武威の国
「人が死ぬことなきよう
それが三代将軍
側近の
そしてそれから半月あまり、家光の親衛隊長をつとめてきた側近たち──後に〈六人衆〉と呼ばれることになる男たちの頭を悩ませ続けたのは、まさにその条件であった。
人を殺すために生まれてきたような
武力による威光。威勢。権威。
それこそが
──武力そのものではないのだ。
他の六人衆のために注釈を加えるように
──武力は言うまでもなく必要だが、武力だけでは武威にはならぬ。さりとて今は、武力を
今、必要なのは武威である。そして今、武力そのものを失うわけにもいかない。
徳川将軍家、いや、日本は今、たいへん難しい局面に置かれていた。警戒しなければならない相手は、西隣の
史書に前例を求めるのも難しいほどの局面である。大陸の『三国志』の盤面をさらに広大に、そして複雑にしたようなものと言える。
関ヶ原のような一つの
もちろん大明国の側とて、事情は同じであるはずだ。しかしそのことを──同じ危うさを抱えていることを、今の彼らは本当にわかっているのだろうか。彼らがわかっているのかどうか、新六郎にはわからない。
近年、明の領地を北から削り続けているという、狩人たちの一党はどうであろうか。愚かな戦──数十年前に豊臣家が起こしたような愚かな戦を仕掛けてくるような者たちなのだろうか。これもわからない。新六郎にはわからないのである。
遥か彼方の国々──ヨーロッパの支配者たちがどう動くのかは、よりいっそうわからない。
聞くところによれば、
彼らの内の一国がもしも日本の武力を
これらの
しかし今、なすべきことは楽観ではない。百年後に
侮られてはならない。万が一にも、攻められてはならない。戦を未然に防がなければならないのである。
武力が有るだけでは足りない。有ることを示さなければならない。天地の果てまで届くほど、広く伝えなければならないのだ。
つまり、
──〈武威〉こそ肝要。
そういうことになる。
だが、そこから先が難しいのだ。
具体的にどうするのか。
徳川家が戦に強いことを最もわかりやすく示すには、実際に戦をして見せればいい。日本の中にも、手頃な相手はまだ残っている。
しかし、戦は人が死ぬ。敵も味方も死ぬ。つまり、日本の武力が減るのである。
日本の中で徳川家の武威が高まったところで、得た武威と失った武力の差し引きを遠くの国々がどう勘定するのかは
いまだ徳川への
ゆえに今は、人の死なない戦──戦のようで戦ではないものを行なうのが上策である。
日本の兵が強いことを最も鮮やかに示すには、選りすぐりの兵と兵との戦いを、評判が最も伝わりやすい形──将軍の御前で
とはいえ、
──人が死ぬことのない試合。
これですら難しいのである。
戦乱百年。日本の武芸者は、強くなりすぎた。幼いころから、人を殺し戦場で生き残るために育てられ、生き残った者がまた次の子を育てる。関ヶ原や大坂の陣の混沌の中で経験を積んだ後、一人静かに、あるいは道場で、あるいは違法な形で技を練り続けている。
木刀で牛を叩き殺す剣術家がいる。彼に竹刀で叩かれた者は、その夜に頭痛を訴え、次の日の朝には死んでいた。
素手で
このような怪物たちに、どう試合をさせればよいのか。
家光が危惧しているように、試合の後には遺恨が生じることもある。
再戦、復讐、暗殺。慶長以前の時代にも、戦場とは全く関係のないところで流派同士の暗闘が行なわれていた。今の武芸者たちの中には、有力な大名のお気に入りとなっている者も多い。戦であれ試合であれ、武士の
まったく難題であった。
しかし、新六郎たち六人衆の抱えた大きな難題は、〈天下の御意見番〉
新六郎がしてきた思案のあれこれは、彦左衛門の屋敷で会った奇怪な女──まるでヨーロッパの絵図の中からそのまま抜け出てきたような女によって、根底から
「ダンジョン配信ですわ~~」と、その女は言った。
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