第3話 天竜村 ①

 天林山脈の山奥深いところに天竜村てんりゅうむらは存在した。


 初代皇帝・香蘭の第一子・真蘭皇女しんらんこうじょが護衛武官と駆け落ちし行き着いた先で居をかまえ、その子孫たちが暮らしているという言い伝えのある村である。

 山の恵みの山菜や獣を狩ることで、そこでの生活は完結するため、他との交流が極めて少なく謎につつまれた村であった。


 もともと村内での近親婚が多く、世帯数も30余りの小さな村だったが、帝国内で蔓延した5年前の流行病で村民の多くが亡くなり20人ほどに激減した。さらにその後、流行病の後遺症による肺病で1人減り、2人減りするうちに、現在残っているのは龍聖である寿峰じゅほう明蘭めいらんと明蘭の父・明翔めいしょうの3人のみとなっていた。


 「父さん、体調はどう?お粥食べられそう?」

 明蘭がヤギの乳で作った乳粥を持って寝台に横たわる父の明翔に近づいた。


 「ああ、今日は気分もいいし少しなら入りそうだ。」

 明翔は身体を起こし、寝台に腰かけた。


 明蘭が粥を渡すと、それを受け取りおいしそうに食べ始めた。

 「明蘭、すまないな。こんな身体になって、お前には迷惑ばかりかけて・・・。」

 明蘭は勢いよく首を振った。

 「父さん、何言ってるの?迷惑だなんて思ったことないよ。」

 父に寄り添い、膝に手を置いてきた娘の金色の頭を父は愛おしそうになでた。


 明蘭は年齢こそ25歳になるが、長命の龍聖の特徴として成長が遅く今は10歳くらいの外見をしていた。精神年齢も同世代が少なかったからか、外見に引きずられるのか実年齢よりやや幼めだった。


 父に頭をなでてもらい気持ちよさそうに目をつむっていたが、目を開けて父を見た時、明翔に言われた。

 「明蘭、右目はどうしたんだい?黒目の端が白っぽくなってるよ。痛みとかないのか?」

 「えっ?別に何ともないけど・・・。」

 明蘭は部屋にしまってある手鏡をとり、自分の目を確かめた。


 「本当だ。端の方が白っぽくなってる。なんだろう?気持ち悪いな。この後、老師様のところにお粥を持っていくから変な病気じゃないか聞いてみるよ。」

 「そうした方がいい。老師様なら何かご存じかもしれないし。」


 「老師様、明蘭です。お粥を持ってきました。」

 明蘭は自分の家から少し離れたところに居を構える寿峰老師の家をたずねた。齢325歳にふさわしくその家は大量の蔵書や用途のわからない呪具などに埋め尽くされ物々しい雰囲気を放っていた。


 「ああ、明蘭。いつもありがとう。」

 寿峰が左足を引きずりながら奥の部屋から現れた。


 寿峰は明蘭が産まれてからというもの、読み書きからこの国や周辺国の歴史・語学、政治、経済などの学問から仙術に至るまで自分の持つありとあらゆる知識を明蘭にさずけてくれていた。

 5年前の流行病で身体が弱ってからは、掃除や食事の世話は明蘭がになっていた。


 寿峰は椅子に腰かけ、机に置かれたお粥を食べ始めた。

 「そういえば、老師様。症状とかはなくて、さっき父さんに言われて気付いたんですけど、これ何かの病気ですか?」

 明蘭は対面の椅子に腰かけ、少し身を乗り出して自分の右目を指さした。


 「!」


 明蘭の目を見た寿峰は驚愕の表情を浮かべて言葉を失った。

 その様子をみた明蘭は不安になり尋ねた。

 「何か悪い病気の徴候なんですか?」


 寿峰は我に返り首を横に振った。

 「それは竜珠りゅうじゅだ。」


 「竜珠?」

 「明蘭、今から明翔と話はできるか?」

 「今日は体調が良さそうだったから、大丈夫と思いますが・・・。」



 「明翔、体調はどうだ?」

 「これは老師様。いきなりどうされたんです?」

 突然訪れた寿峰に明翔は少し驚いたように尋ねた。


 「単刀直入に聞きたい。明蘭の本当の父親は誰だ?」


 寿峰の言葉に二人は凍り付いた。

 「老師様。何をおっしゃってるんですか?私の父は父さんしかいないです!」

 明蘭はすぐさま怒りも露わに反論した。一方、明翔の表情は冴えなかった。


 「・・・。私も会ったことのない男です。玲々が北寧ほくねいの食堂で働いていた時に出会ったらしく、竜安から来た貴族だと言ってました。」


 父の言葉に明蘭はびっくりしたようにその顔を見つめた。

 「そんな・・・。私、父さんの子供じゃないの?」

 茫然とつぶやいた明蘭に明翔は優しく声をかけた。

 「男は恋仲になった直後から、連絡もなく食堂に現れなくなったそうだ。その後、妊娠がわかりつわりで体調も悪くボロボロだった玲々に俺から結婚を申し込んだ。子供は俺の子として育てようって。血のつながりはなくてもお前は俺の子だよ。」


 「父さん!」

 父の言葉に明蘭は父の胸にとびこみ、そんな明蘭を明翔は愛おしそうに抱きしめた。


 「老師様。なぜ明蘭がおれの子でないと思ったんです?」

 「竜珠が明蘭の目に現れた。」


 「竜珠?」


 「龍華帝国では皇帝が亡くなると、その目に宿った竜珠が直系子孫の誰かに受け継がれるのだ。竜珠が完全に受け継がれると新皇帝の目は竜王陛下と同じ黄金色となる。」

 「新皇帝?」

 明蘭が訳が分からないという風につぶやいた。

 「つまり明蘭の実の父親が現皇帝陛下で、竜珠によって明蘭が次の皇帝に選ばれたということですか?」


 寿峰は頷いた。

 「そうだ。今はまだ竜珠の継承がごくわずかなので、恐らく竜安にいる皇帝が何かの病を得たのだろう。突然先代が事故等で亡くなった場合は一瞬で次代の瞳の色が変化する。現皇帝がその例だ。」


 「母さんや私を捨てて、今さら!私の父親は父さんだけだよ。」

 「気持ちはわかるが、ことは帝国全体におよぶことだ。おそらく皇宮でも皇帝の竜珠が欠け始めたのに皇子達の中に継承者が現れず大騒ぎになっているはずだ。」

 「・・・。」

 

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