第27話 総合点で


 えー、はい。結論から言うと大丈夫でした。

 週明けに迎えた二日間のテスト期間。それを終え、同週の金曜日にはもう全てのテストが返却された。長く苦しい修業を経た私のテスト結果は、無事。


「全科目赤点回避ー。いぇーい」


「やったっ……!」


 相対的に見ればものすごく低いであろう目標を達成した答案用紙たちを前に、羽須美さんは我がことのように喜んでくれた。やーこれ全部羽須美さんのおかげだからね、誇張抜きで。なので丁重に丁重に礼を述べ、そして総合点数クラス三位という結果を残した羽須美さんを褒め称える。


「赤点イェーイ!イェイイェーイ!!」


「いぇいいぇーい」


 一方、補習が確定した上下コンビは泣きながら笑っていた。羽須美さんの寵愛を得られたかどうかが、彼女らと私の分岐点だったというわけだ。がはは。


「こ、これで夏休みも心置きなく遊べるね」


「いやほんと、お陰様で」


 敗者たちを尻目に(点数的には私も敗者側とか言ってはいけない)、間近に迫る夏休みへ思いを馳せる。一緒にやりたいことや行きたいところが色々あるみたいだし、私も羽須美さんと過ごす夏は今から楽しみだ。悩みのタネだった課題も手伝ってもらえることだし。

 私たち以外のみんなもテスト結果に一喜一憂。なんにせよ夏休み前の最大の壁を越えたってことで、今日はその後もずっと、クラス中が少し浮ついた雰囲気になっていた。そういう空気の中でうとうとするのがねぇ、また気持ち良いんだよねぇ。




 ◆ ◆ ◆




 そして放課後。

 少しゆっくり話がしたくて、私と羽須美さんは教室で駄弁っていた。ここのところは勉強のために連日残ってたから、いつもの流れといえばそうかも。ただ一つ不思議なのが、我らが一年三組、私たち以外には誰も放課後に長居しようとしないんだよねぇ。ホームルームが終わってから十五分とかそこらでみんな教室を出てしまう。最初の頃はそうでもなかった気がするんだけど……あれかな、もうみんな、放課後にやることが定まってきたのかな?まあまあとにかく、今の私にとっては他に誰もいない方が都合が良いではある。


「と、いうわけで。スタンプ押します」


「ナンデ!?!?!?」


 この反応、前にも見たなぁ。

 

「勉強教えてもらったし」


「や、そーれはほら、あーしが夏休み黒居さんと遊びたいからっていうのもあって、だから半分以上は自分のためっていうか、別に見返りが欲しくてやったわけでは、や、や、いや見返りならもう十分貰ってると言いますか……っ!」


「……、くくっ」


「えぇーなんで笑うのーっ?」


 いやだって、予想通りの反応だったから。

 梅雨の階段での一件でもそうだったけど……羽須美さん、本当に見返りを求めてない。今のところ、明確にスタンプが欲しいって理由で彼女が頑張ったのは球技大会のときだけで、つまり私に恩を売ってスタンプを貰おうって発想がないんだろう。良い人過ぎる。もしも立場が逆だったら私はたぶん、毎日この美少女フェイスを拝めるんだからスタンプをよこせーとか言ってたと思う。人としての器がレベチだ。


「羽須美さんはもうちょっと恩着せがましくても良いと思うよ?」


「えぇ、いやいやいや……」


 首を横にぶんぶん、合わせて揺れる髪の毛が、窓越しの西日を浴びてキラキラしている。夕日というにはまだ早く、その分強い日差しの反射が少し眩しくて、でもそこが良い。そういうところが。


「まあ、うん。羽須美さんのそういうところ」


「っ!」


「好きだよ」


「ぬぅっ……!」


 おお、ギリギリで対ショック体勢を取ったからか、羽須美さんは縮むことも仰け反ることもなく耐えてみせた。この短期間で成長を……!顔は茹でダコになってるけど。1.1告白時くらい。

 

 とにかくまあ、羽須美さん的にはスタンプ貰うほどのことじゃないって感じらしくって、でも私は押したい気持ちを二週間前から我慢していたんだから、むしろ押させてもらわないと困る。


「うーむ。じゃあ、そうだなぁ………………総合点で?」


「そ、総合点?」


 勉強を教えてもらった恩。部屋着の羽須美さんの、とくにメガネ装着形態がかなり良きだったこと。卒アルを見せてもらったこと。高校受験での出来事。最後のやつはまあ、今は内緒だけど。とにかく、テスト準備期間中の諸々の積み重ね。そう告げても羽須美さんは、まだピンときたようなきてないような微妙な表情をしていて。なにか上手くこの気持ちを、羽須美さんに近づきたい気持ちを伝えられないかなぁって、少しだけ考える。


「うーむ……」


「うーむ……?」


「……羽須美さんとの夏休みがすっごく楽しみだから。そのために頑張ってくれたのが、嬉しくて?」


「ほぁっ……!」


 お、今回は構えていなかったからか分かりやすく効いた。椅子ががたっと鳴るくらいに仰け反って、胸のあたりを押さえている。


「そっ、それは……むしろ、わたしの方こそといいますか……!」 


「じゃあ押されてよ」


「ひっふ、ひひぃ……!」


 ぐっと前のめりに詰めてみたら、羽須美さんは視線を上下に彷徨わせながらますます顔を赤らめた。たぶん、先週末の部屋でのあれを思い出したんだろう。あーれは私も、けっこう攻めた自覚があったからねぇ。


「羽須美さんさぁ。言っておくけど、そういうところも加点ポイントだからね?」


「どっどどどどういうところ!?」


 そういうところ。

 とにかく押させろーって感じで、私の方から先にスタンプを取り出す。キャップを外して底を見せつければ、ようやく観念したのか、羽須美さんはおずおずとカードを差し出してきた。


 スリーブを外して、真ん中の丸枠にぽんっと一押し。折れないように軽くぱたぱたやって乾かして、スリーブに戻して、眺めてみる。前回押した二つ目の丸枠は校舎別館をイメージした建物のデフォルメ絵で囲われていて、その上には雲と雨。さて今回の三枠目にはどんな装飾が施されるのか、楽しみにしながらカードを返す。


「描き足したら、またすぐ見せてね」


「は、はいぃ……」


 ふにゃり気味になった羽須美さんともう少しだけお喋りしてから、私たちは帰路についた。

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