第2話 羽須美さんって


 静かなうちに登校して、教室でうたた寝する。それが私の朝の過ごし方。

  

 校風なのかこの学校の生徒はだいたいみんな、賑やかだけどうるさ過ぎない絶妙な塩梅で。教室のあちこちから聞こえてくる談笑の断片は、廊下側最後尾の席でうたた寝するのにちょうど良い環境音。 

 そういうわけで機嫌良くうとうとしていたら、私の後ろの戸から誰かが入ってきた。少し歩いて、隣の席に鞄を置いて座る音。顔を上げて声をかける。


「おはよー、羽須美さん」


「っ、お、はっよう」


 羽須美さん。昨日告白されて、帰ってからもLINEで「よろしくおねがいします」「こちらこそー」みたいなやりとりをちょっとして。一夜明けた今日、さてどうしてみたものか。


「えっと──」


「羽須美おはようっ」


「はよ」


「っ、おはよ、二人共」


 しかーし何をどうする間もなく、羽須美さんのギャル仲間たちが近寄ってきた。そのままその二人──上山かみやまさんと下谷しもたにさんと駄弁り始めた羽須美さんだけど、視線はときおり私の方へ飛んでくる。せっかくなので私も横向きに突っ伏して、その様子を眺めることに。


「あいつ次回で死ぬ気がすんだけど、羽須美はどう思う?」


「思う?」


「あーしは生き残って欲しいなぁ。結構好きなキャラだし」


 流行りの漫画話に花を咲かせる三人組の中の一人。

 一人称は“あーし”で程々に砕けた口調。うん、いつも通りの羽須美さんだ。今までは私と話すときもそうだったから、昨日の彼女はだいぶ様子がおかしかったのが分かる。


「えー、推しは派手に死んだほうがエモくね?」


「ね?」

 

「ごめん、良く分かんないかな……」


 羽須美さんは日によって髪型を変えてきたりするタイプで、今日は毛先がゆるーく巻かれてる。前髪も合わせてちょいカールめで、全体的にふんわりした雰囲気。かわゆいねぇ。私は髪型は流るに任すだからなぁ。

 

「──ってね。ね、黒居もそう思うっしょ?」


「そだねー」


「絶対聞いてなかったやつじゃん」


「じゃん」


 私が見てることに気付いた上山さんに話を振られて、考えてたことがふぁーっと薄れていく。


「き、今日も黒居さんはマイペースだね」


 自然なふうを装ってそう言う羽須美さんの頬が少し赤くなっていて、ふんわりと、昨日の光景が脳裏に浮かんだ。


 


 ◆ ◆ ◆




 お昼休み。


「──オ、オーヒル、イッショ、ドー?」


 オーヒル・イッショ・ドー…………お昼、一緒、どう?

 数秒かけて解読した暗号は、どうやら羽須美さんからのランチのお誘いらしい。


「ヨロコンデー」


 ガチガチな羽須美さんの声音を真似つつ机を寄せれば、あちらもガッタンガッタンぎこちない動きで近寄ってきた。ふむ、二人で仲良くお昼ごはんというのは中々恋人らしいのではなかろうか。


「──お、羽須美と黒居が一緒に食べてんの初めて見るかも」


「かも」


 まあここは教室の一角なので、目敏く見つけてしまう人たちがいるんですけれども。


「えっ、あ、えーっと」


 ギャルズに声をかけられ、ぷちテンパる羽須美さん。朝から様子を見るにどうも、私たちが付き合っているというのは公言しかねているらしい。ならばとここは一つ、コンビニ袋を出しながらフォローしてみる。


「お隣さん同士、もっと交流を深めようかと思いましてー」


「ほぉー良いじゃん。あたしらも混ぜろー」


「ろー」

 

 おぉーっとこれはー悪手だったかー?ちらりと見た羽須美さんの顔には少し残念そうな表情が浮かんでいて、しかし気付けばあっという間に四人で卓を囲んでいた。私の向かいに羽須美さん、右隣に下谷さん、その向かいに上山さん。ちなみに下谷さんは何もかもがちっさくて、上山さんはでっっかい。乳が。背は普通。


 まあなってしまったものは仕方ないと、私はいつも通り通学途中で買った菓子パンを頬張る。今日はクリームたっぷりフルーツサンド。信じらんないくらい甘い。味濃いのが好きなんだよねー。我が黒居家はみんな揃って壊滅的に料理ができないので、食事はインスタントや出来合いのものがほとんどだ。特に不満はない。対して羽須美さんは、小さくも手堅い品揃えで纏まったザ・お弁当を食している。


「黒居ー」


「はーい?」


 おっと、斜め前からお声かけアリ。


「そのフルーツサンド、めっちゃ美味そうじゃん?」


「めっちゃうまいよ」


「一口だけ……いいすか?」


「すか?」


 なるほど。


「私の──」


 食べかけで良ければって言い切る前に、羽須美さんの顔が視界に入る。この世の終わりみたいな表情してら。私と上山さんの顔……いや唇か?それとフルーツサンドの齧り口へせわしなく視線をやっている。はーん、なるほどなるほど。


「──これは全部私のだーっ」


 私は大口を開けてフルーツサンドにかぶりついた。


「うおぉ黒居食い意地すげぇ!」


「すげぇ」


 上山さんはノリが良いので、勢い込んで食べ始めた私を見て笑ってる。よし、彼女の前で他の人と間接キッス、阻止成功だぜ。わいわいもぐもぐしながら三度見た羽須美さんの顔には、ぽかーんとした表情が浮かんでいて。でも視線があったその瞬間、頬を赤らめながら微笑んでくれた。

 羽須美さん昨日から顔赤くしてばっかりだなーとか考えつつ、お昼休みはゆるーく過ぎていく。フルーツサンドは最後まですんごい甘かった。

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