第22話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ⑨
「えーと、起動スイッチはこれか?」
非実体剣の柄にある引っかかりに指を這わせる。非実体剣の基部パーツは骨組みだけで構成された刀剣という様な形で、その鋼色も相まってそのまま剣として扱えそうな風情だ。
引っかかりを押し込むと基部パーツが淡く煌めく桜色の光刃を纏った。片刃だしこれまでの実体剣と同じ様な使い方で構わないのか?
加速を入れる。
心なしか普段より速い気がした。背中に背負ったバインダー翼に取り付けられたスラスターのせいか?
「……ハッ!!」
敵陣までの距離を刹那で詰め、勢いを乗せた左腕をすれ違いざまに振るう。
ピンク色の残光が尾を引き、ぐらりと眼の前の敵が頽れた。
うん、切れ味良好。非実体剣も中々どうして悪くない。
続けて振るわれる攻撃を防ごうと剣を前にかざし、敵の腕が呆気なく切れた。
「ぬおっ!?」
そうか、勢いをつけるか否かで切るか切らないかの選択が出来た実体剣と違って、こいつは勢い関係なく触れただけで容赦なく焼き切るのか!打ち合いは出来ないってわけだ!
思わぬ挙動に崩れかけた体をごまかすかのように右腕の銃の引金を引く。
ピシュン!ピシュン!というような実弾と比べれば遥かに軽い音が響く。体を押す反動も全くと行っていいほど無い。
放たれた閃きは、敵の肉体を容易く焼き穿ち、見事な風穴を開けた。
その熱量故に傷口が焼けてしまうのか、出血は殆どない。これは良いな、無茶苦茶やったとしても返り血で視界が塞がらない。
「ヅァッ!」
身を翻して攻撃を躱しつつ、回転の力を生かして剣を叩きつけ溶断する。
敵共の反撃を受けるのではなく勢いよく切り捨てることで防御する。こうすれば不自然な挙動に惑わされることもない。
両腕を切り飛ばした敵に突きを入れる。容易く貫通したが、押し込む腕の力は緩めない。そのまま後方の三体まで団子が如く縫い止め、そのまま打ち振るい纏めて両断する。
ボトボトと落ちる肉片の雨。その隙間を縫うようにして走り込みさらに打ち掛かる。一閃、叩き伏せた後さらに撃ち込む。調子がいい、撃破数も上々だ。なのに、何故―――
「前に進めねぇ……ッ!」
タンク部隊の救援に陣を突っ切ったよりも敵の数が明らかに増えているのだ。ミニマップのマーカーから見るに、接敵していた友軍部隊が押し返されたことで、間延びしていた陣が締まって一所に集まる敵の数が増えているのだろう。個々が好き勝手に動いてるだけの癖に、集合的無意識ってやつなのかそれなりにちゃんと戦術的な動きになっているのが気に食わない。
いくら敵を斬り殺して奥に進もうとしてもその隙間を次の敵が埋めて足止めをしてくる。焦燥感に歯噛みをする。焦りと不安に駆られ、背後に呼びかける。
「雨衣ちゃん、付いてきてるか!?」
「はい!!どうにか!!」
この戦いで一端の兵士として逞しくなったのか、この物量にもどうにか喰らい付いている。初陣ではあれだけ怖がっていた<N-ELHH>にも一切怯えの色を見せることなく、ドローンを駆使して眼の前の敵と戦っていた。戦い方もかなり自分から攻めるアグレッシブなものになっている。
俺が寝ている間になんかあったのだろうか。それとも、この娘は元から逞しかったのに俺が気づいていなかっただけか。
どの道、自らの都合に眼を取られすぎてちゃんと向き合えていなかったことは確かなのだ。よりにもよって彼女にそれを教えられてしまった。これからはちゃんと向き合わなければ。
そんなことを思いつつ、横薙ぎに銃を撃ち放ち、敵を殺す。
そのためにも、まずはここを切り抜けなくては―――!
