異世界なんてもう行きたくない

ネコおす

読み切り

和樹カズキくん、ちょっと良いかな…」


「え、今日当直で…」


放課後の教室、当直業務の掃除をしていると幼馴染に声をかけられる。


「いいよ。ここは俺がやっておくから行って来い。」


「ごめんタケル。すぐ戻って来るから。」


そう言って俺は幼馴染の彼女について行く。彼女の名は双葉麻由子フタバマユコ。家も近くて昔から家族ぐるみの付き合いだ。


前を歩く麻由子からは嗅ぎ慣れた彼女の匂いがする。決して甘い匂いとかではなくどちらかと言うと少し古い家のような、でも嫌なものじゃないとても落ち着く匂いだ。


視聴覚室の扉を開けて中に入る。放課後の校舎、部屋には二人だけ…いくら相手が幼馴染でも少し意識してしまうシチュエーションだ。


「ねぇ和樹くん最近はどう?」


「どうって…なんだよ。」


「ほらあんな事があって一時期落ち込んでたでしょ。最近はまた昔みたいに戻ってきたけど…無理してない?」


「ああ、そのことか。大丈夫だよ、俺は…」


「そう…おじさんやおばんさんは大丈夫?」


少し答えに戸惑う。そんな心情を悟られたくなくて俺は誤魔化した。


「…関係ないだろ、麻由子には。」


「あるよ!だって…」


今度は麻由子の言葉に間があいた。そしてその言葉の続きを紡ぐ。


「だって好きな人の事だもん。」


そう紡いだ彼女の頬は赤らんで、目を少し潤ませていた。


「…本気か?」


「本気…お返事欲しいな…」


……


「ごめん。…いや、そういう意味じゃなくてだ、その…時間をくれないか。」


「…どれくらい?」


「…今週中だ。土曜日、お前観たがってた映画あっただろ?そこで答える。」


彼女は少し不服そうな顔をするが、それも一瞬。すぐにいつもの優しい顔に戻る。


「解った…待ってるから。」


そういって麻由子は先に視聴覚室を出ていく。小走りに去っていく足音が少しづつ遠退きやがて聞こえなくなった。


そうか麻由子も…


答えは決まってる。もちろんYESだ。俺だって昔から彼女の事が好きだった。なるべく一緒にいたいし、これから先も一緒にいたいと思ってる。


でも今は…


教室へ戻ると既に掃除は片付いていた。


「ごめん。武。」


「いいよ。でも双葉なんだったんだ?まさか告白とか?」


フザけた口調でいうタケルの言葉に少しドキッとする。


「あ、いや、大した用事じゃなかったんだけど…今度一緒に映画に行こうって。」


「なんだ、遂にお前らもカップル成立かぁ?いいんじゃねの。遅すぎるくらいだって。」


カンが鋭いなぁ…麻由子ほどじゃないけど武ともそれなりに長い付き合いだ。それなりに感づくこともあるのだろう。


掃除道具を直し、日直帳を職員室へ届けて俺たちは帰宅につく。


「じゃあな。また明日!」


「また明日。」


そう挨拶して別れる。曲道を抜け、麻由子の家の前を通る。あの様子だともう先に帰宅しているだろう。3件隣の向かい側が俺の自宅だ。


「ただいま。」



返事はない。靴を脱ぎリビングへと向かう。キッチンチェアに母さんが座っている。


「……」


俺が帰った事に気づくこともなくただ宙を目線も定まらず見つめている。


「母さん。」


「…あ、カズキ帰ってたのね。フユネがね、今…」


「母さん、フユねぇはもう…」


「…そうだったわね。ごめんなさい…夕飯の支度しなくっちゃ。」


フユねぇ…俺の姉貴は俺と違って優秀だった。才色兼備、品位方正ってのは外面だけだったけど、明るい人柄で人気者、子役で舞台などにも出ていた経験もあり、高校生になった今も偶に稽古場へと足を運んでいた。


そんなフユねぇが突然行方不明になって半年が経った。突如として家から居なくなったのだ。最初こそ警察やメディアも押しかけ世間の目も浴びたがそれも一月も経たずに忘れられていった。覚えているのは身内と周辺の者だけ。母さんはこの半年、いつもこの調子だった。


それに合わせて親父もあまり自宅に寄り付かなくなった。出張ばかりで家をあけ、帰ってきてもすぐに自室に引きこもってしまう。


正直、今のこの状態では麻由子の告白を素直に喜んで受け入れられる自信がない。麻由子は今の俺や母さんたちのことを心配してくれているのだろうけれど、俺自身に受け入れる余裕がなかった。


「俺、部屋で勉強してるから。」


そう言い残して俺は自室に戻ると、カバンを放り投げてベッドに横たわる。


姉貴が行方不明になる直前、俺は姉貴と喧嘩した。理由は他愛もないことが原因だったけれど、姉貴との最後の記憶が喧嘩別れだなんてやりきれない。もし会えるなら…


いつまでこんな日が続くんだろう…そう思いつつ瞼を閉じるといつの間にか意識は薄れていった。



……


目が覚めるとそこは一面、白い空間だった。


「ん…えっ?なにこれ…」


起き上がる。先程まで自分のベッドに横たわっていたはずなのに自室はおろかそのベッドもない。

あるのはどこまでも続く白い景色と白い地面、そして何かが描かれたパネルだけだ。


俺はそのパネルを見る。矢印で↑↓→←そして赤と黒のパネル。赤にはAとかかれており、黒のパネルにはBと描かれていた。


頭が混乱する。手の込んだいたずら?誰かにどこかへ連れ去られた?いや、もしかして俺死んじまったとか…?


「おおーぃぃぃ!」


誰にとも知れず大声で呼びかけるが返事はない。只々自分の声だけが反響する。


「なんだよ、これ…」


パネルは地面にあって大きい。踏むような作りだった。そういえばいつかもっと幼い頃に親父が言ってた言葉を思い出す。


『困った時は上上下下BAだ。覚えたか?上上下下BAだぞ?』


ゲームかなにかのコマンドだろうと思ったけれど、俺も親父も特段ゲームが好きって訳でもない。その時は何を言っているのかと思ったっけど…


今こそまさに『困った時』だった。俺は↑↑↓↓と踏み、そして最後に黒、赤と順に踏んだ。


ージャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラチャチャーン!ー


ビクッ


何処からともなく突然、変な音楽?が鳴り響く。なに?え?なんなの?


