俺達の〔腐れ宴〕

そうざ

Party of Fatal Attachment

 午前零時を過ぎ、日付が変わった。十二月三十日から十二月三十一日になった。またこの時が来た。

 この後、いつものように朝方に不貞寝するまでの数時間、孤独な格闘が始まる。最近は目の酷使が極まり、モニターはめて原稿用紙に挑んでいる。

 書き損じは厭わない。書けない漢字は仮名で済ませる。そんなものは後々清書すれば良いだけの事。取り憑かれたように書き進める事こそが何よりも肝要。

 頭では解っている。

 現在の物書きは何故、パソコンやらスマートフォンやらを巨大なハンマーで叩き潰そうとしないのだろう。物書きは理性の欠片を後生大事に温めて生きる哀れな存在なのだろうか。

 結局、他人の書いたものを乱読しながら寝てしまい、日が昇り切って傾き掛けそうな気配にようやく尻を叩かれて軽く腹拵え。観るともなくテレビを観ては社会の動向を憂え、徒歩で買い物に行ってこれは運動の一環と言い訳を整え、また簡単に腹拵えをして原稿用紙に向かう。

 そうこうしている内にもう夜。しかも大晦日。しまった、年越し蕎麦を買うのを忘れた、カップラーメンで良いや、と、いつの間にか白紙の原稿用紙を市松模様に塗り潰し、気を紛らわせている。

 そろそろかと思った瞬間、背後から声が掛かった。

「来たぞ」

 判っていても思わずびくっとする。なのに笑える。振り返りもせず問う。

「何歳になった?」

「お前より一歳年上。毎年このくだりから始めるのか」

「お約束だ。テンプレだ。マンネリだ」

「来たぞ」

 第三の声に俺達が同時に振り返ると、そいつはぷっと吹き出した。

「何が可笑しいんだ?」

が同時に振り返ったんだ、こんな滑稽な事はない。まるで群を成す動物が危険を察知した時みたいだった」

「他人事みたいに言いやがって。俺達ゃだろうが」

 年上が腐す。

「一つ年下の癖に相変わらず生意気だ」

 俺も腐す。

「俺にとっては二つも年下だ」

 年上が畳み掛ける。

「やっぱ笑える、この件」

 年下が更に笑う。

 年に一度、三者三様の俺達の、短時間の対面はこうして始まる。

「乾杯」

 この日だけは、普段飲まない酒を車座で飲む。酒と言っても缶チューハイ一本、車座と言っても三つ巴。慰労会とも忘年会とも違う。〔腐れ宴〕とでも名付けようか。

「で、書いてんの?」

 年下からの単刀直入の問い掛け。まるで末っ子のような無邪気さを装いながら、捨て鉢な気分を俺達に投げ付けて来る。

 俺は年上の顔色を窺いながら先に答える。

「当然だ」

「当たり前だ」

 続く年上の回答に俺はほっとする。年下はせせら笑うかのように口角を上げるが、内心はほっとしている筈だ。一年前、俺が自分で経験したのだから間違いない。

 年上の目の下にはくま。白髪もまた増えている。老け方が加速した気がする。

 年下は、抵抗しなくなったら終わりと言わんばかりに白髪染めを続けているが、今年の何処かの時点でどうでも良くなる事をまだ知らない。

「今年は何作、書いた?」

 俺は怖ず怖ずと年上に問う。

 年上には何かと気を遣ってしまう。それは年功序列だからではなく、俺がまだ知り得ない、良い現状も悪い現状も既に知っているからに他ならない。そして、吉報でも悲報でも嘘を吐かないというのが俺達の不文律。

「ショートショートが5作」

「そりゃ凄い、俺なんて3作で精一杯の一年だった」

「俺は10作書いた。その内の1作は一次審査を通過して――」

 そう言って年下がぐびぐびと喉を鳴らす。たった一歳の若さをアピールするかのような飲みっ振り。

「それ、二次で落ちるよ」

 俺は、今年になって初めて判る情報を容赦なく告げてやった。思い上がれば上がる程、後々のショックは大きい。鼻っ柱は早目にし折った方が、または圧し折られた方が、身の為だ。

「何とかんとか5作書いたけど、投稿はしなかった」

 年上は缶チューハイをちびちびと啜りながら、誰に言うでもなく言った。

「そりゃまたどうして?」

 年下の単刀直入。

「他人様のルールに乗っかるのはもう馬鹿馬鹿しくなった」

「……他人様のルール?」

 俺は日毎夜毎、心の何処かで増殖しつつある見えない腫瘍が悪性だった事に気付いてしまった。

「俺の書いたものを評価出来るのはこの世に唯一人、俺様だけって事を覚ったんだ」

 やまい膏肓こうこうる、とはどういう意味の故事成語だったか。

「実は持って来たんだ、に読んで貰おうと思って」

 何処に隠し持っていたのか、年上は原稿の束を俺達の前に置いた。書いては消してで黒ずんだ紙の表面に、我ながら恥ずかしい癖字の平仮名がのたくっている。

「今、スランプ中で。書いたは書いたが、本当に面白いのかどうか……」

 俺と年下は手分けをして原稿に目を通した。俺達にとってまだ見ぬ作品である事は間違いないが、俺達の思考から編み出されている事に違いはない。だから、こう来たらこうなるよね、そこでそうなると思った、最後はやっぱりこう落としたか、なのだ。

 俺達は本当に忌憚のない意見とやらを求めているのかどうか、そもそも自分自身に的確な指摘など出来得るのかどうか。俺達はもう随分前から揃いも揃って患っている。そんな人間が自分自身にかく言える筈もない。

 案の定〔腐れ宴〕は通夜のようになった。

「さぁて、お開きにぱーっとやろうじゃないか」

 缶チューハイ一本で目の周りを赤くした年上は、自分の原稿を鷲掴みにするとくしゃくしゃに丸めて俺達に投げ付けて来た。

「おいっ、折角の作品を」

「気にすんなっ、何れお前達が書く事になるんだ」

「言っとくけど、まんま同じ内容を書くとは限らないぞ」

「好きに書けっ、俺の駄作を肥やしにしろっ」

 俺達は次々に稿こしらえ、狭い部屋で投げ付け合った。

 もう直ぐ年が開けるだろう。もう開けているのかも知れない。除夜の鐘に従う必要はない。

 その内に夜が明けるだろう。もう明けているのかも知れない。それを決めるのは俺達だ。

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