「あ。」
雨衣ちゃんが声を漏らす。
「ん?どしたよ」
「いや、少し試したい事があって」
「止まれ。」
瞬間。
世界が一変した。
その細い喉から出でた小さな音は空気を微かに揺らしながら、戦場を駆ける。
響いたとすら言えないような僅かな声量かつシンプル極まる文字列だったが、それのもたらした効果はそれと対照的に絶大だった。
ピタリ、と。
殺戮の本能にうごめいていた怪物共が動きを一斉に止める。
まるで、刻が止まったかのようだった。
訪れる静寂。何か音一つ立ててしまうことすら憚られるような、そんな心地がした。
「うわぁ……やっぱりできるんだこれ……」
「なにしたの雨衣ちゃん……」
当惑する。
<N-ELHH>の思考や行動のパターンは未だ謎の所が多いが、人間ないしは既存生命体の殺戮を至上命題にしているのはほぼ確実であろうというのが学者、研究者たちのコンセンサスだった。
まぁ結論を端的に言ってしまうと、有り得ないのだ。そんな化け物が、人間の命令に従って動きを律儀に止めるなど。
そんなことができるなら人類はここまでの大惨事になる前にこいつらを撃退できている。
「吹っ飛ばされて気絶してる沢渡さんに<N-ELHH>が攻撃しようとしてたんで咄嗟に止まれ~!って叫んだら本当に止まっちゃって。お手とか伏せとかもさせられましたよ」
「何やってんだ……」
本人が事の重大さをいまいち理解できてなさそうなのがアレなのだが。
「というかそうだな、それって同士討ちとかもさせられるのか?」
「やってみましょうか。仲間を攻撃しろ。」
命令を受け取った<N-ELHH>が後ろを振り向き、攻撃を開始する。爪を振りかぶり、牙をむき出しにして。同胞を屠らんとするその動きは人間に対して行われるものと全く一緒だった。
「マジかこれ……」
考えた本人が言うのもおかしな話ではあるが、あまりといえばあまりの光景に言葉が出ない。えげつねぇ……これ十分戦力として換算できるぞ……
戦いながら少し実験してみたが、
・音が対象の耳に入る範囲でなければ意味がない
・命令の内容によって従わせることができる数などは変わってくる(例えば「仲間を攻撃しろ」より「止まれ」のほうが効き目が強かった)
・同じ命令であってもその時その時で一回一回効果の程度は異なってくる
・命令内容が終了すると少し間をおいて再び敵対してくる
と少し安定性に欠ける結果になった。
よって今は下手に無暗矢鱈と数を集めて命令を下すのではなく「私を支援しろ」という実質終わりがない命令で死ぬまで飼い殺しにする運用で10体前後の少数を指揮している。自らの隣を今まで数知れず屠った化け物たちが味方として並走しているのは違和感しかない。
だが……
「シッ!」
手ごろな背中を蹴り飛ばし敵の上半身に叩きつける。
怯んだ隙に距離を詰めてそのまま下段を薙ぐ。
たちまちもんどり打って転がる敵。頭を踏み潰してきっちりトドメ。
強いのだ。単純に。
考えてみれば当然のことで損耗や扱いを一切考慮せずともよい敵とほぼ同じ強さの兵隊が10体近くいるのだ。単純に戦わせてもよし、さっきのように戦い方に織り交ぜてもよし。こんなもの利便極まるに決まっている。
さっき蹴り飛ばしたヤツの首を剣を持ったままの左腕でひっつかみ攻撃を凌ぐ盾にする。すかさず右手で銃撃。
「ギいッ!」「グぎゃア……」
うん、こりゃいい。
そのまま二歩踏み出して左手のスイッチを操作。光刃が失せ消る。その後トラス構造めいた基部パーツが折りたたまれ、組み替えられ、その形を変える。光刃が再び起動する。
姿を変えた基部パーツは身の丈程に長くなり、先ほど柄だった部分以外も手の内に収まり、しっかりと握りこめる太さになっている。その先端から横一直線に漏れ出る光の色は濃さを増した赤。
端的に言えば、大鎌の形状だった。
異名にピッタリの武器だなと皮肉気に思いつつ、敵に対して歩み寄った。
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