ーぽーん!…激レアスキル瞬間移動Lv1です♪ー


???


ーぽーん、剣スキルLv1、魔法抵抗スキルLv3、毒抵抗Lv1を習得しましたー


ーでは、いってらっしゃいませ~ー


え?は?


突然、足元が光りだす、何かの円陣のようなその光模様が浮かび上がって俺の身体を包む。


「ちょ、え、まって…」


そして次に瞬きをした時には、そこは真っ白なさっきの場所ではなく茶色い大地と頭上には真っ青な空が広がっていた。


なに、なにこれ…え…


周りを見渡すと草のない土が剥き出しの凸凹した地面、少し離れた場所には草や木々が覆い茂っている。自分の手を見ると学生服じゃない。なにか異国風な格好ををしている。それにこの腰にあるのは剣?


恐る恐るその剣を抜いてみる。よく漫画とかで見る銀色に輝く金属製の剣、柄があり鍔があって特に変哲もないシンプルなものだった。


額には革製のヘッドギアのようなもの、盾とかはなく、剣とは反対側の腰には革袋。開いて中身を見てみると金色のコインが5枚入っていた。


え、なに…ゲームみたいな世界…VR…にしては風の感触もあるし緑の匂いもする。あまりにもリアルすぎる…


ーグゥルルルル…ー


何かの鳴声のようなものが聞こえて後ろを振り向く。そこは地面が他よりも少しだけ下がっていて中央には洞穴、そこから『何か』の声と共にその主の姿が現れる。


でっかいトカゲ…這っているのに頭のてっぺんが自分の背丈くらいある。全身グレーで硬そうな皮膚、少し開いた口からは如何にも凶悪そうな牙が覗き見えていた。


ーグゥロロロッロロッ!ー


「ヒッ!?」


威嚇だろうか大きく口をあけ、バンバンと開け締めしながら先程より一段と高い声で鳴く。


「ぁ…っ!」


こんな大トカゲ、いくら剣があっても勝てる訳がない。すぐに身体を翻し反対方向へと走り出す。


バンッ


大きな音と共に何かが自分の頭上を通り過ぎる影が見えた。


ドンッ


目の前にさっきの大トカゲが着地する。その重量で地面が少し揺れる。進行方向を塞がれた俺は足を止めるしかなかった。


ーグフゥフッフフゥー


バンッバンッ


大トカゲはそのでかい尻尾を地面に叩きつけ、俺のことをじっと見つめながらジリジリと距離を詰めてくる。


なんだコレ、現実なのか…漫画とかでよくある異世界転生とかそういうヤツ?でもああいうのなら大体すごいスキルとかがあってピンチでもなんとかそれで助かる…


『激レアスキル瞬間移動です♪』


俺はさっき真っ白な空間で起こった出来事を思い出した。えっと、もし漫画と同じなら俺にだって使えるはず…瞬間移動、瞬間移動、瞬間移動…


そう念じながら大トカゲの後ろ側を見つめる。すると…


シュ!


突然身体が浮いたような感覚を覚えると目の前の視界が変わっていた。そこは大トカゲのちょうど横…何故か前につんのめって体勢を崩してしまう。


あ、ちょちょちょ…!!


ズデンッ!


「痛っつつ…」


正面に転げて打ち付けた左手を庇っていると頭の上が暗くなる。


バンッ


…っ!あっぶな!?


トカゲが前足で勢いよく俺を押しつぶそうとした。転がりながら何とか回避した俺は体勢を立て直して先程まで自分がいた場所を確認する。地面が少しエグれている。そのエグれの大きさに血の気が引いた。


あんなの一発でもくらったら即死じゃんか!?


もう一度同じ要領で瞬間移動と念じる。今度はもっと遠く、トカゲから距離を取る場所だ。


シュ!


「たっ!?とっととと…」


まただ。また前につんのめって転げそうになる。でも今回はなんとか持ちこたえた。よし、そのまま逃げ…


バンッ


また、勢いよくトカゲが空から降ってくる。コイツでかいのにめちゃくちゃ俊敏じゃんか…

とてもじゃないが逃げ切れそうもない。俺は腰にある剣を抜く、こんなのであの分厚そうな皮膚を斬れるのだろうか。


意を決して走り込んで上段から剣を叩き込む。


「うわぁあああ!」


ザシュッ!


鼻先に入った!…でも斬れたのは皮膚にほんのちょっと傷…血すら出ていない。


ーグルォォオオオ!ー


それでも痛かったのだろうか、トカゲが叫びをあげる。姿勢は先程より低くなり後ろ脚に力が入っている。完全に怒らせてしまったみたいだ…


「あ、えっとゴメン!話せば解る!解るからっ!」


トカゲはそんな俺の言葉などお構いなしだ。一気に前進してきて俺の頭にその牙を突き立てようとする。


瞬間移動っ!


シュ!


そのまま前に転げながらなんとか体勢を立て直す。剣は右手に持ったままだ。


「っ、はぁはぁはぁ…あ?」


トカゲを見ると横腹に綺麗に一本の傷跡が入っている。深い。血がどくどくと流れ出してトカゲが身悶えする。


ーギャギャガァアア!ー


右手の剣を見ると血がついていた。え、今の移動で偶然当たったってこと?それもさっき力一杯振った時はちょこっとしか斬れなかったのに…


瞬間移動中の剣が当たったってことだろうか。とすると瞬間移動ってより高速で移動したって感じなのか。でもこれなら…


少しだけ勝機が見えた。トカゲは身悶えしながらも身体をくの字に曲げこちらを睨む。その視線を真正面から受けながらもう一度念じる。


瞬間移動!



あれ?


瞬間移動!!



