巨人の眼球

 ラティは亡き大英雄の屋敷で、サンレード王国のスパイに遭遇した。

 大英雄の孫であるフィルの話では、サンレード王国では最近、別世界の巨人の召喚に成功したのだそうで、それらを使ってこの国との国境付近を荒らし回ってるのだとか。

 

 人間の争いごとに興味があるわけではないが、巨人についての情報は少し気がかりだ。巨人は複数種族がいるのだが、そのどれもが厄介で、出来ることなら関わりたくない存在だ。


「……巨人の話をされながらこの木箱を手渡されちゃったのがなぁ」


 ラティはフィルからニオイスミレだけではなく、嫌な感じの物体も押し付けられてしまった。

 今喫茶店のテーブルに乗っている木箱。


 その中に入っているのは、巨大な眼球のようなものだ。

 ニオイスミレをフィル自身が持って来てくれたら良い話なので、なんでわざわざラティをワーズの屋敷に連れていくのかといぶかしんでいたのだが、この眼球を運んでもらうためだったようだ。

 世界樹に住んでいるラティならなんとか出来ると考えたみたいだが、正直に言って迷惑である。


 フィルによると、大英雄の亡骸と共にこの眼球が剥き出し状態で転がっていたらしい。

 大英雄が所属する騎士団ではこの眼球を使い魔だと判断し、フィルに押し付けたようだが、フィルは巨人についての噂を聞くたびに、この眼球が巨人のものではないかと思うようになったらしい。


 ラティは改めて木箱を開き、巨大な眼球を見てみる。


 金色の瞳のそれは、綺麗に神経細胞などが切断されている。普通だったら眼球の細胞は死に絶え、腐敗するだろう。

 だというのに、木箱の中の眼球はゴロリと動き、ラティの方を向く。


「ゲェ……。グロテスクだな。これって霜の巨人の目だったりしないよね? 」


 霜の巨人は、人間の世界とも、神々の世界とも隔てられた世界に住む。

 人に対して敵意を持つだけでなく、食糧と認識している。出会った時に腹を空かせていたなら、食われてしまう。だから、両者は決して相容れないはずなのだ。

 神に対しても友好的ではないから、世界樹に住むラティにとってもあまり縁のない存在だったりする。


 そういう事情があるため、人間が霜の巨人を召喚して、彼等を使って他の国に襲撃をかけているのだとしたら、とんでもないことのように思える。


「何か怪しいなぁ」


 このままずっと見ていても、この眼球がどこから来たものなのかは分かるわけがない。ラティはため息をついてカウンターに戻る。

 

 今している作業は大英雄の屋敷から貰ってきたニオイスミレの花や葉を水蒸気で熱し、フラスコの中にオイルを貯めるというもの。

 豊穣の女神であるフレイヤへ渡すものなので、品質は高くしたい。

 だから世界樹の雫を混ぜた水蒸気を使ってみている。


 ラティの判断は正解だったようで、世界樹の雫を使って抽出したオイルはワーズ家に生えていた時よりも劣化することなく、とてつもなくいい香りが漂う。

 

「思ったよりも高品質なオイルが出来た! これならフレイヤも気に入ってくれるよね。残ったニオイスミレでシロップも作ろう」


 人間の住むミズガルズに、ニオイスミレのシロップのレシピを書いた紙も持って来ている。必要な分量などは、大英雄の口頭だけでは覚えきれなかったから、レシピを読んでから作ろうと、二階のベッドルームへと上って行ったのだが、階段の踊り場でピタリと止まる。


 足元に一振りの剣が落ちている。


 両手用の剣のようだが、少なくともラティの持ち物ではない。

 一体誰のものなのだろうか?


「もしかしてお昼に来てくれた誰かの落とし物? 住居スペースに入っていく人はいなかった気がしたけどなー」


 なんだか嫌な予感がするが、そのままにしておくわけにも行かない。

 ラティはその場にしゃがみ、剣を良く見てみる。

 繊細な装飾が施されたそれには、うっすらとルーン文字が彫られているようである。


「人間の中にルーン文字を理解してる奴がいるのかな? 天才じゃん。えーとなになに……レー……ヴァ……”レーヴァテイン”!?」


 ラティがルーン文字を読み上げると、即座に剣の刀身部分が炎に包まれた。

 正しい剣の名前を呼んだことにより、本来の力を取り戻したのだろうか?


「いや、でもこの剣の持ち主は炎の巨人スルトだったはずじゃ? レプリカ、にしては良く出来ているけれど」


 こんなところに置いてあるのは違和感がありすぎる剣だ。

 一体どこから運び込まれたというのか?


 放心状態で階段の踊り場に突っ立っていると、二階から女性の声が聞こえてきた。


「ラティー、子リスちゃーん? どこいるのー?」

「その声、フレイヤ?」


 酒が入ってふにゃふにゃしているけれど、この良い女感溢れる声は彼女に違いない。


「そーよー。この小さな小屋の中、スミレの香りが濃厚ねー!」

「直ぐに降りて来てぇ! ちょっと困ったことになっているんだよ!」

「あら?」


 レーヴァテインらしき剣の刀身はまだ燃えている。

 ラティはこれ以上床に置いておくのは危険と判断し、剣を持ち上げた。

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