第7話 買いたいもの


 とまぁそんな感じで、至極和やかにランチを済ませまして。羽須美さんが最後の一口をえらく葛藤したのちにようやく食べたと思ったらこれまたえらく長く咀嚼していたという事実は、私の脳内のおもしろ羽須美さんメモリーにバッチリ保存させてもらいました。

 

 んでその後は当初の予定通り、映画の上映開始までの二時間くらい、私たちはその辺のテナントを冷やかして回ることにした。大手チェーンのアパレルに、私たちじゃ(金銭的な意味で)手が出しづらいブティック。基本的には見るだけで、「あれかわいい」だとか「こういうの好き」だとかって会話で、お互いのことを知っていくためのウィンドウショッピング。本屋の店頭でこの前上山さん下谷さんと話してた漫画の最新刊が並んでたけど、羽須美さんは「今日はいいや」って微笑んでた。


 歩みはゆっくりで、時間の流れはすごく早いような。

 気付けば、もうあと一、二店舗見たらいい塩梅かなって頃合いで、足取りも自然と映画館のあるフロアへ。居並ぶテナントを眺め歩いていると、ふと羽須美さんの足が止まる。視線の先、学生に(金銭的な意味で)優しそうな小物屋さんっぽい店に興味が向いたようだった。


「ここちょっと見たら、良い時間じゃない?」


「だね」


 私の言葉に頷いて、するりと店内に入っていく羽須美さん。小さな置物やら可愛い造形の便利グッズやらが並べられた棚を、なにか明確な目的を持って見ている気がする。


「なにか探してる?」


「え、っと……」


 言い淀む。告白のときもデートのお誘いのときも、服装可愛いって思ってくれたときも。程度の違いはあれど羽須美さんが言葉をまごつかせるときは、私になにか伝えたいとき……だと思う。なので促す、今回は目線だけで、ご遠慮せずにーって。


「その……」


「うん」

 

「……もし良ければ、なんだけど。お揃いの何か、買いたいなって……思いまして……」


 ほそぼそと消えていく言葉尻。こういうときのその、ちょっと不安そうででも期待してる、そんな表情に。もしかしたら私は弱いのかもしれない。


「良いじゃん。キーホルダーとかどう?」


「っ!うん、お揃いのやつ、付けたいっ」


 お揃い。

 羽須美さん的には魅力的な響きらしい。私もまあ、良いと思う。そんなわけで私はゆるーりと、羽須美さんは気合い入れて店内を見て回ること……10分くらいかな?キーホルダーとかストラップのコーナーで、羽須美さんが足を止めた。


「これ……ちょっと黒居さんっぽいかも」


「……これ?」


 それはどうやら……えー、ウミウシ?のストラップのようだった。指の上に乗るくらいの小さなガラス細工で、デフォルメされていながらも模様はけっこう細かく色付けされている。バリエーションも色々で、羽須美さんが指したやつはミゾレウミウシ?っていう、水色の地に白い縁取りと黒いライン模様の、あーなんかウミウシっぽいーって感じのやつ。


「机に突っ伏して寝てるときの黒居さん、わりとこんな感じ」


 くすりと笑う羽須美さん。私はウミウシ系女子だったらしい。まあこうしてみればウミウシも可愛いもんで、私=可愛い、ウミウシ=可愛い、つまり私=ウミウシという式も成り立つのかもしれない。しかし彼女さんはお揃いを希望なわけなので、そうなれば私も、居並ぶウミウシたちの中から羽須美さんっぽいものを探してみる。


「……あ、この子とかどう?」


「あーしに?」


「うん。ほら見て名前、オトメウミウシだって」


 見つけたその子は、まず名前が純情乙女な羽須美さんにぴったりだった。白い体から伸びる触角の先端がオレンジに染まっていて、どことなく髪色に近い感じもする。


「お、おとめ……」


 ちょっと恥ずかしそうな顔をしている羽須美さんへ、ミゾレとオトメを摘み上げてかざす。並んでぷらぷら、仲良さげに身を寄せ合うその子らのつぶらな瞳が……瞳どこだこれ。ウミウシってどこに目あるの?

 ……ま、まあとにかく、可愛いし、お揃いだし、値段もお手頃だし。けっこう良さげじゃない?って微笑みかけてみたら、羽須美さんはまたまた顔を赤くしながら頷いた。さては私のスマイルに見惚れたな?


「ではこれでー、決定っ」


「け、決定っ」

 

 そろそろ映画の時間も近いってことで手早くレジでお会計。半分ずつ出し合って買ったうちの片割れを、店を出てすぐに羽須美さんに渡した。


「あーしがミゾレの方なんだ」


「?うん。だってその子、私に似てるんでしょ?」


 オトメの方を私のスマホに付ける。指先で突っつけば小さく揺れて、オレンジの触角がきらめいた。


「よろしくねー、ハスミちゃん?」


「は、ひっ……!」


 ウミウシへかけた言葉に羽須美さんが反応して、ついニマニマしてしまう。まあ、あんまりからかうのも可愛そうだし、映画始まりそうだし、ポップコーン買いたいし。


「ほら羽須美さん、いこ?」


「ぅ、うんっ……」


 一瞬、手を握ってみようかとか考えたけれど。結局どうこうする間もなく、羽須美さんが先立って歩き出した。同じ側の手と足を同時に出しながら。

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