破壊衝動を止める者

 レーヴァテインの切れ味はバツグンに良い。

 剣の心得のないラティが雑に振るだけで、巨人を骨ごと切り、石造りの家もすっぱりと切断する。

 病みつきになるような爽快感があり、気分が高揚し続ける。


「よーし、このまま霜の巨人全部倒しちゃおう!」


 恵まれた身体能力を活かし、手前に居る巨人との間合いを一気につめ。

 まずは一突きでほうむる。

 あまりにも楽で、拍子抜けるくらいだ。


 さりとて霜の巨人の肉体は野生の熊をも凌駕りょうがする。

 気を抜けばただでは済まないだろう。


 彼等を注視してみると、仲間を殺されたことにより逆上し、目を血走らせている。敵意の対象が完全にラティに向いているのだ。


"Ooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!"


 ビリビリするような咆哮ほうこうが、杖を持つ巨人の口から発せられた。

 すると、足元周辺から鋭い氷の槍が数本出現し、その鋭く尖った先がラティの心臓を狙う。


 それらを屈んでかわし、檻状になった氷柱をレーヴァテインで溶かし切る。


 ラティの隙を巨人達が見逃しはしなかった。

 氷の檻から出たラティに豪速で棍棒が振られる。

 ラティはその先にひょいっと軽く乗り、あんぐりと口を開けて自分を見る常連客をなんとなく視界に入れながら、巨人の肩に飛び移る。


 その個体の鎖骨から心臓までを突き刺してから、前方に飛んでもう一体の胴体を斜めに切り落とす。ズルリとずれた胴体の先に見えたもう一体の目も炎の大剣で突き刺して潰す。

 もはや無双状態である。


「わー! 何だこれ楽しー!! 無敵な気分だよー!!」


 頭が完全にハイな状態となり、巨人を一体残らず倒した後に物足りなさを感じる。

 これは少しやばい感覚かもしれない……。


「あれ? 私今、切り刻むための肉を求めてるかも……」


 城門やラティから離れて見守る騎士達の視線にギクリとしながら、手に持つ炎の両手剣を見下ろす。

 

「こいつが私の感情を支配している? それとも今の私が素?」


 とりあえずこの剣から手を離したなら、正気を取り戻せるのではないだろうか。ラティはそう考え、剣を離そうとする。

 だけども、何故か手は剣を握ったままだ。


「何でー!? 一生このままの状態になったら、喫茶店を閉じなきゃいけなくなるよー!」


 喫茶店どころか、普段の生活すらままならなくなるだろう。


 スルトのものと思われる燃える眼球は、もうどこにも無くなっている。

 あの物体と会話出来るわけではないが、無いと不安がつのる。


「ぐぐぐ……、離れろよぉー!」


 ブンブンと手を振り回すけれど、無駄に住宅を破壊するだけだ。

 自分の手がぎゅっと柄を握りしめている状態なのが理解出来ない。


 剣を離したいという冷静な感情でいるはずなのに、心のどこかで、このまま剣を持ち続けて街中を火の海に沈めようという恐ろしい感情がせめぎ合う。

 これはレーヴァテインに乗っ取られかけている状態なんだろうか?

 それとも、これが自分の本音なのか……?


「私は平和に生きたいだけなのにぃ! ––––い゛っ!?」


 ラティとレーヴァテインの攻防は、急に終結した。


 素早くラティの背後に回り込んで来た人物が、ラティの手首に手刀しゅとうを入れ、強制的に両手剣を離れさせたのだ。


 ゴロンゴロンとうるさい音を立てながら転がるレーヴァテインと、とんでもなく痛い右の手首。ラティは呆然としながら後ろを振り返る。


 両手剣からラティを救ってくれたのは、大英雄の孫フィル・ワーズだった。

 困惑したような表情でをしているのは、レーヴァテインを振り回すラティを見ていたからなんだろう。

 どこから見ていたかは不明だけど、背後から回らないと危険だと判断するくらいには、警戒したようだ。


「フィル!」

「……喫茶店を閉じられたら困る。ワーズ家のレシピでニオイスミレのシロップを作って、俺に味わわせるって約束したのは、お前なんだぞ」

「お、覚えてるよ。うぅ……、変なことになっちゃった。騎士団の人たちに目をつけられちゃったかもしれない」

「とりあえずお前は帰れ」

「いいの?」

「お前が霜の巨人の襲撃からこの街を守ったのは事実なんだから、騎士団には俺が適当に言っておく」

「あーうん。よろしく頼むよ」


 フィルはスタスタと城門まで歩いて行く。

 それを見送ってから、ラティは再びレーヴァテインに向き直る。

 

「ニオイスミレのシロップをフィルにふるまったら、オーディンのところに行ってみようかな。レーヴァテインを預かってもらいたいかも。私の手に負えない感じがするし」


 ラティはため息をつきながら両手剣を持ち上げる。

 もう剣を覆っていた炎は消え失せていて、頭が変になるような感覚もない。


「喫茶店に戻ったら、シロップ作りでもするかー」


 とりあえず街が破壊されなくて(しなくて)良かったと、ラティは胸を撫で下ろしたのだった。

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