え、出来ない!?なんで!?


その間も大トカゲはジリジリとこちらの様子を伺いながら距離を詰めてくる。さっきまでの自信も勢いも勝機も一気に鳴りを潜めてしまう。


「あ、ぁ…」


少しずつ自分と大トカゲの距離が縮まる。そして俺の目の前まで来るとその大きな口をガッと開いた。


ーグァアアアア!ー


死ぬ!


そう思った時だった。


「ファイヤボール!!」


ーギャ!ー


えっ


大トカゲが後ろに引いた。その顔面には何か焦げ付いたような痕が残っている。


「ファイヤーボール!アイスニードル!!」


誰かの叫び声が聞こえる。その度に光線のようなものが大トカゲに照射され、トカゲが苦み悶える。


「エアロ!あとなんだっけ…メラ◯ーマ!!」


叫ぶ声が聞こえる度に光線がトカゲの皮膚を焼いていく。もう一度言うが何を叫んだ所で光線しか当たっていない。そしてファイヤーボールとメラ◯ーマって同じ感じのやつじゃないのかな…しらんけど。


六発くらいその光線を受けると大トカゲは力尽きその場に倒れ動きを止めた。皮膚は焼けて少し美味しそうな匂いを発していた。


「危なかったな。」


現れたのは、どこからどう見ても魔法使いみたいな格好をした男だった。片手には杖を持っていてあからさまに大きいトンガリ帽子を被っている。


「あ、ありがとう御座います…」


「どういたしまして。でもなんで君は大トカゲの巣になんか…あれは普通単独で狩るような相手じゃないぞ?」


どうやら言葉は解るし、通じるらしい。


「俺もよく解らないですけど気がつくと突然ここに立ってて…」


「…お前、転生者か?」


「え?」


「君も違う世界から突然、飛ばされたタチだろ?俺もなんだ。君の名前は?」


「え、えっと…カヅキです。」


「カヅキね。俺は…そうだな…ケンとでも呼んでくれ。」


どっかの7つの傷のある武闘家みたいな名前だな…魔法使いなのに。


そして危機を脱した俺は少しだけ場所をズラし、適当な場所で腰を降ろして会話する。


「さっき違う世界って言ってましたけれど…ここはどこなんですか?」


「ユウトノオマカセシャウイ。剣とスキルがある世界だよ。魔王が居て魔物がいる世界だ。」


「え?魔王と魔物…」


「そうだ。あ、因みにその大トカゲは違うぞ。それはただの獣。まぁ駆け出しが一人で倒せるような相手じゃないけどな。」


そう言って男は大トカゲを杖で突っつく。


「お前、スキルって言ってみな?」


「え?ースキルー」


俺がそう言うと突然、目の前にモニター画面のような映像が映し出される。そこには自分のLvやスキルなどが書き出されていた。因みに文字は日本語じゃないけれど何故か読める。


「あ、やっぱりさっきのは瞬間移動か。激レアスキルだな。あとは剣と魔法抵抗、毒抵抗もあるのか。なかなかいいじゃねぇか。」


「でもさっきの瞬間移動ってより高速移動って感じでしたよ?移動後はつんのめるし。」


「ああ、でもあれは紛れもなく瞬間移動なんだよ。移動中自分の攻撃なんかは当たるけど実際相手の身体や攻撃は通らない。移動距離に応じてその加速分がスキルの後にかかるけどな。」


なにそれ、完全に物理を超越しちゃってる…って距離に応じて加速がかかるって、さっきは移動に1秒くらいかかってたから100m移動したら秒速100m…時速360キロ!?そんなの身体が耐えられる訳無い。…短めの距離にしててよかった…

「因みに俺のはこんな感じだ」と言って彼のスキル表も見せてもらう。


 <Lv61>

【ビームLv8】【耐久LvMAX】【魔法抵抗Lv5】【毒抵抗Lv5】【肉弾戦Lv7】【獣語翻訳Lv3】


ビーム…ビームね…そして全然魔法使いらしくないスキルだった。


「お、さっきのトカゲとの戦闘でもう瞬間移動のLvが2に上がってるな。瞬間移動は剣スキルとの相性もいいし…よしっ!お前俺について来るか?」


「え、良いんですか?」


「もちろん。俺の目的にも才能のあるヤツは大歓迎だからな。色々覚えなきゃいけないこともあるだろうし、この世界のことも教えてやるよ。」


こうして俺はこのケンっていう人を師匠として旅を共にすることになる。


最初はここの近くの村に立ち寄り大トカゲを倒した事を伝える。すると俺たちは村の英雄と崇められ、その噂が城都にまで届くと今度は王様から招待を受ける。そしてお城ではそこに祀られていた『勇者の剣』が突然輝きだし、何故か俺は勇者と呼ばれるようになった。そしてたった500コインで魔王を倒す旅に追い出され、その途中で剣士タケルも仲間になった。名前が親友と同じで親近感が湧いた。そして大物の魔物や4人の魔神も倒し、遂に俺たちは魔王城へとたどり着いた。


魔王城の中は今までよりも更に凶悪な魔物たちがウジャウジャとひしめく。


「はぁはぁ…ここは俺に任せてお前たちは先に行け!」


「…っ!ゴメン、タケル!」




そして俺と師匠は遂に魔王のいる部屋の扉の前に辿り着いた。


「もっと兵とか一緒に来てくれれば…」


「仕方ないだろう。魔王城は魔法抵抗と毒抵抗がLv3以上ないと入っただけで衰弱しちまうんだから。この二つのスキルだってそこそこレアだしな。」


俺は先に置いてきたタケルの事が気にかかる。でも今は魔王の方が先決だ。そうじゃないとタケルの行為まで無駄にしてしまう。


「それじゃあ扉を開くぞ。」


そう言って師匠が魔王の居室へ続く扉を開いた。


正面に玉座。その後ろには魔竜も横たわっていた。玉座に座っていた女が立ち上がる。


「フッ、よくここまで辿り着いた勇者よ!しかし、お前の会心もそこまで…私直々に手を下してくれよ…うぉぉ?」


やはり魔王、すごい圧だ。でも、なんだ?突然、雰囲気が変わったな…


「髪色は違うけどそのトゲトゲ頭…目つきの悪いその目…まさかカズキ?」


へ?


