カカオ100%
いい感じに酔いが回り、ラティはそろそろお開きにしようかと持ちかけようとした。
しかし、店の窓が面する小路を騒がしい一団が通り過ぎて行くのが見え、開きかけた口を閉じる。
着飾った黒髪の男一人に対し、バニー姿の女性が三人。
この店の中にまで彼等の騒ぎ声が聞こえ、なんだか気分が下がってくる。
その四人が店の前を通過して行くのを見送っていると、ロキが「今通り過ぎた男と最近関わりました」と機嫌よく呟いた。
その言葉が妙に気になり、ラティはチラリとロキの顔を見る。
「君のことだ、どうせ
「失礼ですね。彼は弟さんのことで、随分と思い悩んでいたのです。ですから、救いの手を差し伸べることにしたんですよ。条件付きではありますが」
「弟……」
”弟”と聞き、マルグリッドの話を思い出す。
ペリアーノの兄に麻薬の密売を持ちかけたのは、たしかオレンジ頭の美青年と言っていなかっただろうか。
やはり、そのオレンジ頭はロキだったと考えるべきか。
「今の男、パトリッセって名前?」
「おや、貴女もご存知でしたか。商才のある男で助かりました」
「……君はあの人に、千単位の麻薬と引き換えにどんな薬でもあげる約束をしたんじゃなかったっけ? ちゃんと約束を守ったのかどうか疑問だなぁ」
「守りましたけど?」
ロキは不思議そうに首を傾げた後、ポケットの中から二つの紙包を取り出した。
「これらは何?」
「パトリッセの為に用意した二種類の薬です。当初は弟さんの病気を心配していらしたので、治療薬を求めるのではないか、と予想したのです」
「普通ならそうだよね。治すためには二種類必要だったということ?」
「いいえ、一種類でいいのです。ですが、気の迷いもあろうかと、弟さんを一瞬で楽にして差し上げる薬も用意しておきました」
「一瞬で楽にって……殺すってことじゃん」
隣に座る男の判断に眩暈がしてきた。
なんというか、関わった人間が最悪な判断をしてしまえるように、いやらしい選択肢を用意しておくのが、実にこの男らしい……。
だとしても、ロキは何故用意した二つの薬、どちらも持ったままなのだろうか。
「えっと……、もしかしてパトリッセには何も渡さなかったということ?」
「もちろん渡しましたよ。しかし、パトリッセは私が用意した二種類を求めなかったのです。実に面白い」
「へぇ? じゃあどんな薬を求めたっていうんだよ」
「惚れ薬です」
「なんか、よくわからなくなってきた」
「パトリッセと弟と、そしてディサイト家の令嬢の関係をちゃんと知れば、彼等に何が起こったのか理解できるんですけどね」
ディサイト家の令嬢とは、マルゴットのことだ。
彼等はいわゆる三角関係だったんだろうか?
人間の恋愛事情に詳しくはないが、確かフレイヤあたりから三角関係について熱く語られた気がする。
(ってことは、パトリッセはマルゴットに対し、惚れ薬を使いたかったってことなのかな? 弟が病気で苦しんでたとしても、やっぱ自分の恋愛優先になるのかぁ。人間てよくわからないなー)
「マルゴットはいい女だから、そういう判断もあるかぁ」
「……ふふ」
「じゃあさ、パトリッセは君から惚れ薬を貰ったわけだから、もう麻薬の密売から足を洗ったんだよね?」
「いいえ、続けていますよ」
「よく分からないな。まだ君が麻薬を用意してあげているってこと?」
「まさか、ごく普通の人間にそんなに長々と関わり続けたりはしませんよ。現在彼は自分で麻薬を調達し、売り捌いているのです」
「うわぁ……」
「いわば独り立ちというやつですね」
もの凄く嫌な気分になってくる。
ロキが介入した結果、人間の男が一人堕落し、その弟は当初の運命通りに命を落とし、その婚約者は苦い想いを味わった。
こんな形で人間関係の崩壊を見て、何が楽しいのだろうか。
聞いているこっちまで滅入ってくるくらいだ。
だけれど、ペリアーノの為にもう一仕事する必要があるだろう。
「パトリッセの仕事場を教えてほしい。彼に一度会っておきたいんだ」
「まさか貴女もよくない薬に手を出すのです?」
「まさか。ただ、パトリッセの弟に、兄の状況を教えてあげようかなって……」
「言えるんですか、実の弟に? ただ貴女は自分の興味を満たすために、パトリッセに会いたいだけでしょう」
「うるさいなぁ!! もう、君と話してると腹が立ってくるよ! さっさと教えろー!」
「対価は?」
「チョコレートを今作ってるから、完成したらそれをあげるよ」
「チョコレートですか。いいですね。それで手を打ちましょう。マスター、何か書くものを用意してください」
「すぐに用意いたします」
奥へ引っ込むマスターを眺めながら、ラティはため息をつく。
ロキ用のチョコレートは砂糖抜きでいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます