5.辺境騎士団と水たまりの公子

小路つかさ

第1話 プロローグ

 夜の海に点々と灯る、まるで蝋燭のような炎のゆらめきを、その男はただ一人、城砦のテラスから静かに眺めていた。

 また一つ、天空から炎の槍が海へと投じられる。

 するとまた一つ、夜の海に灯火が増える…。

 遥か彼方で起こっている、不思議な光の戯れを、首を傾げてながら、男はただ不思議そうに見つめ続けた。

「蛮族到来の知らせを受けた者たちは、皆神殿で祈りを捧げています。何故、陛下はお一人で夕涼みを決め込んでおられるのでしょう」

 男とも女ともとれる、不思議な、そして美しい声色だった。

 海を眺めていた男は、ゆっくりと振り返る。

「見ぬ顔だな…何者だ?」

 誰何された人影は、うやうやしく、洗練された華麗さで礼を返す。

「陛下に一つ、贈り物をお持ちいたしました」

「…今さら、私に遜っても何も得る物はないぞ。いずれ蛮族どもの船団が訪れる。さすれば奴隷たちは蜂起し、この小さな土地は長い歴史から消え失せるのだ。誰にも注目されることなど無かったこの公国は、誰に哀れまれる事もなく、ひっそりと消滅する…」

 人影は音もなく、テラスへと進み出た。

 その手には、一振りの剣が握られている。

「まるで悲劇の嵐の中で萎れる、一輪の百合のよう…どうして歓喜し、民を鼓舞しないのです。今宵は天佑の到来を喜ぶべき良き日なのですよ。あそこにゆらめく炎こそが、この公国の未来を祝福する神の啓示なのです。今こそ、艦隊を再編成し、兵を進める時です」

「陛下、一大事です!とてつもない事件です!それ、それも…良い知らせですぞ!」

 地下の神殿から城砦の最上階まで、息を切らせて馳せ参じた者がいた。

 陛下と呼ばれた男が目線を戻すと、眼前にいたはずの人影は、忽然と消失していた。

 その手に、一振りの刀を残して…。

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