俺の名前を呼んだ魔王の姿が窓から入る光に照らされる。髪の色こそ違うもののその姿はや雰囲気は明らかに姉貴のものだった。


「え…フユねぇ?」


「や、やっぱりその呼び方!え、なんで、なんで!?」


このテンション…絶対フユねぇだ。え、でもなんで?ここは異世界だし姉貴は半年前に行方不明になって…


お互い混乱に陥って次の言葉が出てこない。すると師匠が一歩前に出る。


そして一気に魔王と距離を詰めた。


「まっって!その人は…」


そして師匠は両手で魔王を抱きしめた。


「「え、え?」」


あまりに突然の事で俺も魔王も声が出ない。なんで?


そして少し間をあけてから魔王が言葉を発する。


「ぅ…この臭い…」


「お父さん臭い!近寄らないでっ!」


オトウサン?


師匠は『(TдT)ガーン』って顔になりながら口にする。


「良いだろ!?お父さんの主観時間からしたら10年ぶりくらいなんだぞ!?」


「私も同じくらいだけど…でもやっぱヤダ。」


師匠が「そんなぁ…」と言いつつ魔王…いや姉貴の足にしがみつく。そんな師匠に姉貴は「フンッ」とそっぽを向く。


…いや、ナニコレ?


二人のそんなやり取りに固まっていると魔王の玉座の後ろに控えていた魔竜がその巨体を起こし立ち上がった。

そして魔王の側に寄るとその巨大な尻尾が大きく振るわれ師匠に直撃した。


「ガハァッ!?」


「師匠!」


師匠…師匠でいいんだよな?


壁まで飛ばされた師匠は身体を強く打ち付けたが、それでも駆け寄ろうとする俺を片手で制する。さすが耐久LvMAXだ。魔竜は追撃はせず魔王の側に控えたままだ。


ーグルルルルル…ー


「くっ…大丈夫だカズキ。それよりこの一撃…」


そう言うと師匠はスキルを発動する。


【獣語翻訳】


獣語翻訳はその名前のとおり獣の言葉が解るようになるスキルだ。その効果は周囲の者にも影響する。でも、なんでここで獣語翻訳?まさか魔竜を説得するつもりなのだろうか。


「グルルルル…グワァグワ!」(アナタ!フユネが嫌がってるでしょ!)


「やっぱり美晴(母さんの名前)か…」




どういうことっ!?



……


「はい、では今から家族会議を始めます!」


魔王…いや姉貴の言葉で場が始まる。


そこには勇者の(俺)と師匠(親父)、魔王(姉貴)と魔竜(母さん)の姿。そして姉貴が魔物に持ってこらせたお菓子とお茶が机の上に用意されていた。


因みに魔竜(母さん)には大量の草が用意されていた。魔竜って草食なんだ…


「グゥウキュルルゥ…」(フユネ、私パイアイナッマルの草が良いんだけど…)


「パイアイナッマル地方は敵兵が多くて手に入りにくいの!ギニツアルの草だって良い草でしょ!?」


「キュルキュルル…」(うぅ…娘が冷たい…反抗期?)


「母さんは昔から食材に拘るタイプだったからな…」


初っ端からカオスだった…


「とりあえず…まずはお父さんから。」


「そうだな…まず異世界が初めてらしいカズキもいるから最初から説明しよう。」

異世界が初めてってなんだ…


「お父さんの家系は異世界転移の家系なんだ。俺もお祖父ちゃんも曾祖父ちゃんもそのまたお祖父ちゃんもずっと異世界転移を経験してきている。」


…はい?


「初耳なんだけど…」


「そりゃそうだろう。話したこと無いからな。話したって信じるわけないだろ?」

 まぁそれはそうなのだけれど。


「フユネがいなくなって、たぶん俺の血を受け継いで異世界に飛んだのだろうと思った。だから異世界の何処かで会えるんじゃないかと思って異世界を渡り歩いていたんだ。」


「異世界を渡り歩いていた?」


「ああ、フユネを探しつつなるべく各異世界を速攻で全て終わらせていた。異世界転移は目的さへ達成すれば元の世界に戻れるからな。」


え、それって異世界転移ってのを何回もしているってこと?普通そんな特殊なこと一回だけじゃないの?


「異世界転移ってそんな頻繁に起こるもんなの?」


「みんな人生に一度や二度は異世界に転移してるもんなんだぞ?ただ転移した時も、戻った時もその時の記憶を覚えていないだけだ。お父さんの家系はそれを覚えているだけにすぎない。」


新事実だった…みんな異世界転移しているんだ…そんな事を思いつつ今度は別に気になっていた事を質問する。


「親父はいつから俺の事に気がついてたの。」


「最初からだな。そのツンツンあたまでその目つき。それに元の世界の事を覚えているヤツなんてそうそういない。カズキだなってすぐに解ったぞ。」


「じゃあ、なんですぐに言ってくれないんだよ…」


「陰ながら息子を支える父ってかっこいいだろう?」


…いい歳して中二病か?


「異世界に数年いても元の世界での時間は大して進まない。だがその誤差は多少ある。10年近く異世界にいると元の世界で数日経っていたりすることもある。渡り歩いていればどこかにフユネがいるかもしれないと思いつつ探していたらまさかカズキがいるとは思わなかったけどな。」


親父が出張や部屋に篭っていたのはそういうことか…


「だけど、母さんまで異世界転移者だったとは思わなかった。」


「グキュルゥ…グワグワァ。」(私もお父さんが異世界転移してるだなんて思わなかったわ。実はお母さんの家系も代々、異世界の家系なの。)


「あの一撃…昔、母さんと喧嘩した時に受けた一撃ビンタと同じ感覚だったからな。」


母さんのビンタって魔竜の一撃と一緒なのか!?


