アニメーター

グカルチ

第1話

あるアニメーション制作スタジオ。ここ最近幽霊がでるという噂が流れていた。


Aさんはその噂を耳にしながらも、あまり気にしないでいた。何しろ安月給で、気にしている暇もない。余裕のある社員だけが、話をしている事だ。怖いものならもっとある。


Aさんは、自慢の弟子Bさんがいた。そこそこ名の知れた一流アニメーターであるAさんに弟子入りし、彼を慕っていたが、ぐんぐんと成果をあげ、昨年は彼の給料を抜いた。周囲も噂し、彼の名声や名誉を超えるのも時間の問題だと思われた。



彼は焦っていた。今までだって、こんな事はあった。天塩にかけた弟子が、いつの間にか自分より偉くなったり、出世したり、完全に恩を忘れたりする。別に何てことはないのだ。そんな事はどうでもよかった。それより、生き延びるためには、誰もがしのぎを削る。


人のアイデアや、工夫、技術を盗むのだって、そう、当然の事だ。騙したり嘘をついたりも当然、だが彼が焦っていたのは、その弟子Bさんが、つい最近亡くなっていたのだ。それに彼自身、若いころから無茶をしてきたので、焦りもあった。いつ自分が、妙な病に侵されるか、世渡りのための飲み会や、飲酒で体に負担をかけつづけてきた。医者にいかないのも、怖いからだ。もう40後半で、いつまで“一流”でいられるか。だからたくさん仕事をこなした。


 だからだろう、“霊が出る”というスタジオを借り、かまわず夜遅くまで仕事をしていたのは。その夜、いつからか、彼一人になった。そして思い出した。

「一人になると、幽霊がでる」

 一息をつきにスタジオを出て、廊下の自販機へ。コーヒー飲みに行く。一分一秒がもったいない。缶コーヒーは秒で飲み干した。


 その時目の前に黒い影が立っているのに気が付いた。

「お、お前……」

 そこにいたのは、Bさんだった。暗い顔をして、すっと自分の胸にてをのばして、ぐっと両手でおさえ、倒れこんだ。

「お前……なんで」

 Aさんは、Bさんの死因について知らなかった。お互い忙しいのもあって連絡を取り合う事も少なくなっていた。両親に尋ねても教えてくれなかった。


 突然の事だった。会社の都合で仕事を早めなければいけなくなり、有能な人間はかき集められた。2,3日缶詰になり、半日休んだかと思えば、また一週間ほど、缶詰になった。少しの時間で、雑に身支度を整えたり、銭湯にいったり。


 そんな時からだった。“幻覚”が聞こえはじめたのは、監督や作画監督、演出担当が慌ただしく動いているスタジオ内で、突如、“それ”はあらわれた。

 Aさんのデスクの上、まるで映画の一幕のように、件のBさんが現れ、胸を押さえて、倒れる。ペン先にあらわれたり、絵の邪魔になったりする。そのたび、ふーっと息を吹いたり、手で追い払ったりする。そんな事が続いたある日の事。皆が一斉に仮眠して、Aさんだけが起きていた。


 若いイラストレーターだっている。死んだBの姿を浮かべる。嫉妬もあった。だが彼らのように、若いうちから、これほどの苦労を抱えてほしくはなかった。だから少しでも楽をさせようと奮闘していた。

 コーヒーを飲みに廊下にたつ、コーヒーを飲み干す。するとまた、自販機の前にBが現れた。いつものように、胸を押さえて、倒れこむ。

「いい加減にしてくれ!!!お前が死んだのは分かった!!お前の分も、頑張るから!!」

 Aさんは、恩を仇で返された気がした。なにせ、Bさんが死んでいるのを発見したおは、Aさんだったからだ。天塩にかけて育てた弟子、それが死んでしまったのが、とても悲しかった。遺族にはすぐに返され、警察も詳しい事は話してくれず、死因はわからなかったが、見てすぐにわかるじゃないか。


 ふらふらとした足取りでスタジオに戻ると監督がびっくりした顔をしてデスクから上半身をおこして。

「やっぱり、見たんだろ?君にはいわなかったが、皆見たんだ、Bを」


 その翌日、監督の勧めで、ある霊能者のところへお祓いにいった。霊能者は、アパートの一室で仕事をしていた。普通のお婆さんで、しかめつらをしている。

「あのう、どうして俺が……たしかに恨む道理はあるが、俺のほうだ、どうしてあいつが先に」

 自然に涙がこぼれた。

「あんたは勘違いしとる」

「何を!?俺が無茶をさせて殺したとでも!?皆俺があいつに嫉妬したというが、俺は!!!」

「違う……その後じゃ、死者の姿をみただろう」

 そういって、霊能者は、Aさんの心臓部に手を当てた。

「弱っとるな……お前さん、病院にいきなさい」

 疑いながらも、その足ですぐに病院にいった。すると、どうも過労からくる心臓病の前段階らしかった。このままだと大変になるということで、すぐに手術の日程をとった。仕事は、放りだすしかなかった。


 術後、目を開けると、あの霊能者の言った言葉が頭の中で繰り返された。

「霊はお前さんを心配しておるのじゃ、本当じゃ、そのうちわかる」

 体をおこすと、そばには、Bの両親がいた。心配してかけつけてくれただそうだ。たわいのない話のあと、Bの両親はこういった。

「息子は……自分を痛めつけすぎました、いい絵をかきたい、名を残したいって……でも、夢にでてきて言われたんです“Aさんに同じ道を歩ませないでくれ”」

 Aさんは、思わず聞いた。

「息子さんも、同じ心臓の病気で?」

「違います……彼は、過労で脳がやられて……」

 その時、AさんはBさんがわざわざ幽霊となって自分のもとに現れた意味を初めて知った。あの大仰な胸を痛めるしぐさ、あれは自分への“警告”だったのだろう。







































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アニメーター グカルチ @yumieimaru

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