偏革のベルレ〜女尊男卑の世界に生まれし少年〜

石田未来

第1話 運命の出会い

 この世は地獄である。男にとって。

 薄暗い牢獄では生気を無くした男たちが絶望を感じつつ生きていた。あるものは奴隷のようにこき使われて、あるものは女たちの性処理道具として扱われ、またあるものは金持ちの女の愛玩動物として扱われ、人権と呼ばれるものは存在していなかった。

 ベルレはそんな世界の中で生きている。ユーブレンシア大陸の五大国のひとつディアナト帝国にあるブロット収容所。

 そこで愛玩人形ペットールとして育てられていた。愛玩人形ペットールとは犬や猫ように愛玩目的で飼われる男のことを指す。

 ブロット収容所の愛玩人形房で過ごしていたベルレは同じ房内の少年と話をしていた。


「なぁベルレ」


「何?」


 2人で体育座りをして鉄格子を眺めていた。薄暗くとても良い環境とは言えないところで少年たちは過ごしている。


「君はこの世界がおかしいと思ったことあるかい?」


 肩にまでかかった赤髪の少年はベルレに対してそう言った。


「分からない。これが普通なんだと思ってるよ」


「そうか…」


 ベルレの言葉を聞いた赤髪の少年はどこか悲しそうな顔をしていた。ベルレにとっては生まれた時からこの環境である。おかしい、おかしくないということが分からないのだ。


「ベルレ。僕はね…おかしいと思う」


「男と言うだけでこれだけ虐げられて。僕たちが何をしたっていうの?」


 至極真っ当なことではある。しかしこの世界においてはその考えは非常識に当たるのだ。

 女は頂点に君臨し、男は従属するための存在。

 遥か昔からの当たり前のことであった。


「ベルレ。僕ね、世界中を旅したいんだ」


「世界中を?なんで?」


 鉄格子から赤髪の少年の方へ視線を変えた。

 彼の顔はところどころ汚れていたものの、笑顔だった。


「世界中を見て回って、そしてこの世界を変えたいんだ」


 彼の汚れた顔で作られた笑顔がベルレにはその時輝いて見えていたのだった。





 次の日のことだった。

 ベルレは愛玩人形としての訓練のひとつで女性とはいかに優れているのか、男はどうあるべきなのかを学習させられていた。

 教鞭を握った女の教官の前で他の房内の少年たちが集められ鎖に繋がれ、机にかじりつくようにして本を読まされていたのだった。

 その時所内に警報が鳴り響いた。けたたましい音が教室内に鳴り響く。

 この警報は脱走者が出たことを意味している。他の教官や看守などが慌ただしく動いていた。そしてその中でひとつの重く大きな音が鳴り響いた。

 ズドン!!!お腹に響くようなその音は2発3発と響き、そしてピタリと止んだ。その後は何事も無かったかのように授業が続けられた。

 授業が終わったと、自分の房に戻ろうと廊下を歩いていた時にあるものが目に入った。

 赤黒い血溜まりに倒れている少年。そしてそれ囲むようにいる看守たち。

 ベルレはそれを見た時に言葉を失った。

 彼の目に写ったのはつい昨日まで同じ房内にいた赤髪の少年だった。昨日まで話をして共に過ごしていたあの少年である。


「全く…変な気を起こしおって…」


「ほんとよ男の分際で逃げようなんて考えるから…」


「はぁーぁ、この死体の処理面倒なんだけど」


 看守たちは赤髪の少年の死体を見て各々言いたいことを言っていた。1人は少年の死体を足で踏み足で揺さぶっていた。

 ベルレは怒りが込み上げてくるものの、自分にはどうすることもできない。カゴの中の鳥もしくは鎖に繋がれた家畜同然の自分にはどうすることも出来ない。彼の生気を失った顔を見て涙がポツポツと流れていた。

 あの汚れていながらも輝いていた笑顔が今となってはものも言わない人形のような顔に変わっていた。


「貴様何を立ち止まっている!」


 房へと戻そうとしていた教官にベルレは怒鳴られた。ベルレは止めた歩みを再びはじめた。

 横目で少年の死体を見て何も出来ない自分に無力を感じながら教官の命令に従った。

 結局この世界の男には自由など存在しないなのだ。この世界のルールに従えないものには罰が下される。あの少年のように。

 房の中で1人すすり泣いて自分自身がこの世界に生まれたことをベルレは呪った。



 あれから月日がたった頃収容所に1人の客人が訪れた。愛玩人形房の中を軍服を着た美しい容姿の軍人が所長とともに歩いていた。


「しかしあのレイジングブラッド大佐がこんなところおいでくださるとは…」


「まぁ、上司に愛玩人形(ペットール)でも飼ってはどうだと勧められてな…」


 汚れひとつない黒の軍服に軍帽を身につけまさに威厳のあるその軍人は軍の将校であった。

 いつもは偉そうに振舞っている所長が今日はかなりご機嫌取りをしていた。


「なるほど…。我が所内には我々が選別したものたちが多数存在しています。きっとお気に召すと思います」


 カツカツとブーツの音を立てて房内を歩いていく。立ち止まっては歩き立ち止まっては歩きを繰り返して房内の男たちを物色していく。

 ベルレにとってはどうでもいいことであった。自分は選ばれるはずもないし、選ばれたくもない。愛玩人形はどの扱いよりもマシではあるが、人間扱いはして貰えない。所詮はである。

ただ独房の真ん中に1人ぽつりと座っていた。すると例の軍人がやってきた。鉄格子越しにベルレを顔を見てきた。ベルレは軍人の顔を見た。

美しく整った顔立ちに凛として透き通った瞳。

ベルレが今まで見てきた女の看守や教官とは違う目をしていた。その透き通った瞳に心を奪われていた。


「ほぅ…。ふふっ」


こちらを見て軍人は笑った。そして一言。


「気に入った。彼を貰おう」


ベルレはその軍人の愛玩人形となったのだった。
















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