それより、異世界転移の家系ってそんないっぱい居るものなの?って異世界


「ゴワァ。グワグワキュルルゥ。キュアキュ…」(私は異世界ではそのまま転移じゃなくてその世界の誰かに生まれ変わるわ。今までも人だけじゃなくてモンスターや魔物、ロボットってこともあったわね…)


「キュルル。ゴワワ、キュゥンキュルル。」(あとはお父さんと違うのは私は任意で”元の世界に戻るログオフ”ことが出来るの。だからそろそろ夕飯時だなって頃には戻るようにしていたの。)


「え、そんな事出来るの!?…でも、それで魔竜(お母さん)は一度寝ると、数ヶ月は起きなかったのね…」


「グルル、グォォグォォギャギャ。」(朝、お父さんとカズキが家を出ていったら”こっちの世界に戻ってログイン”たわ。異世界に転生して暫くしてフユネが前魔王に召喚されて、それからはずっと見守ってたの。)


マジか…最近の母さんはおかしくなってたわけじゃなくて異世界で姉貴と会ってたのか。


「フユねぇは母さんが側に居て気が付かなかったの?」


「わかるわけないでしょ?言語翻訳なんてスキルは私にはないし、お父さんやお母さんが異世界に居るなんて思わないじゃない。私はまだこの世界で2回目だし…」


「え、親父だけじゃなくてフユねぇもそんなに?」


「1回目は私が中学生入りたての頃だから結構前だよ?以前は、こことは全然違う世界だったし、最初は混乱したけど、なんとなくまた目的を達成したら戻れるじゃないかとは思ってたわ。ただ、その目的が何かまでかはまだ解らないけど…」


それでも数年単位で異世界に行ってることになる。そんな何度もなのか?


「ちなみに親父や母さんは?」


「そうだな、正確な回数はもう覚えていないが…三桁はいってるんじゃないか?」


「グルルル。グワワグワワ、キュルルルゥ」(私も同じよ。世界によって魔法使いだったり、魔王だったり、聖女だったり、モンスターだったり様々。)


「え、お母さん魔王の経験もあるの!?」


「グォォ?ギャギャギャグォォォン。」(あるわよ?その時は人類を根絶やしにして世界征服が終わったらその時点で元の世界に戻ったわ。)


人類根絶やしって話は置いといて、目的ね…それさえ達成したら元の世界に戻れるってことか。


「父さんは以前に10年くらいこの世界にいるって聞いたけど、母さんや姉貴はどれくらいいるの?」


「私も10年くらい前にここに来たわ。」


「ゴルワァ。」(私は30年ってとこね。)


母さんの方が長いのか…因みに俺がこの世界に来てまだ1年半くらいしか経っていない。


「フユねぇ、元の世界でいなくなって半年くらい経ってるだけど…」


「は!?え?なんで?」


「なんでって俺に言われても…」


「召喚の仕方が下手だったんじゃないか?以前お父さんもそんなことあったしな。」


「グキュル…グワァァグァグァ」(そういえばそうねぇ…すぐに見つけれたからあまり気にしてなかったわ…)


「父さんもフユネは異世界に飛んでるんだろうと思ってから特に気にしてなかったな。」


二人とも呑気すぎだろ!?もしかして姉貴が行方不明になって思い詰めてたのって俺だけだったのか…


姉貴は「ヤバい!絶対授業についていけなくなってるじゃん。え、下手したら留年…」と一人騒いでいる。



えっと…つまり、まとめると異世界に転移や転生するのは普通のことで皆覚えていないだけ。でも親父と母さんは異世界に移動しても記憶を失わない体質で俺や姉貴もそれを受け継いでいる。異世界にいる時間は個々の状況によって違うってことか…それで目的を達成したらその世界から元の世界に戻れると。


あれ?でもなら…


「異世界で死んだらどうなるの?」


「死んだら元の世界に戻るぞ?ただし、向こうで不幸な目に遭うがな…」


「グルルゥ…クゥン…」(そうね。私も経験あるけど二度と同じ目には遭いたくないわね…とっても痛いし…)


不幸な出来事…こっちの世界での出来事が元の世界にも影響するってこと?いや、でも親父たちは生きてるし…俺は恐ごわと聞いてみる。


「ちなみにそれはどんな…」


「以前死んだ時は、帰ったら母さんと喧嘩になって一日話してもらえなかった…」


「グォオオ、ヴォ…クルルゥ…」(ああ、あったわね、そんな事…私はタンスの角に小指をぶつけたわ。すごく痛かった…)


「…それだけ?」


「それだけってなんだと!?お前、麻由子ちゃんに一日無視されたと想像してみろ。耐えられるか!?」


うっ…麻由子に無視され続けるなんて正直考えたくもないけれど…でもそれで元の世界に戻れるなら…


「それに異世界に居る時は自然とその目的を達成しようとするものだからな。たぶん自ら死ぬことはできないぞ?」


そりゃそうか…それが出来たら何度異世界に来てもすぐに戻れちゃうもんな。それに俺もこの世界で何度も死にそうな目に遭ったけれど諦めることはしなかった。


「でもそれならどうするんだ?目的って俺が勇者なら…」


「勇者なら目的はたぶん魔王を倒すこと、魔王なら世界制圧だな。俺はお前を育て最後まで助けることが役目だろうからお前が目的を達成したら一緒に戻ることになると思う。」


「ヴォオオ、グワグルルゥ。」(お母さんもフユネのお手伝いと守ることが役目だからフユネが目的を達成したら戻るわね。)


異世界ベテランの二人がそういうんだからそういうことなのだろう。けれどそれだと、俺と姉貴は戦わなくちゃいけないことになる。そしてそれは、結果としてどちらかが死ななきゃならない。


「…いいわよ。カズキが私を倒して。私だってこれ以上ここに留まって留年なんてしたくないし…」


「いや、それならフユねぇが俺を倒してよ。フユねぇの方がこの世界に慣れてるんだろ。」


俺が私がと二人で言い合いになったところで親父が言葉を挟む。


「まぁまて二人とも、よく考えろ。フユネが勇者を倒しても世界征服をするまでには時間がかかる。逆にカズキが魔王を倒しても裏ボスがいるパターンもある。これで終わりとは限らないんだ。」


