事故物件探偵 建築士・天木悟の執心
皆藤黒助/角川文庫 キャラクター文芸
『事故物件探偵 建築士・天木悟の執心』
プロローグ
その家を見つけたのは、
修学旅行で福島県から遠路
しかし、広大な公園の入口がどこにあるのかわからない。敷地の外周に沿って歩いているうちに、いつしか住宅地へと迷い込んでしまった。迷子に近い状況だが、織家はあまり危機感を抱いていなかった。他の子たちもそのような様子はなく、
角を曲がったところで、水色ののぼり旗が織家の目に留まった。そこには、ゴシック体で『
「わー、素敵な家!」
班の女子の言葉に釣られるようにして、織家も最後尾からその家を見上げた。途端に、心を
二階建ての外壁はまるで生クリームをたっぷりと塗り付けたケーキのようで、三角形の屋根にはビスケットのような茶褐色の
ドラマや映画の世界から引っ張り出したかのような、とても可愛くて
「中はどうなっているのかな」
そんな独り言が、思わず口から
織家が立ち止まっていることに気づいていないのか、班の皆の背中は気づけばかなり小さくなっていた。最初に声を上げた女子も、すでに興味を失ってしまったようだ。スマホで連絡が取れるとはいえ、
「よかったら、見ていく? 結構暇をしてるんだ」
玄関から顔を
班の皆の顔が頭を
家の中には、織家の想像の上をいく空間が広がっていた。
オールステンレスの対面キッチンは全てオーダーメイドで作ったらしく、細かい収納に至るまで一切の無駄がない。リビングの
二階の廊下と吹き抜けは
「素敵ですね。
「そう言ってもらえると、僕も設計した
若いのでてっきり設計事務所の従業員だと思い込んでいたのだが、話を聞くと彼こそが天木建築設計代表の天木とのことだった。
褒められたことが
天木という男に、
そして、同時に思うのだ。自分もこんな家を設計できる人間になれるだろうか、と。
夢なんてものは、コロコロと移り変わる年頃かもしれない。しかし、少なくともその時、織家の夢は、目の前にいる天木のようになることに間違いなかった。
だから、尋ねようとした。自分もあなたのようになれますか、と。
「あ、あの……」
しかし、その先の言葉は織家のスマホの着信音に阻まれる。スカートのポケットから取り出して確認すると、相手は班の友達のうちの一人だった。どうやら、逸れたことに気づいたらしい。
織家は内心『努力を惜しまなければなれるよ』などといったお決まりの言葉が天木から返ってくることを期待していた。そんな自分がどうしようもなく子どもであることを自覚し、重ねて恥ずかしくなる。質問をせずに済んだことを、電話をかけてくれた友達に
「すみません。私、もう行かないと」
「予定があったのかな? 引き留めて悪かったね」
天木も、まさか修学旅行中だとは思っていないだろう。ありがとうございましたと礼を述べた織家は、階段を下りて玄関に向かう。その途中にある開けっ放しのクローゼットの中に──それはいたのだ。
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