番外・羽須美 綾の夜3


 今日もまた、机の上でキススタンプカードを眺める。

 

「──ほあぁー……」


 スタンプを貰った夜はどうしても、いつもよりその時間が長くなってしまう。単純に嬉しくて、っていうのもあるし、貰うまでの経緯を反芻するから、っていうのもある。今回は前回にも増して良く分からないうちに三つ目を押されてしまって、良いのかなぁと思う反面、黒居さんが良いって言うなら良いかという気持ちもたくさん。折り返し地点を越えたにも関わらず、まだ彼女の行動原理は理解しきれていない。


 けれども。


「今日も、す、すゅ、しゅ、好きっ……て、言って貰っちゃった」


 テスト直前の週末と合わせて、通算二回。

 好きな人に好きって言われて、嬉しくないはずがない。少なくともわたしはそう思ってる。好きって口に出してくれる程になったって、そう解釈してる。今日スタンプを押してくれたのが、その証拠だとも。


「そんなにメガネが良かったのかなぁ……」


 卒アルを見てキュンときたって言ってくれた時には、ああいう地味系なのが好みなのかとも思ったけれど……どうも、そういうのとはまた違う反応だったような気もしている。これもまた、分からない。

 黒居さんはまだまだ分からないことだらけで、でもなんだろう、それを苦には思わなくて。そういう不可思議なところも含めて、彼女の持つ雰囲気が好きというか。相変わらずわたしは、黒居さんのどこが好きなのかを上手く言語化できないままだ。いやその、勿論外見も好きっていうのは変わってないけれども。むしろ距離が縮まっていくにつれてますます、こう……


「っっ……!」


 胸の──じゃない、二の腕の感触を思い出して、頬が熱くなる。柔らかかった。急にあんなことをされるだなんて思ってもみなかったから、その後色々変な事を言ってしまった気がする。ついガン見してしまったのを怒るでもなく、むしろ見せつけるようなポーズをとってきたりしたものだから、黒居さんものに興味があるのかな?って、少し期待してしまったりなんかして。正直、普段は性欲とかまるでなさそうな顔をしているから、少し意外というか、ギャップがなおのこと扇情的というか…………


 …………ま、まあ何にせよ、さっささ最終的にそーーーー、いう行為を何かしらするところを目指す事と致しましてもっ、今は、キスがひとまずのゴール地点だ。できるなら、この夏休み中にスタンプをもう一つっ……いや二つ!二つ貰って、晴れて相思相愛な間柄になりたい。その為の計画も一応ある。わたしは机の引き出しを開けて、一枚のプリントを取り出した。


「……夏祭り。そこで上手いこと……」


 少し前に家のポストに入っていた、毎年恒例の案内。けっこう大きめな公園を使った、それなりに盛んなお祭り。ここのところは受験とかもあって行ってなかったけれど、小さい頃は両親に連れられて屋台を回った記憶もある。祭りの最後に、打ち上げ花火を見た覚えも。要綱を見るに大まかな流れとかは変わっていないようだし、こう、ちょっとした小細工を弄する事もできそうだ。このお祭りで最後のスタンプを貰って、そのまま良い雰囲気の中でキス、とかできればもう最高だけど……


「そ、その為には、やっぱり……」


 それまでにもう一つ、貰っておかなきゃいけない。頑張るぞとか言っておきながら二個目、三個目は意図しないところで貰う事になった私に、どこまでできるか分からないけれども。夏祭りまでの間に、可能性のゼロではない(と思いたい)ポイントはいくつかあるわけだし。結局ここからも、頑張るぞとしか言えないのだ。不安なような、楽しみなような。いや、後者の方が圧倒的に大きいのは間違いない。


 よし、と一声あげてからプリントを引き出しの中に戻──そうとして、中にあったあるものが目に入った。それはキススタンプカードやクロイちゃんや好きって言葉と同じく黒居さんから貰った(本人はそんなつもりないだろうけど)、わたしにとっては大切なもの。


「でへ、えへへへへ」


 眺めるたびに、変な笑みがこぼれてしまう。黒居さんがわたしのちょっとした異変に気付いてくれて、心配してくれた証。真っ白な中に、カードには押されなかったおまじないキスマークが一つだけ浮かぶそれ。球技大会の時の、固定用救護テープ。


「ぅへへ……」


 本当に軽傷だったからその日の夜お風呂に入る時にはもう外してしまったけれど、でも捨てられるはずなんてなくて、粘着面を包帯で塞いで大事に取ってある。スタンプカードと一緒ににやにやしながら眺めること少し。ふと思い立ったわたしは、それを手に取った。

 

「よ、よぉーし……!」


 我ながらちょっと変な事をしている、という自覚はありつつ。でも、もうすぐそこまできてる黒居さんとの夏休みが楽しみで、気合を入れたくて。だからわたしは、テープをハチ巻きに見立てて頭に巻いてみた。スタンプがおでこにくるように調整、後頭部でキュッと縛れば、やる気もより一層湧いてくるような。


「夏休み、頑張るぞ──」


〈スタンプカード、どんな感じになったー?〉


「──おどぅおわぁっ!?」


 絶妙なタイミングでスマホに表示されたメッセージに、危うく椅子ごとひっくり返りそうになった。

 く、黒居さん、やっぱりいつでもわたしを惑わせる……でもそういうところも…………!




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




というわけで、黒居さんの好感度が着実に上がっている7月編でした〜。

夏休みのお話は8月前半・8月後半と二章に分けて進めていく予定となっておりまして、まだ毎日更新継続できそうですので、明日以降もよろしければぜひお付き合い下さい。

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