第13話 西都州 西永 ③
自分の泊まっている宿まで桂申を連れて帰り、寝台に寝かせた。
明蘭が水を飲んで椅子に腰かけ一息ついた時、桂申が声をあげた。
「うっ、うーん。」
「目が覚めた?」
明蘭が近づくと桂申はびっくりしたように、その顔を見つめた。
「おまえ、屋敷から逃げたのか?」
彼女が後を追っていたことや話しかけたことは全く記憶に無いようだった。
明蘭は頷いた。
「そもそも私は女だから、あの仕事は無理だよ。」
「おまえ女だったのか?・・・それはすまないことをした。」
もともとは悪人ではないのだろう。ひどく驚いた後、桂申は本当にすまなさそうな顔をして深々と頭を下げてきた。
「桂申はこれからどうするつもりなの?」
「あのババアを殺る。俺にはもう何も残ってないから。」
その後、彼は自分の生い立ちについて話してくれた。
もともと商店を営む両親と6歳年下の妹の4人で仲良く暮らしていたが、5年前に帝国全土を襲った流行病で両親が二人とも亡くなり、妹は生き残ったものの後遺症の肺病が残ってしまったこと。
肺病は人にうつらないのに親戚や周囲の人たちからばい菌扱いで迫害を受け、貧民層の住む台関地区に二人で移り住んだこと。
小鈴の治療費もかさみお金に困って、桂申が宝林の侍従になったこと。
「この金の指輪は俺が16歳で侍従を辞め卒業する時にババアにそれまでの褒美の一部としてもらったんだ。女の子はキラキラしたものが好きだろう?小鈴もすごく喜んでずっとつけてくれてて・・・。」
桂申は涙ぐんだ。
「侍従を辞めてから収入が減って治療費に困ってたから、ババア好みの子供を見つけては斡旋して金を稼いでた。・・・ババアはクソごみだが、俺もクズなんだよ。」
涙で潤んだ顔をシーツに押し付けて桂申は黙り込んだ。
「桂申。屋敷であなたが男の人と話しているのを偶然聞いたんだ。大体の事情は分かったつもりなんだけど、その上で提案したいことがあるんだ。」
桂申は顔を上げ訝しそうに明蘭を見た。
「提案?」
「桂申が宝林に復讐しようと思っても、あの館の屈強な警備隊に捕まって返り討ちにされるか投獄されるか、無駄死にになるのは目にみえているよね。」
桂申は顔をしかめ横に背けた。その通りだと思ったのだろう。
「桂申はそれでも満足かもしれないけど、それでは何も変わらないよ。あの知事はこれからもあの野蛮な行為をやめないだろうし、被害者の子供達は増え続ける。もしかしたら第二の台関のような場所も出てくるかもしれない。」
それから今度は明蘭は自分の生い立ちを簡単に桂申に話した。
皇帝のことや竜珠、龍聖のことはさすがに伏せたが、田舎で両親と3人でくらしていたこと。
近くに住む祖父のような老師様のこと。
自分も流行病で母を亡くし、父に肺病が残ったこと。父も先日亡くなったこと。
最近になって自分が竜安の貴族の庶子であることが分かり皇都にいる実の父に会いに行こうとしていたこと。
旅の途中で異母兄弟の刺客に襲われ護衛とはぐれてしまったこと。
桂申は黙ってそれを聞いていたが、刺客うんぬんの辺りから顔がこわばっていた。
「おまえ、そんな幼くて女の子なのに、すごい苦労してきたんだな。可哀そうに。小さいのにやたら落ち着いたやつだと思ってたんだ。」
亡くなった妹と同じくらいの年に見える少女に庇護欲をかき立てられたようだ。
「桂申。そこで提案なんだけど、私と一緒に竜安に行ってみない?私も一人で行くより心強いし、私の実の父親は竜安でけっこうな高位貴族みたいなの。護衛として同行してくれたと言えば、家で雇ってもらったり軍への入隊の口利きとかもしてもらえるかもしれない。そこで西都州の状態を少しずつでも訴えていく方が時間はかかるかもしれないけど無駄死にするよりいいと思うの。それに・・・、小鈴も桂申が自分のために死ぬのは望んでないと思う。」
「・・・。」
桂申はしばらく黙り込んでいた。
現在自分の中に流れるドロドロした激しい怒りにそのまま身を任せるか、そんなことをしても無駄死にになると思う理性とがせめぎあっているのだろう。
明蘭としては後者を選んで欲しいとは思ったが、どちらであれ彼が決めた選択を支持しようと思っていた。
彼の怒りも理解できるから。
やがて腹をくくったのか桂申は明蘭の目を見て力強く頷いた。
「お前と行く。」
話が決まれば西永に長く留まるという選択肢はなく、むしろ早くここをたつ方がよいということになった。
二人はその日のうちに荷をまとめ隣の南都州めざして旅立った。
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