第6話 龍将と香蘭 ①

 龍将は天竜村の高台の一角に寿峰の墓を作りながら、香蘭と出会った時のことを思い出していた。


 自分の存在を認識した太古の昔から大きな感情の起伏もなく、空に浮かぶ雲やその辺りに転がる石ころのように淡々と同じような日々を送っていた。

 自分が何のために存在しているのか、そんなことを考えるのもとっくの昔に止めてしまい、惰性で生きているといった感じの日常だった。


 そんな日常を打ち破ったのは一人の少女だった。

 龍将がいつも通りお気に入りの霊泉でボーっと釣りをしていたら、泉がボコボコと音を立て始め、中から10代後半くらいの人間の少女が現れた。

 「えっ、ここどこかしら?」

 びしょ濡れの少女は焦ったように周りをキョロキョロ見て、龍将を見つけて「きゃあ!」と叫んだ。

 とりあえず少女を泉から引き揚げてやり、仙術で風を起こし少女を乾かしてやった。

 「どうして霊泉から現れたんだ?」

 「霊泉?この泉がですか?あの、私竜安の寺院にある泉で禊をしていたら、うっかり足を滑らせて泉にはまってしまって、気付いたらここに来てしまったんです。」


 少女は香蘭と名乗り、竜安一帯を治める豪族の長の娘だった。母が巫女出身で、その関係で巫女の修行をしていたらしい。

 「その寺の泉とこの霊泉が奥で細くつながっているようだが、霊力のない者ははじかれて通ることができないはずだ。お前は巫女の血のせいか霊力が少しあるようだな。」


 これが龍将と香蘭の出会いである。

 その後、彼女はちょくちょく泉からやって来るようになり、二人は泉の側で話をするようになった。

 龍将の本性が竜と聞いて、初め驚いていた香蘭もだんだん馴染んで親しくなるのに時間はかからなかった。

 実際は二人でしゃべるというよりは、香蘭が話をして龍将が黙って聞いているというパターンが多かった。


 「毎回毎回、来るたびにびちゃびちゃになるのは困っちゃうわよね。今日はとっても美味しいお菓子があったから、龍将にも食べさせてあげたかったんだけど、来るときにぬれちゃうと思って持って来れなかったの。」

 「泉の中で香蘭や持ち物が濡れなくなるように仙術をかけてやろうか?」

 「そんなことが出来るの?」

 「特定の場所を指定して繋げたら出来るぞ。」

 「じゃあ、お願い。っていうか、そんなこと出来るならどうしてもっと前に言ってくれなかったの?」

 「頼まれなかったからな。」

 「・・・。」

 このように常識の違いに香蘭が困惑することは多かったが、香蘭もわりと大らかなたちだったので竜だから仕方ないか、と大概のことは水に流して二人が大きな喧嘩をすることもなかった。


 色のない灰色のような世界で生きていた龍将に、香蘭が色彩をもたらした。

 「このお花、真っ赤で綺麗でしょう?庭園に咲いていたから龍将に見せたくて摘んできたの。」

 花などその辺の灰色の石と同じで、色など気にしたこともなかった。

 「真っ赤・・・。」

香蘭の持つ花に目をやると、その花だけ特別な色が付いているような気がした。

 自分の平坦な日常に新しい発見をもたらしてくれた香蘭を好ましいとは思っていたが、この時はまだ他の生き物と同様ですぐに死んでしまうからと、特に特別な感情を抱いていたわけではなかった。


 そういったゆるい関係が2~3年続いたある日、香蘭が暗い顔をしていた。

 「どうした?暗い顔をして。」

 「今度、別の豪族の息子と結婚することになったの。その人は次男で自分のところは継げないから、私と結婚してうちの領地を継ぐ予定になって。」

 その話を聞いた時も、結婚して香蘭が来れなくなると寂しくなるかもしれないなとは思ったが、生き物である限り番うことはおかしなことではないし「そうか。」とだけ言って返した。

 素っ気ない言葉に香蘭は龍将を睨みつけた。

 「龍将は私が別の人と結婚して嫌じゃないの?」

 「寂しくなるとは思うが、仕方ないだろう?」

 龍将の言葉に香蘭は唇を噛みしめた。

 「今日はもう帰る。」

 そう言って泉の中に戻ってしまった。


 それまでは1~2週間に1回は龍将の元を訪れていた香蘭が全く現れなくなった。

 彼女が来なくなって3か月が過ぎた頃、香蘭と会わないことが自分が思っていた以上に寂しいことだと感じ、そう感じる自分に驚きもした。


 結婚の祝いもやってないし、渡しに行くか。


 そう思い、自分の霊力を込めて凝縮し金色の珠を作り首飾りにした。

 これがあれば香蘭の居場所もわかり易いし、結婚後も会いに行きやすいと考えたのだ。

 香蘭の夫となる男性が、別の男が妻に首飾りを贈ることや、結婚後会いに来ることを嫌がるだろうなどということはかけらも思いもしなかった。


 香蘭を見つけた時、ちょうど彼女は夫となる男性と祝言を挙げている最中だった。

 話に聞くだけとは違い、実際に相手の男性を見ると何となくモヤモヤした気持ちになったが、その気持ちに蓋をして二人の前に降り立った。

 「香蘭、祝いを渡してなかったから持ってきた。」

 突然天から現れた金色の髪の男に香蘭も含め、そこにいた人々はみな驚愕した。


 祝いを渡すにしても、なんで祝言が終わってからとかにしないでこのタイミングなのよ・・・。


 香蘭は心の中でつぶやいたが、人の常識が通じないことは重々承知していたので、諦めて笑顔でお礼を言った。

 「ありがとう。」

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