裏ボス…そんなのも居るのか。でも…


「それならどうするんだよ。結局のところ闘うしかないんじゃないか?」


「そういうことになるな…」


結局、答えは変わらない。勇者と魔王が敵対するのは当然だろう。ならばどちらかが生き残り、どちらかが死ななければならないのか…

場が静かになる。一同みな考えあぐねている。そして、その静寂を最初に打ち破ったのは姉貴だった。


「解ったわ。それならもう勝負で決めましょ。」



「いい?お父さんとお母さんは手出しなし。カズキも私も手加減は抜きにすること。勝っても負けても恨みっこなし。それでいいわね?」


「解った…」


結局こうなるのか…

姉貴と俺は距離をとる。この一年半で俺のLvは既に70を超えている。姉貴だって魔王なのだから生半可な強さじゃないだろう。お互い戦えば只では済まない。


俺は剣を抜き姉貴に構える。姉貴も手に魔力を充填させる。


親父と母さんは少し離れた場所で二人並んで俺たちを見守る。勇者の仲間と魔竜が寄り添いながらお茶を飲んでいるのはちょっとヘンな光景だった…


「準備はいいわね?さっきも言ったけど恨みっこなしだから…」


「…フユねぇその前に先に言っておきたいことがあるんだ。」


姉貴は構えは解かずそのまま「何?」と返す。俺は剣を降ろして姿勢を正し、そして頭を下げた。


「ゴメン!姉貴がいなくなる前、喧嘩しただろ?大した理由じゃなかったけれど…でもそれからフユねぇが居なくなってずっと後悔してた。」


姉貴は一瞬、ぽかーんとする。けれど、すぐに戻ってため息をつく。


「私の期間限定プリンを勝手に食べたのが大した理由じゃないってのは気に入らないけど…でもいいわ。許したげる。私も少し言い過ぎちゃったと思うし、その…」


「ゴメン。」


姉貴はもじもじとしながら言いにくそうにそう答える。良かった、この半年…いやこの世界にきて1年半経つから2年か。ずっと気にしてたことが言えた。


お互い謝った後、独特の気まずい空気が流れるが…


「だからってこの勝負で手加減とかしないんだからね?ちゃんとお互いに…ってえっ?」


「えっ?」


姉貴の足元に円陣の光が浮かぶ。そして俺の足元にも…


そして俺たちは光に包まれる。あまりの眩しさに一瞬目を瞑る。


次に目を開いた時には、そこは元の世界の俺の部屋だった。



「えっ…戻った?」


格好も鎧などではなく学生服のまま…さっきまで魔王城で姉貴を前にしていたはずだった。


そうだ姉貴は!?


そう思うとドタドタと足音がして部屋の扉が開かれる。


「カズキ!やっぱりアンタも?」


冬物のパジャマ姿の姉貴の姿…今は夏だってのに…髪はもちろん少し茶がかった黒色に戻っている。


「フユねぇ…ってことはやっぱり夢じゃなかったってこと?」


「そうよ。さっきまでアンタも私も魔王城にいたでしょ?なんで戻ってこれたのかはわからないけれど…」


そう言うと何かに気がついたかのようにまたドタドタと音を立てて今度は1階に降りていく。それを見て俺も自室のある2階から1階に降りてリビングを覗いた。


「……あら、やっぱりアナタたち帰ってたのね。」


そういう母さんはいつも通り、さっきまでの魔竜の姿じゃない。そしてまた別に1階の廊下を歩く別の足音。


「ただいま。お前らも今戻ったところか?」


「親父…ってことは親父も今まで?」


「ああ、書斎からあっちに飛んでたからな。お前ら二人が戻って、俺と母さんもすぐに円陣に包まれたから、目的は達成されたってことだろうな。」


やっぱり夢とかそんなんじゃない…確かにさっきまで俺たち家族は全員異世界にいたってことか。


「えっでも何も達成なんかしてないよね?結局目的ってなんだったの…」


「そうだな…あのタイミングでのENDってことは…」


「お前たちの兄弟喧嘩の仲直りが目的か?」


「「はぁ?」」


「そうねぇ…でもそれ以外あの時点で終わることはないでしょうし…」


そんなことってあるのか?だって異世界とかもう全然関係ないし…


「まぁ召喚された者の想いが強いとそれが異世界に影響することもあるし、それも…って…何っ!?」


親父が話しながらスマホをだして画面を見た瞬間に驚く。


「おい、もう3日も経ってるじゃないかっ!?」


「「「えっ?」」」


「あら、ほんとねぇ。まだ夕飯の時間には早いけれど…あ、賞味期限ギリギリだった牛乳大丈夫かしら?」


そういって母さんは冷蔵庫に向かう。


「まずいな…また無断で店を閉めちまった…従業員に怒られる…」


『また』ってそんな何度もあるのかよ…


「うわっ本当に半年くらい経ってるじゃない!?え、学校とかどうなってるの…と、とりあえず電話で確認して…」


魔王城から帰ってきてもカオスな状況は変わらなかった…


でも良かったこれでまた姉貴も含めて家族全員での生活が…そこでふと俺も思い出す。


3日経ってる…俺が異世界に行ったのは水曜日…つまり土曜日。


「!!」


時計を見る。14時を過ぎたところだった。


「マジか!?」


慌てて玄関に向かい靴を履く。


「どしたのアンタ…って外アツッ!」


「ちょっと出てくるっ!」


扉を開けてすぐに駆け出す。と言っても目的地はすぐそこだ。


ピンポーンッ


『はーい?』


「すみませんカズキです!麻由子いますか!?」


『あ、ちょっとまってねー…』


マズイマズイ絶対マズイ…


俺は麻由子の告白を土曜日まで保留したうえに一緒に映画に行くよう誘った。なのにそれから学校にも来ず、何の音沙汰もないまま、土曜日になっても連絡さえない…どう考えても誤解してるはずだ。


