奪われた英雄と不死の魔王

林檎茶

1. 凱旋

「よくぞ、仇敵の魔王を倒してくれた!……しかし、ヴェルテ殿がいないようだが?」


 国王のその声は、歓喜と困惑の入り混じったものだった。


 ここはティアレイン王国王都、テイオス。

 テイオス中心地に聳え立つ荘厳な王城の一室、通称『謁見の間』で、王とその従者たち、そして魔王討伐に貢献した二人の英雄が一堂に会していた。

 

 王が語る魔王という存在は、数十年前に突如現れ王国を脅かしていた脅威そのものだった。

 魔王は『魔物』という異形を生み出す魔法を有し、その魔物は人間を襲う。

 魔物が現れる頻度はそれほど高く無かったが、凶悪な魔物は不定期に街や村を襲い、殺された人間の数は計り知れず、魔王の正体と正確な所在は長らく謎に包まれていた。

 もちろん、魔王と実際に対峙したことがある冒険者もいる。

 が、敗走した冒険者たちは口を揃えて「あの魔王は不死である」と語った。

 しかし今回。英雄の三人がその根城を突き止め、討伐することに成功したのだ。

 その事実は瞬く間に国内を駆け巡り、今に至っている。


 王とその従者たちは長年悩まされていた魔王という存在がようやく討伐されたことに歓喜していた。

 決して狭いとは言えない謁見の間も、一目英雄を見てみたいという思いから城に仕える沢山の人々で埋め尽くされようとしている。

 城下町では英雄の凱旋を祝したパレードの準備もできていた。

 だが、最も魔王討伐に貢献したと言われるヴェルテの姿が無いことに困惑している。


 王の問いに答えを返したのは、英雄の一人、ディラ=フェルディア。

 ディラは王国の発展の数々に貢献してきた『錬金術師』という肩書きを持つ男だ。

 年齢は27歳。身長は163センチと小柄だが、大柄な冒険者に引けを取らない程に放たれた威圧感と、整った顔立ちがミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 目にかかりそうな程に伸びた金髪と丸メガネから除く剣呑な視線が王の瞳を捉えながらディラは告げる。


「アイツは故郷に戻り親友の墓参りをしたいと言って俺たちと別れた。だからこの大層な凱旋パーティーには遅れて来るか、来ないだろう」


 そっけなく言い放ったディラの言葉にティアレイン王は王冠の上から頭を抱えて残念そうな表情を作る。


「そう…か。しかしヴェルテ殿は気さくでこういった祝事を好みそうなものだが。…国民の為に三人一緒に姿を見せるくらいはしてくれても良かったんじゃないか?」


 王の溜息と同時に周囲の野次馬たちもがっくりと肩を落とす。

 それ程までに、ヴェルテという男が作り上げた功績と国民からの信頼は厚い。


「きっと墓参りが終わったら少しだけ顔を見せにやってきてくれるはずさ。今は素直に魔王を殺せた事を喜ぼうじゃないか?」


 落ち込む聴衆を励ますような言葉を紡いだのは、もう一人の英雄、シシリア=デンフォードだった。

 シシリアは研究者である。

 かつて栄えていたという古代の文明で発展した、王国を滅ぼす可能性もあるかもしれないという古代魔法。それを解読し、手中に収めることで実力を手にした。

 年齢非公開。177センチという女性にしては高い高身長と、凛とした顔立ち、そして腰ほどまで伸びた漆黒の長髪が魅力的で男性だけではなく女性のファンも多い。

 彼女の人間全員を平伏させるような芯の通った声により、場は再び祝勝の空気で満ち始める。


「それにしても…不死と言われた魔王をどうやって倒したのだ?」


 王は最もな疑問をディラとリリシアに投げかけた。

 従者や大臣たちも身を乗り出して答えを待っている。

 しかし口を開いたディラは、


「魔王と最後に対峙したのはヴェルテだけだ。詳しく聞きたいなら、ヴェルテに会った時に聞くといい」


 そう言って王の疑問を一蹴したのだった。

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