空の言葉
@ka_mony
1.螺旋
このだだっ広い地平の中心に空いた穴には、螺旋階段があった。
途方もない穴の壁に沿うように、簡素な手すりがついた白い階段が垂れ下がっている。底が見えないほどの長さを持ち、階段が取り囲む闇は、今にも触れられるのではないかと思えるほどに濃密だった。
私は昔から、暇さえあればその闇を見下ろしていた。底から手が伸びて私を連れ去っていく、そんな妄想をするのが好きだった。
だが、今日に至るまで、その階段の一段でさえも降りたことはない。
「暗いね!」
気づくと、隣に白いワンピースを着た少女が立っていた。
「そうだね。」
私と同じように身をかがめ、長い黒髪を穴に向かって垂らしている。
「この奥には、何があると思う?」
彼女は暗闇を見つめたままそう尋ねた。
「さぁ。」
私は実のところ、奥に何があるかなんて知りたくなかった。この闇は象徴だ。だからこそ、私の期待から外れてしまったときの失望が心底から恐ろしい。
彼女は跳ねるように顔を上げて語った。
「私はね。この向こうには、新しい世界が広がっていると思うんだ。この世界より、ずっとずっと素敵な!」
希望に満ちた目でそう語る彼女から、目が離せなかった。私の奥底に眠る走光性が、激しく反応を始めるのを感じた。
「降りようよ。何があるのか、確かめてみよう。」
白夜を放つ言葉。
彼女となら、この憧憬を保ったまま、闇の奥へ降り立てる。そう思えた。
「いいよ。行こう。」
そう言うと私は、彼女と顔を見合わせ微笑んだ。
これからの出来事は、全てが奇跡だ。そんな予感さえした。
私は一歩を踏み出した。
階段のヒンヤリとした感触を足に感じ、裸足だったことを思い出す。
一段降りるごとに、穴に満ちた黒い液体に、身が沈んでいくように感じた。
吐いた息が、闇と混ざって肺に巻き戻る。
その度に私は闇と同化していく。
そっと彼女の手を握った。
最初からそこにあったかのように、自然に手のひらに収まる。優しく握り返された手が、小動物のように柔らかく火照った。
一段。雑音が剥がれていき、清廉な無音だけが周囲を取り巻く。
空から降り注いでいた光が死んでいく。沈殿した光の死骸が、紙となり、文章となり、私は階段を下るごとにそれを読む。
そこにあったのは、耳鳴りにも似た玲瓏な無音と、遥かに神聖な闇だった。
握った手から、彼女の鼓動が感じられた。
今や彼女と私の血管は繋がっている。同じ血液を共有し、思考が同じ道を辿る。
全てが分かった気がした。
「この世界が真実だったんだ!」
私たちは階段を下っていく。
永遠に。
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