可愛くなりたい

高坂 美月

可愛くなりたい

 私、斎藤厚子は15歳の高校1年生。この春、県立高校に進学した。隣町の進学校なので同じ中学校からの友達は少なく、クラスも離れてしまったのだ。

 入学式前に自分の教室を探したのだけれど、なかなか見当たらない。そんなとき、誘導役の男の先輩が声をかけてくれた。

「君、新入生? 1年生の教室はあっちだよ」

先輩は優しい笑顔で教室の場所を教えてくれる。バスケットボール部の2年生で、名前は篠崎仁というそうだ。

「……ありがとうございます!」

私は先輩にお礼を言い、教室の場所を見つけることができた。


 あれから3ヶ月経ち、高校生活にも慣れてきた。少ないながらも友達ができて、彼女たちと楽しく過ごしている。最初は忙しくしていたので篠崎先輩のことを考える余裕はなかったものの、移動教室のときにたまたま先輩を見かけたのだ。そして、やっぱり私は篠崎先輩のことが好きなんだと再認識した。友達と談笑していた先輩の優しい笑顔をまた見られたから。


 それからというもの、私は篠崎先輩に振り向いてもらいたくて見た目を変える努力をする。最初は眼鏡をかけていたけれど、眼鏡からコンタクトに変えた。癖毛が嫌だったので、学校へ行く前にヘアアイロンを使って髪をストレートにした。校則違反になるのでストレートパーマ・縮毛矯正・メイクはできなかったけれど、校則違反にならない範疇かつ、自分でもできる範囲で見た目を変えてみようと思ったのだ。

 努力の甲斐もあり、友達にも「厚子、可愛くなったね」と言ってもらえるようになった。篠崎先輩を校内で見かける度、鼓動が速くなる。篠崎先輩について知っていることといえば、フルネームと学年と部活くらいだ。私が篠崎先輩のことを好きだということは仲良しの友達にしか言っていなかったので、手紙で告白することにしたのだ。

 失礼のない文面を心がけ、友達にも一度見てもらった。これでいいと思う、と友達のお墨付きで完成した文面がこちら。

 【篠崎先輩へ 私は1年1組の斎藤厚子と申します。入学式のとき、教室の場所がわからなくて迷っていた私を助けてくれてありがとうございました。篠崎先輩の優しい笑顔に一目惚れしたので、ぜひ付き合ってほしいです。付き合えなかったとしても、友達になりたいです。返事はいつでも大丈夫なので、体育館の裏でお待ちしています。 1年1組 斎藤厚子】

 私は周りに誰もいないのを確認し、篠崎先輩の靴箱に手紙を入れた。手紙を入れるだけなのに、緊張して手が震える。これまでに数回篠崎先輩を見かけていたが、女性と一緒にいるところは全く見たことがなかった。それで篠崎先輩に彼女がいるかどうかはわからなかったのだ。

 翌日の放課後、私は篠崎先輩に声をかけられる。おそらく告白の返事の件だろう。

「斎藤さん……だよね? 体育館裏に来てもらっていい?」

私は篠崎先輩に付いて行き、体育館裏に向かった。篠崎先輩はというと、深刻そうな顔をしている。

 「昨日は手紙くれてありがとう。申し訳ないんだけど……。俺、他校に彼女がいるから君の気持ちには応えられない。ごめん」

篠崎先輩が深刻そうな顔をしていたのは、告白を断りたかったからだ。Yesの返事を期待していたわけではなかったけれど、やはり面と向かって言われるとショックだった。ましてや他校に彼女がいるなんて、知る由もなかったのだ。

 「……わかりました。友達からではダメですか?」

私がそう言うと、篠崎先輩は

「彼女がいながら他の女の子と新しく友達になるなんて誠実じゃないし、俺が女だったらそんな男は嫌だって思う。彼女を悲しませるようなことはしたくないんだ……」

と言った。優しい笑顔もそうだけれど、彼の内面も好きになったのだ。きっと篠崎先輩の彼女さんは幸せだろうなと思う。

「そうですよね……。お返事聞かせてくれてありがとうございました。先輩も部活で忙しいでしょうし、私もう行きますね」

私は篠崎先輩にお礼を言い、体育館裏から立ち去った。

 やはりわかってはいたけれど、ダメだったのだ。女性の影がなさそうだったと思っていたものの、篠崎先輩は素敵な方なので、他校に彼女がいてもおかしくない。

 夜ご飯は大好きなシチューだったけれど、食欲がなくあまり食べられない。母にも「何かあった?」と聞かれる始末だ。いろいろあって、とごまかす。その後お風呂に入り、家族の誰にも聞かれないよう静かに涙を流した。お風呂からあがると、ベッドで沈むように眠る。

 翌日、通常通り学校に行く。友達に「あれから返事あった?」と聞かれたので、「やっぱりダメだった……。他校に彼女いるって」と返す。そうか、でも厚子がすごく努力したの私は知ってるし、もっといい人いるよ。友達はそう言ってくれた。

 最初の3限は頑張って授業に出たものの、4限目の最中に昨日の篠崎先輩との出来事がフラッシュバックする。4限目は世界史だったが、担当の石川先生ーー優しいおじいちゃん先生で、居眠りしていない限り何も言わないーーは割とゆるい先生なので、みんな好きに過ごしていた。真面目に聞いている人もいれば、スマホを見ている人や内職している人もいる。

 「すみません、昨日から体調が悪くて……。早退してもいいですか?」

私は石川先生にこっそり伝え、道具一式を持ち、教室を飛び出した。体調不良というのは半ば事実だが、学校にいると昨日のことがフラッシュバックしそうだったのだ。

 学校から抜け出し、私は公園のベンチでボーっと座っていた。篠崎先輩に片想いしていた頃に聴いていた曲を聴きながら。今頃昼休みかなと思い、友達の1人である乃愛に「今公園でサボってる〜」とLINEする。「わかった、すぐ行くわ」と乃愛から返信が来た。

 公園で乃愛と合流する。乃愛の姿を見るなり、私は涙が止まらなくなってしまった。

「厚子、あんた大丈夫……?」と乃愛に聞かれたので、泣きながら「篠崎先輩に告白したけどフラれた……。他校に彼女いるって。校内で女の子といるの見たことなかったから油断してた……」と話す。

 すると乃愛は泣きながら私を抱きしめた。乃愛本人は何も言わなかったけれど、一緒に泣いてくれただけでも嬉しかったのだ。

 乃愛が一緒に泣いてくれたおかげで、私の心は軽くなる。もう篠崎先輩のことは忘れて、自分のするべきことーー勉強と部活ーーに打ち込もう。そう決めたのだ。

 翌日私と乃愛は立ち話をしていたのだけれど、担任の村上先生ーー40代前半の男性。担当教科は英語ーーに捕まった。

「昨日体調不良で早退したそうだが、長谷川も学校から抜け出して……。お前ら昨日何してたんだ?」

ちなみに長谷川というのは乃愛の苗字だ。村上先生も私たちがよく一緒にいるのを見ている。そんな私たちが同じタイミングで学校から抜け出したので、本当はサボりではないかとでも思っているのだろう。

 「いや〜ちょっと……ね!」と、乃愛がイタズラっぽい顔でこちらを見る。私もうなずいた。

「サボりじゃなかったらいいけど……。昨日斎藤が体調不良で早退したって石川先生から聞いて気になって」

私は今まで無遅刻無欠席だったので、早退したのを珍しく思ったのだろうか。「まあ体調には気をつけるように」と言い、村上先生は去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

可愛くなりたい 高坂 美月 @a-tmm1209

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