就活

空岡

第1話


 A男は普通の小中学校の出身だ。だが高校はそれなりのランクの公立の高校だった。そして第一志望の私立大学に合格した、ごく普通の人間だった。就活に失敗するまでは。

 就活の連敗によりA男の自尊心はギリギリまで削られてしまったため、A男は大学を卒業してから現在に至るまで、いわゆる引きこもりの生活を送っていた。

 それがいざ三十路目前の二十九歳を過ぎてみると、とてつもない焦りを感じたのだ。

 このままではいけない、何か社会と繋がりを持たねば。

 A男は重い腰をあげ再び就活の日々へと身を投じた。


 だが社会とは厳しいもので、七年間も社会から隔絶した生活を送っていたA男は、ことあるごとに面接官に、「大学を出てから今まで、一度も就職の経験がないのですか?」、そう聞かれた。

 A男は馬鹿正直にも「はい」と答える。もっとも、聞かれるまでもなく履歴書を提出した時点で職歴がないのは明らかである。

 A男の返答を聞くと面接官は必ずといっていいほどA男に哀れみの目を向けた。始めこそA男は面接官のその視線に気づかなかったものの、場数を踏むごとに面接官の態度から結果を予測できるにまで至る。

 A男の予測は今のところ百発百中で、「経験がないということですので今回はご縁がなかったということで」、多少ニュアンスは違えど、どの会社もA男に職歴が無いことを理由に断りの電話を掛けてきた。

 未経験大歓迎と謳っていただろうに!

 A男は内心で憤慨するも、どこか納得もしていたのだ。確かに大学を出てから七年も何も仕事をしてこなかった人間など、不安で雇えるわけがない。

 最早自分は一生負け組なのかと半ば諦めながらも、A男は就活に励んだ。

 

 就活を始めてから一年が経とうとしていたその日、A男はポストに入っていた求人チラシのとある会社の面接に来ていた。

 今時ポストに投函される求人チラシなんか信頼できない。

 A男はそう思いながらも藁にもすがる思いでこの会社の求人に応募した。

 A男の思いとは裏腹に、会社の佇まいは立派なものであった。

 応接間に案内される途中、会社内の様子が目に入る。

 チラシによればこの会社は営業職のそれだという。確かに社員は皆忙しそうにパソコンに向かったり、電話応対をしたり外回りに出掛けたりしている。実に熱心な会社だ。

「では、面接を始めます」

「よろしくお願いいたします」

 面接は一次と二次があると聞いていた。午前の一次面接に受かると、その日のうちに二次面接へと進める。

 A男は、さてどんと来い、と気合いをいれたが、面接官は初っぱなからA男の一番つかれたくない部分に触れてきた。

「A男くんは大学を卒業してから今まで、一度も就職の経験がないのですか?」

 ああ、落ちたな。

 A男は心の内で肩を落としながら「はい」と覇気なく答えた。面接官は履歴書を手に取りA男の学歴・職歴を見ているようだった。A男は完全に諦めモードで、次はどこの会社に申し込もうかとすら考えていた。

 だが面接官は履歴書を一点に見つめたままに、「一次面接は合格です」、淡々とした口調で言った。

「え?」

 思わず間抜けな声が漏れたが、面接官は聞こえていないのか、「このあと二次面接があるので少々お待ちください」、どっかり座っていたソファを立ち上がり、A男を置いて応接間を出ていく。

「……何でだ?」

 訊けなかったそれを言葉にする。だが答えなど分かるわけもない。A男が混乱するなか、数分して二次面接の面接官が応接間に顔を出した。どうやらお偉いさんらしく、恰幅のいい中年の男性だった。A男は立ち上がり新しい面接官に頭を下げる。

「まあまあ、座りたまえ」

 新しい面接官に促されるまま、A男は再びソファに腰かける。面接官も向かいのソファにどかりと腰を据えた。

「それで君、七年間も無職だったんだって?」

 どうやらこの会社は遠慮というものがないようだ。またも直球に問われ、A男はビクビクしながらも、「はい、そうです」と答えた。

 お偉い面接官は「ほう」とアゴヒゲを撫でる。今度こそダメだろう、A男の心臓が今になってけたたましく脈を速めた。どっどっどっど。内側から叩かれるように鳴り響くそれを落ち着かせるために、出されていたお茶に口をつける。ぬるくなったそれをごくりと飲み込み、湯飲みをテーブルに戻す。そのタイミングで面接官が口を開く。

「A男くん、合格だよ」

「は……?」

 後程電話で、や、後日書類で。普通ならそう切り出されるものなのだが、どういうわけかお偉いさんはてんで簡単に合格だと告げる。

 こうなると喜ぶどころか猜疑心を持つのが人間というものだ。A男は信じられないと言わんばかりに、「あの、本当に採用なんですか?」と疑問をぶつける。面接官は慣れた様子で「もちろん」、答えた。

「でも、俺は何も職歴が無いですし」

「それは問題ないことだ。わが社は本当に未経験者を募集しているからね。それにこう見えてわが社は国からの依頼で設立された会社なんだ」

 ますます分からなくなる。そんな大層な会社がなぜ自分を受け入れたのか。目をぱちくりとさせるA男を見て、面接官はにこりと微笑んだ。

「なあに、簡単な話さ。うちの会社は君のように社会から離れて生活を送ってきた人間を、この会社に就職させることを生業としているのさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

就活 空岡 @sai_shikimiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