霜の巨人
夜闇の中、街の住人達は小高い丘の方へと逃げて行く。
無理もない。城壁の外には巨人が迫っているのだ。
ぐずぐずしていたのでは、軽々と殺されてしまう。
逃げ惑う人々の間を縫うように、ラティは城門へと駆ける。
三分ほど走ったのち、城門の様子がよく見える坂道に差し掛かる。
城壁の内側では、騎士団の制服を身に着ける者達がひどく忙しそうに動き回っている。
「城壁と城門の補強をしているのかな?」
この街は辺境ではあるが、他国と国境を接する防衛上の重要地点であるため、騎士の駐屯地になっている。
今もその役割を果たすためなのか、落とし格子を大きな岩で塞ぐ作業をしている。
松明の明かりで照らされた補強用の岩は、いかにも重そうだ。
これくらいちゃんとした防御を整えていたなら、巨人の腕力でもどかすのは難しいのではないかと思われる。
「へー、あの人達。有事の際は真面目に働くんだなぁ。……あれ? 妙に寒いような」
今は早春ではあるが、真冬のような風が城門の方から吹いてくる。
魔法か何かを使っている者がいるのかと、城壁の外を見ようと背伸びしたその時––––––––、城壁の一部が補強用の岩ごと吹き飛んだ。
「うっわ……」
崩れた城壁から姿を見せたのは、青い皮膚の巨人達だ。
街の城壁と同じくらいの背。筋骨隆々の体。目が一つしかついていない個体や、頭部にもう一つ小さな頭が付いた個体などなど……、様々な形態の者が複数いるようだ。
彼等にとって、人間達が作った城壁など
そして厄介なことに、侵入する個体が増えるごとに、街の気温が急低下するようだ。
「あいつら、霜の巨人だ」
レーヴァテインを入手したタイミング的に、この街の襲撃は炎の巨人スルトが関係しているのではないかと思った。しかしながら、来たのは霜の巨人。状況的に今回の襲撃とスルトは無関係なようだ。
「サンレード王国は、霜の巨人から協力を得られるようになったって考えて良さそうだね。オーディンにも伝えといたほうがいいのかな」
色々と考えている間に、周囲の様子が一変する。
近くに流れる用水路の水がパキパキと音をたてながら凍りつく。
暗闇の中で見えづらいが、地面にも霜が降りているようだ。
それだけじゃない。城門近くの様子をよく観察してみると、負傷した騎士達が、彼等が流した血によって地面に貼り付けられているようだ。
動けなくなった騎士達は、なすすべもなく巨人達に殴られ、そして宙に放り投げられる。
「やっぱ騎士達だけじゃ厳しいみたいだ」
ラティは気合を入れ直してから、城門に向かって駆ける。
今まで巨人と戦ったことはないけれど、元々思考が楽観的なため、なんとかなるような気がしている。
霜をザリザリと蹴りながら走り、城門付近の様子がよく見える位置まで辿り着く。そこまで来て、絶句するような状況がラティの視界に入った。
––––––––この街で一番親しくしてくれている老婦人が、霜の巨人に持ち上げられていたのだ。
「おばあちゃん!?」
なんでこんな時間に、城門付近にいるのだろうか?
彼女に目の前で死なれでもしたら、この街で喫茶店をやる意欲が全く無くなってしまうだろう。
霜の巨人への強い敵意を意識した時、前方に燃える眼球が現れ、一振りの剣––––––––レーヴァテインを落とす。
「君さぁ、今は邪魔だよ!」
「……」
「空気読んでほしいよ、全くー!」
そうこうしている間に、巨人達は老婦人を掴んだまま、周囲の住居を破壊する。このままではレーヴァテインが踏まれてしまう。
ラティは仕方がなしに、足元の両手剣を拾い、身を起こす。
すると、刀身が炎をまとい、実物の何倍もの大きさに肥大した。
しかも振った方向に伸びてしまったため、住宅の外壁がスッパリと焼き切れる。
「あああああ!? これ、私が切っちゃったの!? なんでええええ!!」
この危険な武器をどうしたものかと、ラティはわたわたしてしまう。
その度ごとに、街路樹や馬小屋をスパスパと切り裂き、ついには霜の巨人の腕を切断してしまった。
ちょうど老婦人を掴んでいた腕だったため、彼女が解放され、地面に落ちてくる。
「おばあちゃん! ご、ごめん。危うく切っちゃうところだった! 怪我はない!?」
「大丈夫だよ。それより助けてくれたんだねぇ、ラティ」
「こ、これは助けたっていうか……、めっちゃ危ないことになっていたっていうか」
まさか巨人ごと切り殺してしまうところだったとは言えず、あたふたする。
そんなラティの隙を突き、高く跳んだ巨人が踏み潰そうとしてくる。
「うあああ、潰されたくない!」
レーヴァテインを上空に向けると、やはり炎の刀身が伸び、巨人を縦に真っ二つに切り裂く。
ラティは全身に真っ青な巨人の血を浴びながら、残りの巨人を見据える。
なんだか気分が高揚している。
普段の自分とはまるで違う、交戦的な面が引き出されてしまっているような……、分厚い肉を切るごとに楽しくなっている。
「邪魔者どもは排除だよー!」
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