第7話 龍将と香蘭 ②

 龍将が香蘭の首に首飾りをかけてやると同時に不思議なことが起こった。

 首飾りが溶けて香蘭の身体に吸い込まれたのだ。

 「目が熱い・・・。」

 香蘭は両手で目を押さえた。

 症状が治まり、手を離した香蘭の目は龍将と同じ金色に輝いていた。


 香蘭の隣にいた若い男性が震えながら尋ねてきた。

 「こ、こうらん、この方は・・・?」

 「俺は龍将。竜王だ。香蘭とは親しくしている。」

 「りゅうおう・・・。」

 男は顔を青ざめ、後ずさった。

 「申し訳ありません!別に彼女を取ろうとか、そんなことは思ったことはなくて、竜王様の思い人とは知らず・・・。」

 親しくしているをどう解釈したのか、ひれ伏して謝罪し始めた。


 男のその発言と態度から、周囲の者は龍将と香蘭が恋仲で、彼女の政略結婚で無理矢理引き裂かれたと理解したようだった。


 それは違うと訂正しようとしたが、何と言おうか迷っているとあれよあれよという間に、男との結婚式が龍将とのものに差し替えられ、人間社会でいう夫婦という関係になってしまった。

 もともと自我が薄く周囲に流されて生きてきた龍将はこの時もすぐに、香蘭は気に入ってるし、まあいいかと思考を切り替え流されることにしたのだった。


 香蘭との生活は驚きの連続だった。赤い花だけだったのが、色んな物に色が付いてきて世界が色彩にあふれるようになった。

 種族の違いから、難しいと思っていた子供も三人も恵まれた。

 長女の真蘭は身体は母に似て人に近く、霊力は自分に似ていた。大きな霊力を人の身体が支えきれず病弱だった。

 下に息子も二人生まれたが、愛する妻によく似ていて、身体の弱い娘を龍将は特に可愛がった。


 龍将は真蘭を竜脈がある天林山脈に連れて行き療養させた。そこの環境が合ったのか真蘭は元気に暮らせるようになり、そこに定住するようになった。やがて護衛の男と恋仲となり、家庭を持ち子もできた。

 後世、なぜか駆け落ちしたとかいう逸話になっていったようだが真相はこうだった。


 そんな色鮮やかな生活は長くは続かなかった。

 香蘭が四十歳を超えた頃、病を得たのだ。


 自分の霊力を注いだり、霊泉の水を飲ませたり、霊泉に生える薬草を服用させたり、思いつくことは全て試したが、香蘭の病は進行していった。


 ある日、龍将は香蘭に枕元に来るよう呼ばれた。

 「龍将、今までありがとう。あなたが大好きだったから夫婦になれて幸せだった。私はずっと一緒に居てあげられないけど、輪廻転生の輪をくぐってまたいつかきっと会えるわ。私があなたを覚えていなくても私を見つけてね。」

 香蘭は微笑みながら龍将に語りかけた。

 「こうらん・・・。」

 返事を返さない龍将に香蘭は念を押した。

 「ね、龍将。約束よ。」

 「ああ、わかった。約束する。お前を見つけるから・・・。」

 普段何事にも動じない龍将の焦燥をはらんだ声に、香蘭は仕方ないなあという風に優しく微笑んだ。

 「子供達とこの国も頼んだわよ。私と再会した時、国がなくなっているなんてことがないように見守っていてね。」

 龍将は頷いた。


 それを見届けて、香蘭は眠るようにこの世を去っていった。


 竜珠はなぜか香蘭が亡くなった後、長男へと引き継がれた。

 その後、周囲の人間が香蘭の葬儀をしたり、霊廟を建てたりと動いていたが、龍将は何をする気にもなれず、二人が出会った霊泉のふちでボーっとしていた。一度色づいた世界が再び灰色へと戻っていくような感覚だった。


 長い時間がたち、ふと香蘭との約束を思い出した。


 子供と国を頼む。


 おそらく香蘭は龍将がこういう状態になることを見越してやるべき課題を残していったのだろう。

 巫女のくせにそんなに信心深い方でもなかったから、輪廻転生の話も本当に信じて言ったのかわからないが、ただ残される龍将を思っての言葉だったのは間違いない。


 それから時々気が向けば竜安の皇宮を訪れ、天候に関する災害など人には解決できない問題にたまに手を貸してやったりした。フラッと現れ気まぐれに強大な力を表す竜王に、人々はますます畏怖の念を抱くようになっていった。

 やがて国は拡大し、龍華帝国と呼ばれる広大な帝国へと発展していった。

 竜珠が香蘭に取り込まれたのも、死後子孫に受け継がれたのも全く龍将の意図したことではなかったが、竜珠が引き継ぐ者が皇帝になるというルールが定着していった。


 その後、香蘭がいた時ほどの輝きはなかったが少しは色を取り戻し、龍将は再び平穏な日々を送るようになった。

 そんなある日、皇帝・明誠に珍しく呼び出された。


 「天竜村に居る寿峰老師から連絡がきました。25年前天竜村で生まれた龍聖の娘に竜珠が受け継がれたとのことです。」

 久しぶりに興味をひかれる面白い内容だった。

 たまに生まれる龍聖は長命で、人と自分の中間の位置にいる存在だ。長命であることで自分と通じる部分もあり、比較的親しく付き合うことが多かった。

 「寿峰老師が村で養育していたようです。」

 「寿峰が・・・。」

 その報告を受けて、早速見に行くことにした。

 寿峰とは歴代の龍聖の中でも特に親しくしていた。彼が育てたという子供にも興味があった。しかも龍聖の皇帝は帝国史上初である。


 興味本位で見に行った娘は真蘭の子供の頃に似ていて、一目で親近感がわいた。


 寿峰の容体が優れないのは一目見てわかった。彼女を追うのは彼と話をしてからでいいと思ったので、ひとまず天竜村に滞在することにした。


 高い山脈に囲まれ隔絶された村は千年経ってもさほど大きな変化はしておらず、近くを通る竜脈も自分には心地よい。この地で龍聖が多く生まれるのは、地脈も影響しているのかもしれないなと思いながら村内を見て回った。


 寿峰の死は純粋に悲しいと感じた。他者の死にこのような感情を抱くようになるなんて、香蘭と会う前はあり得ないことだった。

 香蘭が見たら驚くかもしれないな、そんなことを思いながら寿峰の墓を作り、最後に石像を置き心の中で彼を弔った。


「さて、孫娘のことを頼まれたことだしそっちを見に行くか。」

 そう言って、龍将は天竜村を去って行った。

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