思えません。

 あのカーテンの向こう側で、知らない男性が二人も生活していたという事実に、私は言い知れない恐怖を覚えました。



「で、でも。どうして今まで奥様はそれを言わなかったの? それにウチのお婆ちゃんが亡くなった時も、その息子さんたちは葬式にも顔を出さなかったじゃない」


「それが私にも、詳しくは分からないのよ……奥様も自分の家に関して探られると、すぐお怒りになるし」


 母も長年知らなかったらしく、今回の新居訪問で初めて息子さんの姿を初めて見たようでした。その際に奥様が「最近になって人前に出るようになった」と嬉しそうに話していたそうです。



「それにあの家には、見覚えのない女性が生活しているみたいでね」


「女の人? 息子さんの奥さんとか?」


「そうらしいんだけど、籍は入れていないらしくって……」


 どうやらその女性は内縁の妻のようでした。しかも驚いたことに、その女性は二人いる息子の両方と交際しているのだとか。私の想像以上に、本家は複雑な事情を抱えていたようです。



「……うーん。納得と同時に、疑問が沸くんだけど」


 そういう事情なら家庭のことを隠したいのも分かります。

 ですが分家の跡継ぎを心配するほど頭の固い人たちが、はたして内縁関係を許したのでしょうか。息子可愛さが勝ったのか、他になにか理由があるのか……。



「ともかく。アンタはしっかりみそかっぱらいをやってね。御幣は私がもらってきてあげるから」


「……分かったよ。やればいいんでしょ」


 母にそう念押しされては仕方がありません。私は大人しく、大晦日のお祓いを引き受けることにしました。




 ――数日後。


「……え? 本家の当主が亡くなった?」


 面倒な大晦日の行事を終え、のんびりとした元日を過ごしていた亀井家に、新年早々から驚きの訃報が飛び込んできました。

 それも骨折で入院していたはずの当主が急死したという内容でした。



 日中は元気に院内を散歩していたそうなのですが、夕方ごろから全身の激しい痛みを訴え始め、突然意識不明となってしまったようです。

 慌てて検査や治療を始めたのですが、回復することは叶わず。そのまま帰らぬ人となってしまいました。


 医師たちは死因を突きとめようとしたのですが、詳しいことは分かりませんでした。



「本家の奥様が言うにはね。大晦日に厄祓いをしなかったらしいのよ……」


「嘘でしょ……まさか母さん、それが理由でたたられたって言いたいの!?」


 そんなオカルト染みたことなんて、信じられるわけがありません。

 しかしどうしても、引越し前に多発した不審死のことが私の脳裏をよぎってしまいます。


 正体不明のアレならば、当主を呪い殺してもおかしくない。



「私たちが土地を明け渡したのが原因で、ご先祖様がお怒りになったのかもしれないわ。でもそれだけの理由で呪い殺すなんて……」


「なんだろう。なにかが引っ掛かるんだよね……」


 そもそも、ご先祖様が自分の子孫を殺すほど恨むでしょうか。もしそうならば、多くの無関係な自殺者を生んだりせずに、真っ先に私たちだけを殺せばよかったはずです。



「ねぇ、母さん。そういえば引っ越す数か月前に、工事でほこらとかお社を取り壊していたよね? あの神様たちをまつることに、なにか意味があったとしたら?」


 私と母は記憶を頼りに、祀っていた神様や家などの配置を思い出してみることにしました。



【亀井家の敷地図】


        北

      林     林

  ======線路======

  稲荷社 林     林

西  [私の家][本家]     東

            

    田んぼ      水神様  

        南



 まず稲荷様のお社が裏林の北西に一か所。

 そして水神様が、我が家の屋内と南東の祠に二か所。


 それらの配置を電話帳の隣にあったメモ帳に書きながら、私たちはうーんと唸りました。


「この位置にあったのって、なにか理由があるの?」


「お社の正面は南東に向けるのが良いらしいわよ。だから北西に置くことが多いみたい」


「じゃあ稲荷様の位置は納得できるね。なんだか風水みたいだけど、そういえば漫画にも似た話があったような……」


 母の話を聞いて頭に浮かんだのが、風水に出てくる鬼門でした。

 鬼門には通常の鬼門と裏の鬼門があり、どちらも水関係のものは避けるべきとされています。


 ネットでもう少し詳しく調べてみると、北東が鬼門で南西が裏鬼門にあると分かりました。


 そして水神様は、家の中心にある居間と南東の祠。つまり風水的にも正解。

 もし神様が実在するならば、悪いものから我が家を守ってくれていたかもしれません。


「でも引越しで壊しちゃったってことは……」


 あの祠やお社が、ナニカを封印するためのものだったとしたら。大量の自殺者や一族の異変が起きた原因は、もしかすると――。



「やっぱり本家が怪しい気がする。このことに関して、何か知っていたんじゃ」


 全てを知っていたとしたら、災いから逃げようとしていたかもしれない。

 そのために、分家を身代わりに仕立てようとしていたら。


「……うん。これまで本家がしてきた不審な行動も、ほとんど辻褄があう」


 数代前に家を移したこと。

 分家を絶やさないように根回しをしたり、自身の子供たちを隠しながら育てたりしたことも全部。


 もしや息子たちが女性と籍を入れなかったのもそのため?

