小噺 其の十七 どんな髪型がお好き?
緑に萌える木々、風に揺れて音を立てる葉。そして川のせせらぎ……
そこに小鳥のさえずりなんかを加えると大変
たとえアルカーナ王都よりも気候が涼しくて、避暑地の名がついていようと、真夏の昼下がりに
「あっつ……」
任務に出れば暑いや寒いなどと言っていられないし、体力は常人よりもあると自負している辺境の地の侯爵 ガヴィ・レイであったが、汗で肌に貼り付いた髪をかきあげ、持っていた斧をやけくそ気味に放り投げた。
冬季の暖炉用ほどの薪はいらないが、夏だって炊事には薪は必要だ。
「お疲れ様、ガヴィ! 休憩しよ!」
イルが冷えたレモン水を持ってくる。ガヴィは「ありがとよ」とグラスを受け取って一気にレモン水を飲み干した。イルがタオルも持ってきてくれたので汗を拭い、ふうっと一息ついて目をやると、イルがじっとこちらを見ていた。
「……なんだよ」
不躾に見られていささか居心地が悪い。
「いや。髪、のびたなぁと思って」
ガヴィはああ、と頷いた。
ノールフォールに越してきてからというもの、イルの生活はさほど変わらなかったが、ガヴィの日常は激変した。
王都に居を構えていた頃、ガヴィは国王の命を受けて国中を単独で行動して任務をこなすか、それ以外は侯爵邸にいることが多かった。王都の侯爵邸はガヴィの持ち物だが領民はおらず、屋敷を管理するだけで良かったので、侯爵といえど好き勝手に行動していたと言っても過言ではない。
しかしノールフォールの領主となった今、国境付近の監視、それに伴う兵士の統率、ノールフォールの森や領民の管理など、領主としての仕事は多岐にわたり、尚且つ新しい屋敷にも新しい使用人を置かなかったので屋敷の細々とした雑用もしなければならず、この一年文字通り目まぐるしい忙しさだったのである。
それこそ、まともに髪を整える暇もないくらいに。
「あちぃなと思ったらこれのせいもあるか」
そう言って前髪をかきあげる。イルと出会った頃のホウキのようなガヴィの真っ赤なクセの強い髪の毛は、伸びて今ではホウキというよりモップだ。
クセが強いその髪は、伸びて重みで少し落ち着いたとはいえ、やはり少々ハネていはるが。
「いい加減切るか」
王都にいる頃のように貴族同士の付き合いも殆どなく、忙しいのを言い訳に放置していたが、いい加減この暑さに耐えきれそうにない。
ただ、月に一度は王都に登城しなくてはいけないため、ガヴィのクセの強い毛はあまり短くしすぎるとハネて収集がつかない。陛下に謁見するのにあまりな髪型にもできず、今までは後ろに流してしのいでいた。伸びていれば短い時よりかは制御がしやすいのだ。
どれくらい切るかなと思案していると、黙っていたイルがボソリと呟いた。
「……切っちゃうのか。ガヴィのその髪型、わりと好きなんだけどな」
でも暑いもんね、邪魔だしね。
そう言いながら自分も持ってきたレモン水を飲む。
ガヴィは二度ほど目を瞬かせると、もう一杯水差しからレモン水をグラスに注ぎながら言った。
「……お前さ。前から思ってたけど、俺の顔、わりかし好きだよな?」
イルは「は?」と言う顔をして眉をしかめたが、一拍子置いたあとにガヴィの髪色と変わらないくらい顔を真っ赤に染め上げた。
「ばっ……! ばっかじゃないの?! 自意識過剰!!」
もう知らない! とばかりに水差しの盆を置いて、イルは耳まで真っ赤になりながら肩を怒らせて去っていってしまった。
「……」
一人取り残されたガヴィは頬をかきつつ、注いだ水をぐいっと飲み干して、残りの薪を割りにかかった。
さて、どんな頭にしようかなと思いつつ。
まさか髪型を気にする日が来るとは思わなかった。暑さも、もう気にならなかった。
2024.8.9 了
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❖あとがき❖
カクヨム『夏の毎日更新チャレンジ』に浅はかにも参加しようと思って、エッセイでお茶を濁そうと思っていたのですが、多分それではネタがもたないだろうなと短編が思いついた時は短編を挟もうと、アルカーナの何気ない日常を書いてみました。
私はガヴィの初期のホウキ頭も好きなのですが(トレードマーク感がある)、本編のアフター話からは長髪の設定なので、なんでガヴィが長髪なのか……と言うところを書いてみました。
ちなみにこの話のあと、ガヴィさんは暑かったので襟足部分を刈り上げにし、マンバンスタイルで普段は髪を結ぶと言う方向で落ち着きます。
彼女が好きだって思ってるスタイルに合わせるとは、ヤツも可愛いところがあるんじゃないでしょうか(笑)
まぁでも基本的にガヴィもイルも、自分の髪型には無頓着な方でして(笑)暑かったから切ったとか、適当に結んだみたいな事が多いようです(笑)野性的な二人(^_^;)
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