4 悪役令嬢は、王子に恋をする

 お兄様との関係を修復し、淑女教育の方も順調なある日、お父様の執務室に呼ばれました。

 お父様の執務室に入るのは、覚えている限りでは初めてのことです。お父様は公私の区別をかなりはっきりと分ける方なので、お父様の私室に入ることはあっても、執務室には呼ばれないのです。

 お城では役職をお持ちでないとはいえ、公爵家当主としてのお仕事は山ほどおありでしょうし、子供には見せられないような書類にも事欠かないでしょう。

 その執務室に呼ばれたということは、公的なお話ということです。

 婚約は来年ですし、何でしょう。




 「お父様、アメリケーヌです。参りました」


 ノックして声を掛けると、入るよう言われます。

 コリーが開けてくれたドアをくぐって入ると、背後でドアが閉まる音がしました。

 豪華な執務机の向こうに座っていらしたお父様が立ち上がりました。

 コリーは、部屋には入らず廊下で待っているので、ここにはお父様とわたくしの2人だけです。

 わたくしから呼びかけるのははしたないので、お父様が口を開かれるのを待っていると、


 「お前に婚約の打診が来ている」


と仰いました。

 は!? ヴィヨン様との婚約は私が8歳の時来年のはず! なぜ、こんなに早く来たのでしょう。

 驚きのあまり口もきけずにいると、


 「お相手は第2王子殿下だ。

  年が釣り合うのと、お前の評判が陛下のお耳に入ったのが理由であろうな」


 と続きました。

 評判!? 評判ってなんでしょうか。私、悪役令嬢っぽいことなどした覚えはありませんよ。


 「お父様、評判とは、どういうことでしょうか。

  私、何かしたという覚えはございませんが」


 一応、無罪アピールはしておきましょう。

 私、そもそも屋敷の外に出るようなこともありませんから、悪評など立つはずが…。まさか、屋敷で何かしでかした!? いえいえ、そんなわがままを言ったような覚えもありません。


 「勉強を頑張っている、という話だ。

  お前の学業成績がなかなかに優秀だというので、陛下のお耳に入ったのだ。

  近日中に顔合わせすることになるから、そのつもりでいるように。

  第1王子殿下は側妃腹だ。十中八九、第2王子殿下が立太子される。つまり、お前はゆくゆくは王妃が務まる器になると評価されたということだ。

  顔合わせと言っても、決まっているようなもので、よほどの問題が生じでもしない限り来年早々には正式に婚約が成立するだろう。

  ドレスの選定などは、ノワに任せてあるから、指示に従うように。

  お前なら心配はいらんと思うが、殿下に失礼のないようにな」


 「わかりました」


 「下がってよい」


 私は、お父様の前を辞して、軽くドアを叩きました。廊下にいたコリーが、すかさずドアを開けます。


 「部屋に戻ります」


 私は、コリーを従えて自室に戻ります。

 早過ぎると思いましたが、顔合わせなんてものがあるのですね。さすがは高位貴族と王家の婚約です。

 顔合わせの後、来年には婚約ということならば、ゲームどおりです。よかった、何かが狂ったのかと心配してしまいました。

 お父様の前では、驚きすぎて声も出ませんでしたが、間抜けな顔をしていなかったか心配です。




 その後、仕立屋を呼び、顔合わせのためのドレスを誂えました。ゲームでは、顔合わせなんか描写されていませんでしたし、どんなデザインでも構いませんね。

 この婚約は、王家の方からのお話ですから、お母様はたいそう上機嫌でした。

 もっとも、まだ7歳ということもあって、あまり華美には着飾らず、シンプルに美しくまとめたという感じです。悪役令嬢とはいえ、クールビューティーな美少女キャラですからね、それはもう似合います。

 私の髪色に合わせて薄いピンクと白でまとめ、スカートは軽く膨らませて、子供が思い描くお姫様といった出で立ちに綺麗にまとまりました。

 さあ、幸せへの第一歩、気合いを入れなければ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ヴィヨン様との顔合わせの日がやってきました。

 ドレスに身を包み、お父様と一緒に馬車でお城に向かいます。

 ゲームでは、お城は主にエンディングで出てくるだけで、全景がたまに映る程度。初めて門から見たお城は思っていたよりずっと壮大でした。ここにヴィヨン様がいらっしゃるのですね。

 ああ、いけない。アメリケーヌは、まだヴィヨン様のお名前を伺っていないのですから、間違ってお呼びすることのないよう気を付けませんと。殿下、ですよね。


 お城に着くと、まずは陛下に謁見です。


 「アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグにございます。ご尊顔を拝する栄誉に浴し恐悦に存じます」


 「大儀である」


 あらかじめ練習してきたとおり、ご挨拶は終わりました。これから、お父様と離れてヴィヨン様──殿下と顔合わせとなります。




 侍女の案内で部屋に通されると、殿下がソファにかけてお待ちでした。

 回想シーンで見た婚約直後の幼いヴィヨン様そっくりです! なんて可愛らしい♪ 鼻血が出そう…。

 はっ! 危ない危ない、第一印象が大切なんですから。まずはご挨拶。


 「初めてお目に掛かります。

  ドヴォーグ公爵家のアメリケーヌと申します」


 カーテシーで華麗にかつ可愛らしく挨拶しますが、反応がありません。…まさか、見惚れてくださっているとか?