 なにかあった時に、亀井家と無関係だと思わせる意図が――。



「許せない。そんな身勝手な真似、絶対に許されるわけがない」


 当然、私は腹が立ちました。災いから逃れたいと思う気持ちは分かります。

 ですが分家である私たちにすべてをなすり付け、自分たちだけ解放されようだなんて。そんな最低な行為を許すことは到底できません。



「どうしよう。なにか対処する方法はないのかな……」


 このままじゃ、自分があの怪異を引き受けることになる。震えそうになる手で携帯を操作しながら、風水についてさらに調べてみることにしました。すると、あるページで手が止まったのです。


「三所に三備を設けず……?」


 鬼門と裏鬼門、そしてそれらの中心となる場所に三備(気の澱む水場など)を置くな、という意味の文言だそうです。厳密には家相といって風水の本場である中国の考えではなく、日本独自に発展した考え方らしいのですが……。



「あれ? 水神様を祀っていたのって、家の中心だったよね?」


「そうよ。あぁでも、ずっと昔からそうだったわけじゃないわ」


「えっ、そうなの?」


「そもそも水神様は家の中に無かったし、三つ目の祠があったのよ。だけどお祖母ちゃんがパパに言ってこっそり移動させたの」


 母の発言に驚きました。

 まさか私の祖母が過去に、水神様を動かしていたなんて。

 それまで続けてきた守りを壊すほどの理由が?


 祖母はすでに鬼籍に入っているので、直接本人から聞くことはできません。ですが、どうしてそんな罰当たりなことを。そう母にたずねましたが、母も首をかしげるばかりでした。



「さぁ……でも凄い剣幕で言うから、パパも言うとおりにするしかなかったのよ」


 わざわざ水神様を悪い方向へ移動した理由が必ずあるはず。

 ですが祖母は日記などを取る人でもなかったので、今となっては調べることもできません。


 これまでの内容をまとめたメモと地図を見比べながら、しばし私は悩んでいました。



「もしかしてお祖母ちゃんの考えていたのって、風水ではないの?」


 単に神様を信じていないのなら、移動じゃなくて取り壊せばいいだけの話。家の中に招き入れたあともしっかり祀っているので、それは否定できる。


 ならば、風水以外の目的で場所を移動したと考えれば……?





「違う。ウチだけじゃない。お祖母ちゃんはこの土地全体で考えていたんだ」


 もし仮になにか悪いナニカを、神様を利用して封印しようとしていたとしたら。

 ソレを一か所に留め、その周りに封印を固めるはず。


 私の家にナニカが居た?

 ううん、お祖母ちゃんならきっと……。



「私なら本家にナニカを閉じ込めて、周りを囲うように結界を敷く。水神様は西と南東にあるから、それを三角形の底辺とすれば……」


 北東の先にある、三角形のもう一つの頂点は――。


「伯母さんの家? もしかして移動したもう一か所の水神様って……」


「あ、よく分かったわね。今もお義姉さんの家にあるはずよ」


 そこは父の姉――私にとっては伯母が結婚した際に、祖母が土地を見繕みつくろって家を建てた場所でした。



「やっぱり水神様は、外敵から守るための結界じゃない。外に出さないための封印だったんだ……」


 水神様の守りによって、ナニカは最初からずっと本家の屋敷にいた。分家にいた私はお稲荷様や様々な風習のおかげで、災いを逃れていた可能性がある。


 だけど本家の引越しと祠の取り壊しで、封印の均衡が崩れてしまったのだとしたら。



「お祖母ちゃんは、このことを最初から分かっていた……?」


 自分たち分家に擦り付けられていたナニカ。祖母はそれをこっそり本家に戻し、中に住む者ごと閉じ込める檻を作った。分家の子孫たちを守るために。

 そうでなければ、わざわざ伯母の家に水神様の祠を作る必要なんてなかったでしょう。我が家が駅に変わることまでは、さすがに予想できなかったようですが……。


 自分でも分かってはいますが、これはあまりにも荒唐無稽な話です。

 たとえ真実が分かったところで、私にはどうすることも……。



「封印が解かれた今、ナニカは本家にいるってこと? でも本家が居なくなったら……」


 そのときナニカが次に狙うのは、私たち分家の人間かもしれない。

 私は慌てて母に相談し、我が家と本家に水神様の神棚とお稲荷様のお社を作ることにしました。







「距離は伸びちゃったけど、辛うじて結界は保たれてるのかな……今のところは、だけど……」


 あれから亀井家や駅周辺で、誰かが不審な死を遂げることはなくなりました。

 ナニカが大人しくしているのかは分かりませんが、私たちの家族が水神様を祀っている間はおそらく大丈夫のようです。


 ですが万が一、亀井家が途絶えたとき。

 檻の中心にある駅がどうなるかは――。




 私の話はこれで以上となります。

 最後ですので正直に申しますと、今回この話をしたのは、私自身の罪悪感によるものでした。


 ナニカが引き起こす災厄は法則性も無ければ、狙われる対象もバラバラです。一族には何も伝えられておりませんでしたし、怪異の正体を具体的に示す証拠もありません。

 私の心中では、ただの偶然の重なりだと信じたい気持ちで占められています。


 ですがもし何かが起きて、この経緯そのものを知る者が居なくなった場合。本格的に対処のしようが無くならないように、こうして書かせていただきました。



 要するに、すべては私が死んだときのためです。

 読者の皆さんを巻き込む形になったのは、誠に申し訳ありません。


 もし地方で不可解な自殺が頻発した際は――どうか拡散のほど、よろしくお願いいたします。

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