第6話 待ち合わせて、電車乗って、ランチ


「おまたせー」


「っ!あっ、黒居さ、ん……」


 振り返って言葉をつまらせた羽須美さんは、はたしていつから待っていたのか。道中ちょいちょいLINEでやりとりしてたけど、私が家を出たときにはもう駅についてたらしい。私が遅刻したわけじゃないよ?待ち合わせ時間10分前到着です。

 休日昼前ってことで結構混雑してる駅の、なるべく邪魔にならないよう隅っこの方で合流。小さなポーチを胸の前で抱え込んで、羽須美さんはぷるぷる小刻みに震えている。視線は私に釘付けだけど。


「その、格好、か、か、かっ……!」


 言葉も出ないほどらしい。まあ、言いたいことは分かる。なので助け舟をば。


「可愛いでしょ?」


 スカートをつまみ、左右にステップを踏んでみたら、羽須美さんは首が取れるんじゃないかって勢いでうんうん頷いていた。


「ありがと。羽須美さんもめっちゃ良い感じ」


 そんな初手から面白い彼女さんのデート服は、ちょっとだけタイトめな、だけど体のラインくっきりってほどじゃない丈長のニットワンピース。ハイネックなんだけど左肩の部分だけ開いていて、白い肌が紺色の生地によく映える。髪もカールされてて、視線を落とせば厳つ過ぎないブーツの黒が目に入った。ちょっぴりせくしー、気合はだいぶ入ってる系だ。私と出かけるために、って考えるとけっこう嬉しい。

 

「とりあえず電車乗ろっか」


「はい、う、うんっ」


 口調の乱れ具合でこう、テンパり具合とかも察せるようになってきた気がする。

 落ち着かない様子の羽須美さんと連れ立って改札を通り、ほどなくして満員二歩手前くらいの電車に乗り込んだ。二人で並んでつり革を掴んだけれど、動き出した車内で羽須美さんはあらぬ方を向いている。

 

「羽須美さん」


「ひゃいっ」


 耳元に少し顔を寄せたら、肩がぴくっと跳ねた。駅で合流したときからずっと、頬は赤らんだまま。


「乗ってるあいだ、いっぱい見てもいーよ?」


「っ」


 めっちゃ唾飲み込む音聞こえた。

 折角のデート用の私を見ないなんて勿体ないんじゃないかと思って言ってみたら、羽須美さんは少しだけ体を傾けて、視線をこちらへ向けてきた。顔はほとんど動かさずに、目の動きだけでつむじからつま先までじっくりねっとり何往復も。


「ね、ねっとりはしてないよ……!」


「どうかな〜?」


 小声でするそんなやり取りが、わりと楽しかった。 



 

 ◆ ◆ ◆


 


 さてさて時刻は12時を少し過ぎた頃、でっかいショッピングモールに無事到着したわけですが。

 我々はバイトもしていない、お小遣いで日々を生きている女子高生なので、あまり大きな買い物はできないのです。映画も観るし。まずはお昼ご飯、それから時間まで適当にぶらぶら見て回って、映画観て、どっかで座って感想会でもして、夕方前には駅に戻るってのが大まかな予定。うーむ、素晴らしく健全な逢引だ。


「黒居さんなに食べたい?」


「ラーメン」


 そういう気分。

 いろんな店舗が立ち並んでるフードコートに直行して、私は味噌ラーメン、羽須美さんはなにやらお洒落なホットサンドを購入しテーブルへ。


「「いただきます」」


 縮れ麺を啜ること数口、そういえば二人で食事っていうのも──デートなんだから当たり前だけど──始めてだなぁって気付く。もちろん周りのテーブルも人だらけで、学校の昼休みよりよっぽど騒がしいんだけど。でもこの小さな二人掛けテーブルは今、私と羽須美さんだけのランチ席。一度お箸をおいて、ホットサンドを小さく頬張る羽須美さんに話しかける。


「羽須美さん」


「?」


「あーんとかする?」


「っ!?」


 あ、むせた。ゴフッ、みたいな声出てる。ごめん。

 謝りながら水を手渡して、落ち着くのを待つ。


「……ふー……」


「や、そんなにびっくりするとは」


「するよぉ……」


「それは、“あーんするよぉ”ってこと?」


「ぐっ」


 私としてはデートっぽいかなぁと思って言ってみたわけなんだけど。羽須美さんは周囲をきょろきょろ見渡して、それからぎこちなーい動きで小さく首を縦に振った。もちのろん、顔は赤い。


「じゃあその、僭越ながら……ぁ、あーん……っ」


 あーんの前口上ってそんな感じなんだ。しらなんだ。

 ていうか私が食べる方なのね。まあそれもそうか、ラーメンはあーんしづらいし。


 羽須美さんは少し身を乗り出して、紙ナプキンで包まれたハムチーズサンドをこちらへ差し出してくる。自分が齧ったのとは反対側の角を向けてくるとは、ご丁寧にと言うべきか日和ったと言うべきか。ともかく私も少しだけ腰を浮かせて、ぱくりと一口。


「あー……んむ」


「ど、どう、かな……?」


 小さな一口を咀嚼して、飲み込んで。


「おいしい……けど」


「けど……?」


の角じゃなくて良かったの?」


「っっ」


 羽須美さんが齧った方を目で指せば、顔の赤みがぐんと増す。0.7告白時くらいかな?


「あっはは。羽須美さん顔真っ赤」


「むぅぅ……!」


 恥ずかしげに顔を膨らませる純情ギャルが可愛くてご飯が進む。麺だけど。向きを直したホットサンドをさっきよりも勢い良く齧り始めた羽須美さんに、もう一声だけかけてみる。


「こらこらー。までちゃんと味わって食べなよー?」


「っっ!!」


 おお、0.85告白時くらいになった。

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