 「ああ、顔を上げてほしい」


 言われて顔を上げると、表情が抜け落ちたような殿下の姿がありました。


 「第2王子のヴィヨンだ。よろしく頼む」


 さすが王子、まだ7歳なのにしっかりしてらっしゃいます。

 …おかしいですね。普通なら、この辺りでソファを勧められるところなのですが。

 そういえば、私の挨拶を座ったまま受けられましたし、ヴィヨン様は座ったままで挨拶なさいました。

 いくら王子とはいえ、私は公爵令嬢で婚約者候補。さすがに尊大すぎませんか。

 おまけに、この仏頂面…もしかして、私は何かお気に障ることをしてしまったのでしょうか。

 もしかして、最初に見惚れてしまってすぐにご挨拶しなかったのがお気に召さなかったとか!?

 冷や汗が背中を伝うのを感じながら立っていると、


 「いつまでも立っていないで、いい加減座ったらどうだ」


と不機嫌そうなお顔で仰いました。

 なぜ私が悪いような流れになっているのでしょう。私の立場では、ヴィヨン様のお許しがあるまで座れるわけがありませんのに。

 …なんて言えませんわね。

 とにかく、ようやくお許しが出たので、ヴィヨン様の正面に腰を下ろします。


 「改めまして、殿下、今後よろしくお願いいたします」


 腰掛けたまま、軽く頭を下げると、殿下は


 「ああ」


と答えたきり、口を閉ざしました。

 私、いったい何をしてこんなに怒らせてしまったのでしょう。

 かといって、理由を尋ねることなどできませんし。

 お許しもないのに、こちらから積極的に話しかけるわけにもいかず、2人して黙ったままになってしまいました。

 しばらくしてヴィヨン様は


 「お茶を淹れてくれないか」


と仰いました。

 そういえば、お茶の道具はあるのに侍女は私を案内した後、すぐに隣室に下がりましたから、私かヴィヨン様がやるしかないのですよね。まさか王子様に淹れさせるわけにはいきませんから、私が淹れなければならないのでしょう。

 もしかして、さっさとお茶を淹れろと苛立ってらしたのでしょうか。


 「かしこまりました。気が回らず申し訳ございません」


 私は立って、お茶を淹れ始めました。

 お茶を淹れるのは、ホスト側の仕事です。本来なら私が淹れる筋ではないのでしょうが、今後、2人きりでお茶を飲むようなことでもあれば、私が淹れることもあるでしょうし、腕を見ておきたいということなのでしょう。

 お茶を淹れ、ヴィヨン様と私の前に置きます。さすが、いい茶葉を使っていますね。ポットのお湯もいい頃合いでしたし、侍女は準備万端整えておいてくれたようです。

 ヴィヨン様は、じっとカップを見詰めておられます。ここに用意されていた道具を使っているのですし、まさか毒など心配されているわけではないでしょうが、どうなさったのでしょう。


 「…殿下、どうかなさいましたか?」


 お声を掛けると、ヴィヨン様はようやくカップに手を伸ばされました。合わせて私もカップを手に取ります。

 ズッ…

 あら、珍しい。所作が完璧なはずのヴィヨン様が音を立てて飲まれるなんて。いえ、まだ幼い頃のことですもの、そういうこともありますよね。

 私も音を立てるべきか少し迷いましたが、評価されて婚約者候補になった私が、マナーができていないなどと言われると、お父様のお顔に泥を塗ることになりますので、優雅に飲むことにしました。

 お茶を2口ほど飲まれたヴィヨン様は、カップを置いて私を見詰めておられます。

 ここは、お茶に対する感想をいただく場面だと思うのですが。普通ならば、お世辞でもおいしかったと褒めるところですが、褒めないにしても、何か一言はあるところだと思います。


 「上手なのだな」


 褒めてくださいました。


 「ありがとうございます」


 「なんでもすばらしくできると聞いた」


 「何でもとは参りませんが、努力はしております」


 「ご苦労なことだ。

  つまらない生き方だな」


 え? 今、なんと?


 「あの、殿下…」


 「良い王妃になれる逸材と聞いた。

  これからも励んでくれ」


 「は、はい」


 ヴィヨン様、全然嬉しそうじゃありません。

 目が…笑っていない。私には興味がないと、そういうことなのですね…。




 結局、お暇するまで、ヴィヨン様が楽しそうに見えることはありませんでした。

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