玄関の扉が開く…そこには麻由子がいた。表情はいつもの柔やかなものとは違って無表情…いや少し目が赤い気もする。


「カズキくん…どうしたの…」


「麻由子ごめん!」


麻由子は何も言わない。ただ俺の目をじっと見ている。


「ちょっと色々あって…フユねぇが帰ってきたんだ。」


「えっ!?」


「それで家族揃ってちょっとあって…でも約束を破った事には変わりないから、ゴメン。」


「…ううん、いいの。フユねぇの事の方が大事だもん。でも無事で本当に良かった。」


そう言った麻由子の表情には柔やかなものが戻る。良かった、伝わったみたいだ。


「それで、映画は今からじゃもう遅いだろ。明日でもいいかな?」


正直、今からでも一緒に居たい。だって俺からしたら麻由子とは1年半振りなんだ。それに姉貴も帰ってきた。もう家族の事で気にする必要もない。

でも今からだと帰りが遅くなるし時間もあまりない。せっかくだからゆっくり余裕を持って麻由子と話がしたい。


「うん、いいよ。でも…」


「でも?」


「でもお返事だけは今欲しいな…ダメ?」


「え、ここで!?」


家族の蟠りも解けた。今の俺が答えに迷うことはない。…でもここは彼女の家の前、そのうえさっきから…


『がんばってカズキくん!そこよっ!』

『カズにぃちゅーしろちゅー!』


めっちゃリビングの窓から見られてる…どうやら麻由子の位置からは見えていないらしい。


「その…」


「その?」



ええぃ!いいや、どうせすぐにバレるんだろうし!


「俺も麻由子の事が好きだ!麻由子は俺の事を励まそうとかそういう想いもあったのかもしれないけれど、俺はそんなの関係ない。俺はずっと昔からお前の事が好きだった。」


「…そんなんじゃないよ。私だってずっと…」


二人の間に沈黙が流れる。それ以上の言葉はなくてもお互いに続く言葉は解って



ゴホンッ!



ビクッ


俺のすぐ後ろでわざとらしい咳払い。そしてその声は聞き覚えがあるものだ。


「あーカズキ君、麻由子、こんな所で何の話をしているんだ?」


「っえ!?お父さん!?いつからそこに!?」


「今だが…早く仕事が終えたから帰ってきたんだが何か問題でもあったか?」


俺は振り向いてブルブルブルと大きく首を振る。聞かれてない!?聞かれてないよな!?


麻由子のお父さん時々怖いんだよな…


「あ、じゃ、じゃあ明日でいいよな!?時間とかはまたメールするから!」

麻由子も首をブンブンと縦に振る。


まだ、お父さんに報告するにはちょっと早い…ってか、流石に俺がもういっぱいいっぱいだ。


俺は麻由子に「じゃ」と言ってからお父さんに「失礼します!」と挨拶してその場を立ち去る。自宅に戻って玄関の扉を閉める終わると長い溜息を吐く。


「ふぅぅぅーーーーー…」


ビビった…でもこれで俺と麻由子は晴れて…誰もいない玄関で俺はガッツポーズする。

よし!よし!よしっ!


「えっちょ、なんで!?」


一人歓喜に浸っているとリビングから姉貴の大声が聞こえる。何事かとリビングに顔出すと親父たちと姉貴が口論をしていた。


「なんでそんな大事になってるの!?私が異世界に行ってたと解ってたんでしょ?」


「だってなぁ、一応しておかないと行政とか学校とか色々あとから問題になるから…」


「だからってTVで報道までされてるとか…学校戻り難いじゃん。絶対友達に色々きかれる…」


異世界転生って戻ってくると現実は大変なんだなぁ…そう思ってると姉貴は「もういいっ」っと言い残してドタドタと足音を立てて自分の部屋へ戻っていく。


「うーん…俺の時は半年ぶりに帰ってきても誰も何も言われなかったからなぁ…」


それはそれでどうかと思うけど。


まぁそれはそれとして俺は明日の事を考えないと…

俺も自室に戻って明日のデートプランを練る。麻由子とは今までも何度も遊びに行ってるけれどデートは初めて。いつもと一緒じゃダメ…ってわけじゃないだろうけれど俺としてはやっぱり少し特別にしたい。


時間は10時…いや少し早めに出て映画前にカフェに寄って、それから…


あーでもないこーでもないと悩みつつ夕食を食べ、風呂に入り、いつもなら寝てしまう時間になっても俺は決まらず悩みに悩んでいた。

姉貴はふて寝でもしてしまったのか隣の部屋は静かなものだった。


「…やっぱ、いつもと同じ服って訳にもいかないよなぁ。でもあいつが見たことない服なんてないし、今更買いに行くわけにも…あ、そうだ二人で服を選びに行けば…」


ブツブツと独り言を吐きながら明日の準備をしていた、ふと時計が目に入る。


「ゲッ!?もうこんな時間!?」


時計の針はとっくに日付を跨いでいた。ヤベー、初デートってだけでこんな時間過ぎるのが早く感じるのか。

流石にこれ以上はマズい…初デートから眠そうな顔や映画の途中で寝てしまうなんて以ての外だ。(ネット情報)


服装は明日考える事にしてプランに服屋をルートに入れてからすぐに布団に潜る。




ね、寝れん…



高揚しているのかいつもと違って中々寝付けない。結局、俺の意識が薄れたのは時計の針が右横を過ぎてからだった。



……


目が覚めるとそこは一面、白い空間だった。


「………はぁ!?」


いつか見た異世界の準備?空間…

ちょっと待て、俺にとっては昨日の今日だぞ…


どこまでも続く白い空間と白い地面、そしてあのパネル…


くっ…やるしかないのか?


パネルをあのパターンで踏むと何処からともなく懐かしいあの音楽?が聞こえてくる。


ージャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラチャチャーン!ー


…落ち着いて聞くと、これ誰か口で言ってるよな…


ーぽーん!…激レアスキル自爆LvMAX(×3)です♪ー

ーぽーん、会心スキルLv3、装備制限無効化スキルLv1、人語翻訳スキルLv2を習得しましたー

ーでは、いってらっしゃいませ~ー


そしてまたあの光る円陣に包まれる。もうなんだか早くも慣れてしまった。ペースが早すぎるんだよ…


そして俺は次の瞬きの瞬間には、森の中にある草原に立っていた。真っ青に広がる空と奥深く広がる木々。とりあえず周りを警戒するが今度はいきなり獣に襲われるなんてこともなさそうだ。


それで今度は何を…

そこで歩こうとしたら身体に違和感を感じる。


ん?なんだか全然進んでないように思える。というよりも地面が近い。なんだこれ…


ーキュ!?ー(えっ!?)


そこで自分の手を見てギョッとする。俺は急いで木々を通り過ぎ水辺を探す。あった!そして水辺を覗き込みそこに映しだされた姿は…


丸い身体に、手足は短く黄色い毛並み、手に持っている武器は木槌、頭の上だけ毛並みがツンツンしていて目つきが悪い…


ーキュキュゥゥ!?ー(魔物!?)


異世界2回目にして人ですらなかった。


これ、どうするんだ!?母さんみたいに魔竜とかじゃなくて、至ってどこにでも居そうなモンスターっぽいし、人と会話するのだってこれじゃぁ…


そこで木々の奥から人声が聞こえる。そっか【人語翻訳】スキルがあるから相手の言葉は解るのか…


「おい!さっき走っていた魔物は何処に行った!?」

「たしかこっちの方に…いた!あそこだ!」


ヤバい!今回は大丈夫だと思ったのにまたも初回から危機だ!しかも今度は俺の姿は魔物、助けて貰えないどころか絶対討伐されちゃうだろ!?


追ってくる男たちを尻目に俺は全速力で逃げる。でも悲しいかな、足が短すぎる俺は、すぐに追いつかれ大きな木際に追い詰められる。


ーキュゥ!?ぅキュキュキュ!ー(まって!?話せば解る!解るから!)


「こいつやる気だぞ?」

「気をつけろ!こいつ可愛い顔して痛恨攻撃を仕掛けてくるからな…」


話すことすら出来ない!これは流石に詰んでるわ…


今回こそ出落ち確定…そう思っていると俺を囲む冒険者?たちの中から一人、前に出てくる。


「貴方達は下がりなさい!ここは私に任せて。」


そう言って他の者を下がらせた女性は俺の目の前まで歩いてきていきなり俺の頭をガッシっと掴む。


ーキュゥ…ー(涙目)


「そのツンツン頭にその目つき…アンタ、カヅキでしょ?」


!!?


唖然としてる俺を余所に髪を束ねていた串と頭に巻いていた布を外す。


ーキュキュキュ!?ー(フユねぇ!?)


やっぱり髪色や顔も少し違うけれど雰囲気が姉貴だと一発で解る。


「やっぱりね。またアンタまで一緒なんだ…」


驚いたけれど助かった。でも今のフユねぇはどうやら俺の言葉がわかるみたいだったけどなんで…その答えは次の姉貴の仲間たちとの会話ですぐに解った。


「もう大丈夫よ。この子は私が従獣にしたから!」


おおーっと返ってくる他の冒険者たちの声。


「流石、伝説の魔物使い様だ。」

「まさか、戦闘もせずに魔物を従わせるとは…」


伝説の魔物使い…弟と姉であんまりにも扱いに差がありすぎじゃないですかね?


それからはもう襲われる事もなく、ただ俺は姉貴の後をついて歩く。


ーキュキュキュゥ…クキュキュ?ー(フユねぇもまた異世界に飛ばされてたんだね…でもさっき『アンタまで』ってどういうこと?)


そこで俺にだけ聞こえる声で姉貴は話す。


「アンタ、もしかしてと思ったけど転移してきたばかりなのね…」


ーキュ?ー(どういうこと?)


「今回もお父さんとお母さんが居るの。お父さんは魔王の側近の魔剣士で、お母さんは魔王。二人共やる気満々で人類側に宣戦布告したうえで既に世界の半分は制圧されちゃってるわ。」


…異世界転移転生のベテラン二人がボスだなんてどうやっても無理ゲーなのでは?


「アンタもそんななりだけど例の裏技コマンドで激レアスキル覚えてるんでしょ?期待してるわよ。」


といっても俺はただの雑魚魔物。そんな期待されても困る…


「どうかしましたか、フユネ様?」

「いえ、なんでもないのタケル。」



その後、今度は俺と姉貴の旅が始まる。その旅路で親友と姉貴のラブロマンスを見させられる羽目になったり、俺が激レアスキル(自爆)で街を一つ消滅させたりなどもあったけれどそれはまた別の話だ。


そして2年の旅路の末、俺たちは魔王城の前まで辿り着いた。


「やっとここまで来れたわね…思ったより時間掛かったちゃったけど。」


ーキュ、キュゥキュキュ…ー(ああ、まさか母さんたちが俺たちに暗殺者まで送ってくるとは思わなかったけどな。)


母さんと親父は本気だった。たぶん二人も俺たちのこと気がついてるってのに全く手加減がない。ヤベぇ…


「さっさと終わらせて元の世界に戻るわよ。これ以上学校休むことになったら本当に留年に成りかねないわ…」


姉貴の焦りはそれか…でも俺だって早く元の世界に戻りたいのは一緒だ。せっかく麻由子と両思いになったってのに、初デートだってまだだ。


「準備はいいか?」


パーティの主が俺たちに確認を取る。


「ええ、早く魔王を倒して世界を平和にしましょう、勇者様。」


ーキュゥ!キュキュゥキュ!ー(行くぜ!今の俺なら親父だろうが母さんだろうが怖くない!)


俺たちは各々の手に持った武器を握りなおす。



そうだ。こんな”世界を救う戦い家族喧嘩”なんてさっさと終わらせて元の世界に戻ってやるっ!!








追記

この時の俺は”母さん魔王”を倒しても、さらに”麻由子裏ボス”が居るなんて思いもしなかったんだ。




fin







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異世界なんてもう行きたくない ネコおす @nekohsu_

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